第33話 嫌な予感しかしない

 結局、全員参加の暴露大会になってしまった。

 お互いの秘密がちょうどいいところに収まるように、俺達四人は大きな秘密から小さな秘密まで口にすることのなってしまい、知りたいことも知りたくないことも共有することになったわけだが……おかげで結束は強くなった気がする。


 ひとしきり四人で笑い合ったあと、今後の方針について話し合うことにした俺達は、食堂へと移動した。

 避難で減っているかと思ったが、普段通りの風景に軽く苦笑してしまう。

 冒険者科の学生のほとんどは防衛要員登録を済ませたらしく、武装したままで食事をとっている者も多い。


「プロが出張っとるし、そうそう学園内まで踏み込まれる事はないと思うんやけどな」

「ああ。でも、例のブラテノス男爵の侵入経路がわからないからな……」


 そう、あの学園の訓練迷宮に魔族が侵入した事件……あの後、いろいろと調査が行われたが未だにその侵入経路はわかっていないのだ。

 貴族階級の魔族が侵入できるような経路があるのなら、いつここに襲撃があってもおかしくはない。


 しかも、母やブラテノス男爵の反応を見る限り、どうも一部の魔族はアリスの持つ『魔王ルイスの魂』を感知する特性を持つ可能性がある。

 その場合、部屋に引きこもってやり過ごすというのも難しそうだ。


「前に大将が言うとった通り、手引きしたもんがおるんかもしれん。その場合、前線で残党止めても、何人なんぼかはこっち来る可能性があるってこっちゃな」

「ああ、それに……多分そいつらは手練れだろうな」


 相手の目的は学園都市への襲撃ではなく、アリスの確保だ。

 何のためにアリスをさらおうというのかは定かではないが、魔王軍残党はアリスの身柄を求めている。

 ならば、多勢を陽動に使って防衛部隊を引き付け、少数精鋭の実行部隊を送り込んでくる可能性は高い。

 ……魔貴族クラスか、あるいは魔将軍自らかはわからないけど。


「なんにせよやることは一つ。アリスを守るだけだ」


 俺の言葉に、バルクとメアリー先輩が小さくうなずく。


「学園の、魔術警戒網の他に、ボクも、別系統の警戒トラップを張っておいた、から。安心、して」

「メアリーはわたしがいない方が都合いいんじゃないの?」


 アリスの言葉に素早いデコピンを放つメアリー先輩。

 パカンといい音が響いたあたり、これは相当に痛そうだ。


「ぅあ……痛った……!」

「そういうこと、言わない。ボクは、アリスも、好き」

「うん……。ごめん」


 涙目で謝るアリスの頭を、そっと撫でくるメアリー先輩。

 そのメアリー先輩が、小さな木札を取り出して机に置いた。


「これ。鳴子紐に、連動して、割れる札。魔族が引っかかると、割れるようになってる」

「人間がかかっても割れへんのか?」

「ん。魔族の『匂い』に反応するように、した」


 匂いって万能なんだなぁ……などと考えて木札を見ていると、それが突然「パキッ」と音を立てて割れた。


「え」

「おい、割れたで?」

「割れたわね」


 一瞬、俺の魔族遺伝子が反応して割れたのかと思ったが、メアリー先輩は「鳴子紐に連動して」と言っていた。

 つまり、『魔族の匂い』を帯びた何者かが、その『鳴子紐』に触れたということだ。


「音、鳴ったとこ、は──植物園」

「どないする? 大将」


 少しだけ考えてから、俺は食堂の出口を見据える。


「行こう。迎え撃つ」


 俺の言葉に、仲間たちが頷いた。


 ◆


「来やがったか」


 緊張した足取りで向かった俺達を植物園で待ち構えていたのは、意外な人物だった。


「ゲルシュ先輩? どうしてここに?」


 澱んだ目つきをしたその人物は、見知ったゲルシュ先輩に見える。

 しかし、漂う雰囲気は……どこか、不安じみた得体の知れなさを俺に感じさせた。


「よォ、アリスゥ……迎えに来たぜ」

「なに言ってんのよ?」

「大人しくついて来いって。悪いようにはしねぇからよ」


 そう手を差し出すゲルシュ先輩。

 その背後からずるりと何者かが姿を現す。


「なんやこいつら……!」


 仮面をつけた真っ黒の人影が五体。

 手に手に武器を持ったそれらがゲルシュ先輩に並んで、得意げに得物を構える。

 表情も何も見えた者じゃないが、体格や印象はまるでゲルシュ先輩に似ていた。


「なあ、アリス。お前が魔王ルイスの生まれ変わりなんだってな?」

「それをどこで……!?」

「魔将軍様から教えてもらったんだ」


 ゲルシュ先輩の言葉に、思わず息を飲む。

 それと同時に、この状況に少しだけ理解が進んだ。

 おそらく、彼は何らかの取引を魔族──魔将軍カルネージとしたのだ。

 『魔族の匂い』がするのもおそらくそのせいだろう。


「大人しくこっちにくれば、こいつらは殺さないでおいてやるよ」

「なんやと!」


 殺気をみなぎらせたバルクが、一歩前に出て圧をかける。

 以前ならそれで怯んでいたであろうゲルシュ先輩は、大きくため息を吐きながらそんなバルクを鼻で笑った。


「死にたいなら殺してやろうか? 以前のオレ様とは違うンだ。お前らのような下等存在とはな」

「まるで、魔貴族みたいな、言いぐさ、だね?」

「その通りだよ、メアリー。跪いて許しを乞えよ。オレ様の奴隷になるってなら、お前も特別に生かしといてやってもいいぜ?」


 上から目線の言葉に、メアリー先輩が小さくため息をついて首を振る。


「雄としての、魅力が、ない。今のあなたは、前より、ずっとクサい」

「……」


 メアリー先輩の言葉に、顔をしかめるゲルシュ先輩。

 相変わらず煽り耐性はないらしい。

 まあ、煽り耐性はネット社会が発達した現代人が獲得する特殊な耐性だからな。


「どいつもこいつもオレ様をバカにしやがって……!」


 腰の剣を抜いて、ゲルシュ先輩がギラギラした目で俺を睨みつける。

 毎回の事だが、特になんのやり取りもしていない俺にどうしてそこまで敵意を向けるのか。


「まずはテメーからだ。テメーが来たからだよなあ! こんなイラつくことになったのは!」

「八つ当たりもほどほどにしてくれないかッ!」


 踏み込んでくるゲルシュ先輩と黒い人影。

 それに合わせて俺は背後にステップしながら、投石紐スリングをくるりと一回転させて、鉄礫を発射する。

 先鋒となった槍を持った黒い影が鉄礫の直撃を受けて膝をつき、そのままボロボロと崩れ落ちた。

 やはり、生物の類ではないらしい。


「無駄だ! オレ様のドッペルゲンガーはいくらでも出せる! テメーらに負けることはねぇ!」

「お前、アホやろ」

「は──?」


 高笑いをしていたゲルシュ先輩の胸に、手斧が深々と突き刺さる。

 バルクがキャンプなどで多用していた小型の手斧だが……どうやら、あれも武器であったらしい。


「本体が悠長にくっちゃべってどないやねん」

「やはり、バカ」


 血を吐きながら驚愕の表情を浮かべるゲルシュ先輩の額に、今度はメアリー先輩のクナイが命中して顎を跳ね上げる。

 これらが致命傷であるのは、誰の目にも明らかだった。


「……ね、何か変」

「ああ。嫌な予感しかしない」


 魔光剣を浮かせたアリスが、じわりと汗を浮かべて倒れた元先輩をじっと見る。

 倒れたゲルシュ先輩に、彼がドッペルゲンガーと呼んでいた黒い人影がにじり寄って……その武器を次々と突き立てた。


「な、なん……? お前ら、オレ様の──ぅぶッ、やめ、やめろ! ぐ……ぁ」


 悲鳴を上げるゲルシュ先輩を引き裂いて喰らうドッペルゲンガーたち。

 その光景に、どうするべきかと思ったが、すぐさま【火炎】を取り出して黒い影に放つ。

 火炎に包まれるドッペルゲンガーたちが、炎の先で滲んで……一つの影へと重なった。


「ご苦労、ゲルシュ少年。君の役目は終わった」


 炎のカーテンを振り払いながら、見たことのある魔貴族がゆっくりと姿を現した。

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