第37話 嘘だと言ってよ、メアリー

 この世界に来てから、不思議なことばかりだった。


 大烏と戦った時から?

 それとも、突撃羊を屠ったときからだろうか?


 自分の身体が馴染む感覚に、心がついていかなかった。

 それは不安まじりの高揚であり、無自覚にして自覚だったとも思う。

 いつでもそばにあったのにいつまでも手の届かない何か。


 この世界における俺が持つ、〝力〟。


 思えば、目を逸らしていたのかもしれない。

 この鮮やかな異世界で、自分自身を斜に構えて俯瞰していたのだろう。

 中二病やら一般男子高校生やらと言い訳がましい主張で以て、俺はあるがままの自分を遠ざけていたのだ。


 なに、ありがちな話だ。

 異世界転移したら、チート能力に目覚めて無双。


 なんて安っぽいんだろう。

 今どき、素人の書くweb小説でももう少し捻るんじゃなかろうか。

 何の努力もなく、ただただ無為に備わった力を振るうだけの幼稚性に自嘲がもれる。


 ……だが、それが何だというのだ。


 要は、在り様だけの話だろう。そこにあるなら、使えばいい。

『そんなもの』などと格好をつけてる場合か。

 努力だろうが、生来だろうが、与えられた力だろうが……それを使って前に進む。


 それが『人間』ってものだろう?


 虹を束ねたような輝きを放つ投石紐スリングから、瑠璃色に輝く投射弾が閃く。

 自然に呼んだ【フラガラッハ】という名は、きっとアレの真なる名であり、二つの世界に連なる神話を混ぜ合わせた結果なのだと思う。


 異世界に在る『一般男子高校生』、タキ・ネヤガワが出した答えを体現する一筋の光。

 認めたくない現実を穿ち、起死回生の一手となるべく形創られた俺の願いに応える現象。


 『応じるものアンサラー』とも呼ばれるそれは、剣の形となってゲルシュ・ザウルスを斬って裂いた。


「ハハハハ、オレサマハムテキ。コンナモノ……コン……ナ」


 ずるり、と裂けた部分から崩れ落ちる魔獣。

 頭部に張り付いたゲルシュ先輩の顔が、初めて余裕の失せた表情になった。


「〝フラガラッハによってつけられた傷は治癒されない〟」


 こんなところで黒歴史な中二病知識を披露することになろうとは思わなかったが、もはや吹っ切れてしまった。

 なんであれ、これでチェックメイトだ。


「ウソダ! ウソダ! オレサマハ……オレサマ、ハッ!」


 再生を失ったゲルシュ・ザウルスの崩壊は早かった。

 そもそもにして、もはや死した肉体を無限の再生能力で以て維持していたらしいこの魔獣は、癒えぬ傷をつけられた時点でその在り方を失ってしまっていたのだ。

 煙を上げて肉塊へと変じるそれを注警戒しつつ、俺はメアリー先輩のところに駆け寄る。


「メアリー!」

「ごめ、しくじった、です」


 浅い息とともに、小さく咳き込むメアリー先輩が血の塊を吐き出す。

 あまり無事とは言えない状況だ。


「回復……ッ。魔力、足りない。どうしよう」


 すでにアリスの魔力は限界で、俺には魔法の才能がない。

 バルクにしたって、相当な重傷で命の危険があるかもしれない状況だ。


「泣かないで、アリス。ボクの、ミス、だから」

「やだ、メアリー。そんなこと言わないで」

「しっかりしてくれ。俺との約束はどうするんだ」


 俺の言葉に、小さくメアリー先輩が笑う。


「心残り、かも。化けて出たら、優しく、して?」

「縁起でもない。幽霊相手じゃ夜這いにもならないぞ」

「そう、だね」


 腕の中にいるメアリー先輩からうっすらと生気が消えていく。

 なんだか存在が軽くなっていくような彼女に、俺は首を振る。


「だめだ。メアリー」

「メアリー、しっかりして!」


 俺達の言葉に返事はなく、彼女の身体はゆっくりと脱力した。


 ◆


「ボク、完全復活……!」


 俺の背中にぶら下がったメアリー先輩が、ご機嫌な様子で胸を押し付けてくる。

 役得ではあるが、些かスキンシップが過ぎる気がしてならない。

 とはいえ、ここまで復活するまで二週間近く寝込んでいたのだ。

 無下に振り払う気持ちにもなれない。


「さ、タキ。子作り……しよ?」

「しませんけどね!?」


 あまりに明け透けなお誘いに逃げようとするが、あいにく背中に張り付かれている。

 背後をとった忍者を振り払うなんて、一般人の俺には無理だ。


「嬉しい、くせに」

「そりゃあ、メアリーが元気になって嬉しいけどね」

「そう?」

「当たり前じゃないか」


 彼女の傷は深く、一時は生存も危ぶまれていたのだ。

 元伯爵……俺の母が助けてくれなければ、この温もりは失われていたかもしれない。

 そう考えると、ぞっとする。


「お、仲ええやん。さっそくイチャつきよって」

「バルク、いいところに来た。メアリー先輩をはがしてくれ」

「すまんな。食券十枚の前にわいは無力なんよ」


 またか、お前!

 肝心なところで友達がいのない!


「逃がさない。今日こそ、うんと言わせる……! 抵抗は、無意味……!」

「どこかの機械生命体みたいなこと言うのやめてもらっていいですかね」


 どうやってもはがれなさそうなメアリー先輩を背負ったまま、学園の渡り廊下を歩く。

 厳戒態勢はすでにとかれ、学園は日常に戻っていた。

 親父殿は、上手いこと魔王軍の残党を追い返したようだ。


 きっと、本体にはブラテノスのような魔貴族が山といたに違いないのに……さすがは、救世の勇者と言われるだけのことはある。

 そもそも、俺たちはブラテノス男爵を取り逃がしているのだ。

 ヤツは、きっとまた来る。


「だいじょぶ。その時は、ボクらも、一緒」

「えっと」

「匂いでわかる、よ? 今は、楽しも?」


 ふわりと俺を背後から抱きこむメアリー先輩に、少しだけ安心する。

 一番てひどい傷を負った彼女がこうなのだ。

 いつまでもビビってはいられない。


 来るなら、また叩きのめせばいいのだ。

 少なくとも、俺たちは二回も魔貴族を追い返している。


「あ、いたいた」


 扉の前で待っていたアリスがこちらに向かって手を振っている。

 俺の恋人は、今日も可愛い。


「む、鼻の下が、伸びてる」

「メアリー先輩、もう諦めたほうがええんちゃいます?」

「ボクは、狙った獲物を逃がさない、オンナ。絶対に、オトして、みせる」


 何か怖い言葉が背後から聞こえてくるが、聞こえないふりをしよう。

 そうしよう。


「おまたせ、アリス」

「ううん。これで全員そろったわね! それじゃ、行きましょ」


 入学した時と同じに、アリスの手に引かれて歩く。

 向かう先は……大講堂だ。


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