海の夜明けから真昼まで ⑨

翌年の夏休み。穐葉先輩、直身先輩、早勢先輩、浦風くんと一緒に、三上先輩と建昭先輩が通う音大のオープンキャンパスに来ていた。


「先輩たちに会うの楽しみです」


「俺は少し複雑だけど……」


「穐葉先輩も来年こそは、音大に入学できますって」


「早勢先輩。いまの言葉慰めているようで、逆効果ですよ」


そんな会話を聞きながら、半年まえの出来事を思い出していた。


アイがいなくなったあと、浦風くんはアイに関する記憶のすべてをなくしていた。


アイも最後にそんなことを言っていた。私の記憶が残っているのは、もしかしたらアイの妹だったからかもしれない。それしか思い付かないが、いまとなっては確かめる方法がない。


浦風くんがアイを忘れて、一時期あれは私が見た夢ではないかと思ったりもした。だけど、アイからもらった藍色の貝殻たちがそれを否定する。


いなくなっていま更だが、アイのことをよく知りたくて。父に色々聞いてみた。母の海嫌いは、アイの死が原因だった。でも、むかしは海が好きで、アイもそれで海が好きになったらしい。私の名前に『海』が入っているのも、兄が名付けたからだと言っていた。


両親には、アイのことを話していない。話したって、信じてもらえるかわからないし、母の精神状態を鑑みればやめるべきだ。


でも、いつか母が兄が生きていたころむかしの笑顔を取り戻したら、話したいと思っている。




音大では、三上先輩が迎えに来てくれた。


「久しぶり、みんな!浦風、随分逞しくなってる」


三上先輩の言う通り、アイを忘れた浦風くんは、以前よりも頼りがいのある男子になった。


おどおどすることもなくなり、柄の悪い大人でも意見を言えるようになった。


「なんにしても、あんたも音大の進学を希望してくれて嬉しい」


そして、ここの音大への進学を決めた。おじいさんはもともと賛成だったから、『決断が遅い』と少し呆れられていた。


「あれ?建昭先輩はどこに?」


「あいつはレッスン指導の先生に呼ばれて、あとから来る。その間、ラウンジでお茶しよ」


直身先輩がお土産に持って来たお菓子を摘まみながら、三上先輩たちが高校を卒業したあとの話題で盛り上がっている。


「私と建昭が卒業したあとに、まさか萠江ちゃんと穐葉が付き合うとは……。まったく、世も末ね」


「なんだよ。世も末って」


「ふふふ……」


そう。数ヶ月に穐葉先輩、直身先輩は付き合い出した。


なんでも、直身先輩は気さくな穐葉先輩のことが気になっていたそうだ。穐葉先輩も同様に、三上先輩と建昭先輩になじられるとよく慰めてくれた直身先輩をかわいく思っていたんだと。以前、直身先輩に色々質問していたのも、その感情故だった。


そして、同級生になった二人は交流の機会が増え、正式にお付き合いをするに至った。


「穐葉、今年こそは留年しないように気を付けないと、萠江ちゃんと離れ離れになるから」


「わかってるよ‼」


「私が付いていますから。拓門さんが一緒に卒業できるように、勉強を一緒にやっているんです」


「なんて健気なの!穐葉には勿体ない」


「なんだと‼」


「おまえら、なにを騒いでいる」


早勢先輩が登場した。先輩は全員を落ち着かせ、「今夜は久しぶりのライブだ。打ち合わせをするんだろ」と楽譜を取り出す。


深い海ディープ・ブルーが半年ぶりに集結した記念に、一夜限りの再結成ライブを行う。ライブで演奏する曲は、ドビュッシーの交響詩『海』のアレンジ曲を第一楽章から第三楽章まで。第三楽章『波濤』はアイと一緒に聴き、私がバンドをするきっかけとなった思い入れ深い曲。


そのあと、ある程度打ち合わせをして、三上先輩が用意してくれた貸しスタジオでリハーサル。




夜には、ライブハウスに入った。


控室で、直身先輩が声をかけてきた。


「潟湊さん。浦風くんのことなんですが、ずっと遠慮していないで、まえに進んでみてはいかがでしょう。私も拓門さんに気持ちを伝えるのには勇気がいりましたが、いまでは言ってよかったと思っています。せっかくの旅先、こういうときの方が気持ちを素直に言えたりするんです」


直身先輩の指摘通り、私はずっと浦風くんが気になっていた。学校で母から庇ってくれたときから。


アイがいなくなったのち、汐後さんの事件は町でそれなりに広まり、被害者の私は肩身の狭い思いをした。浦風くんも同じなのに、興味本位で事件を聞いてくる人やマスコミからも守ってくれた。


憶えてないのに、アイの分まで私を支えてくれた。


「ライブのあと、二人きりになれるように私たちが協力します」


うしろには三上先輩がいて、「リーダーの私に任せなさい」と頼りがいのある姿を見せる。


私は人付き合いが苦手で、変に遠慮して、罪悪感を抱きがち。でも、卒業直前に三上先輩は、私のそんなところが浦風くんと似ていて、お似合いだと言ってくれた。離れていても、彼女は私たちのリーダーとして、みんなを引っ張ってくれる。


「そろそろ、順番だ。急ぐぞ」


早勢先輩に言われ、全員ステージに移動する。


このライブが終わったら、浦風くんに言おう。私の気持ちを彼に……


ちゃんと伝えられるのか不安だけど、アイの顔を思い浮かべるだけで勇気が湧く。


私の天使藍波お兄ちゃん。私だけの”藍の天使”になってくれて、ありがとう。私、バンドも浦風くんのことも頑張るから、安心してね。

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