1-8 パワル"タンコ部"隊

「ふぅ……」



 エルは周囲が僅かに明るくなるのに気付き、目を覚ます。

 昨日、エルはキューベの天幕で就寝した。シャワーから帰って来ると、キューベのベッドとは反対側にベッドが設置されていたのだ。キューべは既に就寝しており、サーナからは「……此処で寝ろ。決して……決してキューべ様には何もしない事だ。いいな?」と警戒を露わにして言われ、直ぐに眠った。



「……」



 自分に今まで掛けていた毛布に手を置けば、何の抵抗もなく、滑る様に手が移動する。枕を押せば、手を離すとゆっくりと形を戻していく。ベッドも、飛び跳ねれるぐらい柔らかい。



「そんな珍しかったか?」



 反対のベッドの上。あちこちに動くエルに気付き、キューベはうつ伏せの状態から肘を立て、背を反りながら寝ぼけ眼で問い掛ける。



「こんなので寝たのは初めてだ」

「ふふ、寝具には金を掛けてるからな。何をするにしても睡眠は資本だ。特別良い物を用意させている」

「金が、一杯あるんだな」

「一応、此処は世界の行商人を集めて出来た商業団体だからな。資金はそこらの国よりはある。んっ……食べ物も皆が栄養失調にならないように金を掛けてるぞ」



 キューべは背伸びをしながら、ベッドから起き上がる。



「サーナ、居るか?」

「はい、キューべ様」



 少し声を張ると、天幕の入口の方からサーナの声が聞こえて来る。



(……ずっと居たのか?)



 それにエルは怪訝に少し顔を曇らせた。

 昨日サーナはエルに忠告した後、天幕を出ると入口を守るかのように警護に付いていた。


 手触りの良い毛布に、柔らかい枕やベッド、直ぐに眠る事は出来た。だが、だからと言って常に戦場のど真ん中に居たエルにとって深い眠りなど出来る訳もない。


 それこそ、この天幕の中で寝ている間もーー。



(気の所為じゃなかった……)



 ずっとサーナの気配を感じていた。自分の感覚は間違っていなかったという安堵と共に、当たり前かの様に振る舞うサーナに驚きを覚える。



「朝食の準備を頼む。勿論、エルの分もな」



 サーナは「はっ」と返事をして、何処かへと行く。


 その間にキューべは寝間着から、軍服へと袖を通す。隣にエルが居たものの何も気にしてはいないようだ。



「キューべ様、お食事をお持ちしました」

「俺も来たぜ~」

「入っても良いぞ」



 軍服に着替え終えると同時に、天幕の外からサーナと欠伸をしているフェイスが入って来る。


 サーナから渡されたトレイ上には、柔らかそうなパンに湯気が立つコーンスープ、瑞々しく色取りどりな野菜が乗っていた。戦場では味わえる訳が無い程の、豪華な料理だ。


 料理を見て目を輝かせていると、フェイスが近付いて来る。



「よっ、エル坊! 小綺麗になったじゃねぇか!」



「エル坊」という呼び方に少し戸惑いつつ、エルはフェイスの顔を見て首を傾げた。



「……何か、スッキリしてる?」

「ふっ、やっぱり分かるか? 俺も身も心もサッパリして来た所だ。まぁ、少し身体は怠いが……モテる男は辛いぜ」

「フェイス、子供に悪影響を与えないで下さい」



 髪を掻き上げるような動作をしてキメ顔をするフェイスに、明らかに嫌悪感を表すサーナを横目に、エルは食事を口に運ぶ。



(美味しい!)



 まるで野良猫の様に、頭に見えない猫耳を発現させてがっついて食べるエルに、キューベが微笑ましい表情を浮かべていると、ある事に気が付く。



「そういえば、エル。君はあそこで何を食料にして生活していたんだ?」



 大爆撃地グレークには、食料、それこそ水でさえも雨が降らなければ手に入る事はない。

 なら、アソコでどうやって生活していなかったのか……。


 エルはご飯を飲み込む。



「……何も食べて無かった」

「どれくらい?」

「……戦争が始まった頃から」

「はぁ? マジかよ、エル坊?」



 それに返すのは、食事にがっつきながら頷くエル。このがっつき様なら、納得も出来る。



「成人した者が飲食せずに生きるとしたら、良くて3週間ほど。幼い子供、しかも毎日のように戦闘を繰り返していたのであれば、1週間も持たないだろう」

「これも神の賞品の影響なのでしょうか……?」



 サーナが独り言の様に呟いた言葉は、異様に天幕の中に響く。


 未だに神の賞品には謎の事が多い。

 多くの強者・変人・狂人・そして神に興味を持たれる者が賞品を手に入れるが……その力には必ず【代償】が付いて来る。


 そんな【代償】も分からないエルが、神の賞品を使う上に食事も必要ない……これはーー。



「……今考えても仕方が無いな。さっさと食べて行くとしよう」

「何処に?」



 キューベは肩をすくめると、勢い良く朝食を口に運ぶ。



「ゴクッ……第5部隊の所だ」



 *



 対マリア戦線基地は国と変わらない規模の土地を陣取っていた。その大きさは帝国マリアと拮抗する程、しかし、周りには何もない荒野が広がっている。


 そんな土地にこんな物があるのが普通なのかと、エルは思わず目を瞠った。



「此処が第5部隊が訓練を行っている場所だ」



 キューべは自慢げに手を突き出す。

 その先には戦線基地にあるとしては大き過ぎる訓練場、奥には2階建ての大きな木造の平屋が存在していた。



「他の部隊にもこんな大きい訓練場があるのか?」

「いや、此処は特別だ。第5部隊は、部隊の大半が10代の少年少女で構成されている部隊で、未来を見据えた教育機関……簡単な言葉で言えば『学校』みたいな所だ」



 学校、エルの耳でも少し聞いた事がある単語だった。

 裕福層が自分の子を優秀に育てる為、同年代の子供達を競争させるように仕向けた施設があると。


 ーーそう言えば、彼もそこに在籍していた。



「今の私達にとっては、此処が国土みたいな物だ。未来の事を考えれば作っておいて損は無いと思ってな。ほら、あそこに居る集団が見えるだろ?」



 キューベが指差す訓練場の中で、エルよりも小さな子供達が数十人と走り込みをしている。



「厳しい環境下で育まれる絆は強固だ。友の為なら死すら厭わない」

「此処は……そういう兵士を作る場所という事か?」

「いや、それ以外にもコミュニケーション能力を育む場所でもあるし、競争する事により生まれる発展も目的だ。全員が兵士になる訳ではないしな」



 キューベが言う事に少し納得を見せているのか、エルは何も言わず遠巻きに子供達の方を見た。



(あの子らは、これから何をするにしても自由って事か……)



 思っていると、タイミング良く走り込みが終わったのか、子供達が駆け寄って来る。



「「「キューべ様! フェイス様! サーナ様! お疲れ様です!!」」」

「お疲れ」

「おー! 精が出るな、お前等!」

「お疲れ様です。頑張っていますね」

「その子は誰ですか?」

「新しい子?」

「初めて見る子だ」



 3人に烏合の衆の様に群がる子供達に、エルは反射的に顔を顰める。


 これがもし戦場で、相手がこの者達だとしたらーーそう考えるとこの部隊がタンコ部隊と言われる理由も理解出来た様な気がした。



「短い間だが、今日からこの子も第5部隊に入る事になったんだ」



 そんな事聞いていないが。



「だから今からクルーシュに会いに行こうと思っててね」

「それなら僕達が案内します!!」

「そうか? なら頼もうか」



 キューべの返事に喜び合う子供達に戸惑いながらも、エル達は子供達の後を追う。


 訓練場から出て、平屋の中に入る。掃除が行き届いており、荒野にあるとは思えないクオリティーにエルは興味深げに平屋を見渡す。

 幾つもの大部屋、その中で多くの者が机に座って勉学に勤しんでいる。


 凄い光景だ。



「お兄ちゃんって強いの?」

「綺麗な目してるね~」

「どこから来たの?」



 興味深げに周りを見渡すエルに痺れを切らしたのか、1人の子を皮切りに子供達がエルを質問攻めにする。


 いつかはバレる事だが、今それを言うのは違うかもしれないと昨日のクルーシュの教えに習い、エルは口を閉ざす。



「んー……答えてくれないね」

「きっと人見知りなんだよ!」

「此処での事を教えてあげれば緊張が無くなるかも!」

「そっか!!」

「訓練が終われば、ボール遊びが出来るんだよ!」

「おままごとも出来る!」



 そんな子供達からの発言に辟易とするエル。それをキューべ達が穏やかな表情で見守っている。


 そんな中ーー。



「此処なら何も気にせずに"平穏"に暮らせるよ!!」



 その意図せず聞こえる言葉に、エルは思わず動きを止める。



(平穏に、暮らせる?)



 周囲を見れば、此方を見ている者は突然動きを止めた自分を不思議そうに見上げている。その奥には仲睦まじいそうに、子供達が話しているのが見えた。



(ーーはぁ? こんな直ぐにでも壊れそうなのが?)



 エルはバカにしたかの様に口角を上げ歪め、瞳を見開いた。


 自分が追い求めている"平穏"は『絶対の平穏』。


 こんな何かあれば崩れ去ってしまいそうな平穏では、決してない。

 こんな仮初の平穏、あってはならない。希望を持たせてはならない。


 自分の中での平穏な生活をバカにされている気がする。

 さも、此処は平穏だと。さも、自分は不幸じゃない、幸運だと。そう言っている様で、無性に腹が立つ。



(いっそ此処で全員殺した方がーー)


「エル」



 押し寄せて来る感情に、静謐な声が聞こえ振り返る。



「私は君に"場所と機会"を用意する。だからそれまではーーね?」



 笑顔で、彼女は告げる。

 白髪をたなびかせ、蒼眼を細めながら。


 妖艶な唇に人差し指を当て、子供をあやすかの様に言われた言葉。


 それにエルは何の反応も見せず、また前を向いて歩き出した。

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