1ミリも知らないRPGの悪役に転生したので途方に暮れていたら、空から攻略本が降ってきた

コータ

第1話 野獣ですよ野獣

「ぼっちゃま! ぼっちゃまぁああーーーーっ! どうなされたのです!?」

「…………はい?」


 それはまるで異質な光景だった。ついさっきまで俺という男は、陰険な上司に職場でガンガン文句を言われ、無理難題を残業で片付けた末に退社しているはずだった。


 その後、なんだかやけに薄暗い電車の中で終点まで眠ってしまい、降りたと思ったら知らない屋敷の中にいた。あまりにも現実離れした出来事に、頭がついていかない。


 ちなみにだけど、電車の駅員さんがやたらと美人だったことは覚えていて、「またのてんせいをお待ちしています」という声をかけられたことも覚えている。


 てんせいってなに? 俺聴き間違えたかなーなんて、あの時は思ったものだけど。


 とにかく話を戻すと、その屋敷の中でふらふら彷徨っていて、これまた美人なメイド服のお姉さんに「あ、こんばんは」と声をかけて少々話したら、めちゃくちゃビックリされている状況なのである。


「ぼ、ぼっちゃまが……普通に挨拶をなさるなんて。い、一体なにが」

「あの、多分人違いをされてると思います。とりあえずここって何処でしょうか。俺はーー……あれ?」


 ふと自分の体を見ると、いつの間にかスーツじゃなくなっていた。黒いジャケットっぽいが、首元にやけにふわふわしたものがついている。


 まるで貴族じゃないかという感想とともに、なんで服まで変わってんの!? というちょっとした恐怖まで覚えてしまう。


「ま、まさか!? ぼっちゃま、記憶喪失でございますか!」


 お姉さんがまたしても叫んだ。長い紫髪が逆立たんばかりで、何処とは言わないが大きい。話しかけられているだけでドキドキしちゃう俺である。


「いや、記憶ははっきりしてるけど。でも、こんなに高そうな服は着た覚えがないし、どうやってここに来たのかも覚えてなくて」

「お待ちください! 人を呼んで参りますわ」


 彼女はそう言った後、サラブレッドみたいな速さで廊下の奥に消えていった。


 そこから先はざっくり言うと、偉そうなおじさんやおばさん、その部下みたいな男女がわらわらやって来ては、俺が返事しただけで驚き、「神父さまを呼んでー!」とか「おおガルロードよ、我が息子よ!」とか、ひとしきり騒ぎまくった挙句、今日は安静にするようにと、ある部屋に運ばれたのだった。


「どうなってんだよ本当に……」


 言いかけて、俺は一つの仮説を思いついた。もしかして俺は、憑依転生ってやつをしたのではないか。


「もしかして、ガルなんちゃらって奴に転生してる?」


 ふと鏡を覗くと、そこにはビビるほど整った顔が映っていた。絶対に俺ではないと断言できるイケメン顔だ。高校生くらい?


 これはヤバい。多分間違いなく、俺は転生というものをしちゃったっぽい。でも、そうであるならきっと一度死んでいるはず。いつ死んだっけ?


 わりかしはっきりしてる記憶を辿ろうとしていると、一人っきりの薄暗い部屋に奇妙な現象が発生した。部屋の中央にある空間から少しだけ裂け目のような何かができて、黄金の輝きとともに広がっていく。


 途端に明るくなった部屋、パニック寸前の俺、裂け目みたいな空間から姿を現した金髪女性。まさに混沌とした状況の中で、女性は長い髪をわずかに揺らしながら、閉じていた瞳を開けて微笑んだ。


「初めまして。私はこの世界を任されることになった天使。貴方をこの世界に招いたのも私です」

「え、え!? あ、はあ」


 多分通信的なやつで会話してるんだろうか。白いワンピースみたいな服はともかく、後ろから生えてる翼がいかにも天使って感じ。


「突然このようなお招きをしたこと、深くお詫びいたします。でも、この使命はきっと貴方でなければできないこと。亡くなってしまった貴方を、フンコロガシかカブトムシに転生させる道もありましたが、多少道は困難であれ、この世界に招くほうが良いと判断したのです」

「この世界……というのは?」


 ずいぶん極端な選択肢だなと突っ込みたくなったが、たしかにフンコロガシとカブトムシと貴族の少年だったら、貴族の少年が一番良い。感謝するべきなのかなと思いつつ、一番気になったワードを質問してみた。


「実はこの世界は……あの! 超野獣伝説の世界なのです」

「え」

「貴方もよくご存知の、あの! 超野獣伝説です」

「超野獣伝説……」

「はい。貴方はいずれ悪役ボスキャラとなって勇者と対峙することになる、作中でも屈指のむごたらしい死に様を見せつける貴族ガルロードに転生したのです!」

「むごたらしい死に様って……」


 どうやらゲーム世界の悪役に転生しちゃったらしい。でも、そんな名前のゲームはついぞ聞いたことがなかった。というか、俺はゲーム自体に明るくない。


 呆然とする俺に気づかず、天使はこの世界の成り立ちについて語り始めた。神々と悪魔が生まれ出て、それから戦争によって大地が別れ、人類が誕生して——というくだりを聞いていたのだが、時折「ピラッ」という妙な音が入るのが気になった。


 この天使、もしかして台本読んでない?


「そして人は神より与えられし……与えられし……えーと、あ! えいち、叡智によって勇者を選び、貴方をそれはもう惨たらしい死へと誘うのでした! おしまい、という運命が待ち受けています」

「なんか今、だいぶ端折りませんでした?」

「え!? そ、そんなことありませんよ! さあガルロードさん、このままではいけませんね。勇者はもうすぐ村から旅立ち、半年後には貴方に剣を向けるでしょう」

「猶予が半年しかないんですか!?」

「ええ、ちょっといろいろありまして。少々選定に時間がかかったのです。ですがそこは安心してください。貴方にはゲームで培った叡智が! 叡智があります! エッチじゃないですよ、叡智です」


 覚えたての言葉を使いたい子供みたいに、天使はその後も叡智、叡智と繰り返した。いや、そもそもゲーム知識なんて、叡智というほどのことでもないだろうとツッコミたくなったけど、その前に。


「いやー、でも。俺そのゲームやったことないんですが」

「さて、ではこれから頑張って……はい?」

「そのゲーム、やったことないんです」

「……あの野獣をやったことがないんですか?」

「はい」

「野獣ですよ野獣」

「だからやってませんって」

「……………………マジ?」

「はい」

「一回も?」

「はい。っていうか、名前も初耳でして」

「…………えええええー!? なんでやってないんですか!? あんなメジャーゲームを!」

「聞いていると有名なゲームみたいですけど、実はゲーム自体あんまりしてこなかったんです。でも選定してたんなら、そういうの調べないんですか」


 ギク、と傍目で分かるくらい狼狽え始める天使。高潔なイメージが崩れてきた。


「ま、まあ。色々とあったんですよ。あ、あーどうしよ! とりあえず今日はもう良い時間なので、失礼しますね」

「え! ちょ、ちょっと待って!」


 止める間も無く、プツン! と映像は消え去り、また部屋はランプだけが照らすオシャレ空間に戻ってしまう。


 完全に人選ミスってる感じだった。あの天使とやら、さては仕事できない奴だな。


 しかしどうすればいいのか。俺は焦る気持ちともに、その日はとりあえず床についたのだった。


 ◇


 次の日、俺は庭でしばらくぼうっと過ごしていた。メイド集団やお抱えの騎士、それから多くのよく分からん人々に囲まれてるのがキツかったので、人気のない庭のベンチを見つけて寝っ転がっている。


「どうしたもんか。このままじゃ勇者とやらに半年後にはブチ殺されるらしい」


 そもそも、俺が悪いことしなければいいんじゃないの? と思うのだが、天使によればどうやらガルロードという男、俺が知らないだけで既に色々やってるらしい。


 しかし、普通はこういう悪役転生というものは、ゲーム知識があるからこそ有利なのだ。まったくプレイしたこともない俺を使ってどうする。


 なんかだんだん天使に腹が立ってきた。今なら誰も見てないし、ちょっと発散するかとばかりに、俺は叫んだ。


「ちくしょーバカ天使! なんとかしろよぉおおおー!」


 声は虚しく響き、青空だけが見つめているような気がした。叫んでもしょうがないか。マジでどーすんだ、これ。


 虚しい気持ちに浸っていると、何かがパサ……と顔の上に落ちてきた。

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