第28話 実力を示す


 ヴァーニマの街へ到着してから二週間ほど経ち。

 ユリエッティとムーナは今、車で一日程かかる距離の小さな集落、その近辺の川の上流に住み着くモンスターの討伐に赴いていた。


「──ユリっ、そろそろまたアレが来るぞっ……!」


「了解ですわぁァ!」


 幅は細く、けれども体長は以前討伐した四つ頭の鮫を三頭並べてもまだ足りないほどに長大なモンスター『九十八眼大海蛇』が水面から身を起こし、その体表面に無数ある眼を二人へと向ける。

 本来ならば海域に生息するモンスターの中から生まれた、大型かつ淡水への適応能力を備えた変異個体である今回の討伐対象。適正ランクは準A級に限りなく近いB級といったところ。河口から川に侵入したそれへの対処にもたついているうちにこんなところまで遡上され、そのまま住み着かれてしまったという有り様であったが……


「向こうもだいぶ消耗してるし、次で打ち止めと思っていい……ハズっ!」


「それも了解ですわァ!!」


 拳と刃によって全身が傷だらけになり、また通常個体のきっちり二倍ある眼球の三分の一以上が潰されている様子から、その最期が近いことが窺える。川の水は血と泥で濁り、周辺の岩や木にいくつもの貫通痕ができているものの、ユリエッティとムーナに大きな怪我は見られなかった。


「来るぞっ……3、2、1……!」

 

 傍目には僅かに分かる程度の予備動作ののち、『九十八眼大海蛇』の全身の眼から魔力を収斂させた光波が放たれる。幾筋もの細長いそれらは一本一本が人体程度たやすく貫く威力を有していたが、ムーナの精密な魔力探知による発射タイミングの予測と、既に何度か見ていることも相まって、二人とも自身に迫るその全ての回避に成功。そのまま足を止めることなく、反動と疲労によって動きを止めた大海蛇へと飛びかかっていった。

 モンスター自身の胴体を足場にし、二人がかりで目玉を狙って攻撃していく。痛みにのたうつ体にしがみつき、ひたすらに攻撃。ムーナの言った通り光波はもう打ち止め。逃げる余力もないようで、そのまま眼球の三分の二ほどを潰された辺りで『九十八眼大海蛇』は耐えきれずに絶命した。




 ◆ ◆ ◆




「──ありがとうございます! あの、本当に……っ、ありがとうございます!」


「いえいえ〜」


「まあ、仕事だから」


 大海蛇の頭部を引きずって戻ってきたユリエッティとムーナに、集落の者たちが次々と感謝を述べる。小さな集落ではあったがそれゆえに、住人たちが総出で迎えてくれた。よほど困らされていたのか、夕方には二人が持ち帰った頭部が広場に晒され、ちょっとした宴会のようなものまで開かれる始末。


「今まで討伐にきた方々はみな返り討ちにあってしまっていたので正直、今回も……と思っていたのですが」


「ふふ、予想が外れて良かったですわねぇ」


「す、すみませんっ、ありがとうございます……!」


 夜空の下で火を囲み賑やかに飲み食いする中、ひときわ何度もユリエッティらに礼を述べているのは、以前に一度かの大海蛇に食われかけたことのある女性だった。幸薄げな美人といった風体と、彼女へ向けられるユリエッティの視線から、ムーナはなんとなしに察する。


(こっちでのはこの人かぁ……)


 この依頼を受けるまでの二週間ほどは、いわば準備の期間だった。ヴァーニマの宿を利用しながら軽度の依頼を二、三受けて、ヨルドにおける冒険者及びギルドの雰囲気を掴む。他種族間・同性間の性交についての人々の意識を探る。比較的よく見かける種族たちの特徴を知る。そういった諸々を経て今回、難度の高い討伐依頼を受け、そして無事達成し。ユリエッティはそのまま集落の女性──腕と一体化した鳥のような翼を持つ鳥人種の彼女を口説き落とそうとしていた。


「ヒルマニアの冒険者さんは凄いんですね」


「ふふ、そんなに褒められては、調子に乗ってしまいそうですわ。ねぇムーナ?」


「あーうん、そだな」


 二人で一部屋借りてるから、今夜は連れ込みじゃなくて家に乗り込むパターンだろうなぁと、出された地酒をちびちびと飲みながら考えるムーナ。宴会自体はしばらく続いたが、お開きとなった後はやはり予想通り、ユリエッティは「もう少し話したい」だの「二人で飲み直したい」だの言って相手方の家へと消えていった。

 折角だし盗み聞きしたかったなぁなどと思いながらムーナは一人眠りにつき……そして翌朝、見送る村人たちの中で件の女性だけが明らかに違う──ヒルマニアでは幾度も見たことのある──視線をユリエッティに送っているのを見て、改めて理解した。


「種族も何も関係なくヤっちまうんだもんなぁ……」


「ふふ。あの翼が柔らかく暖かく……堪えきれずにこちらにしがみついてきた時の感触は、なんとも言えない心地良さがありましたわねぇ」


「いやレビューしろとは言ってないが」


 帰りの車内でそんなやりとりをしながら、少し安心するムーナ。コイツ、こっちでも上手くヤっていけそうだな、と。




 ◆ ◆ ◆




 ヴァーニマのギルドに戻り依頼完了を告げた二人を待っていたのは、多くの歓待とほんの少しの敵意だった。


「あの大海蛇をこんなに早くやっちまうとは! やはり評価に偽りはなかったみたいだねぇ、ユリエッティちゃん、ムーナちゃん!」


 相変わらず快活な受付女性、ダルミシアがそう声をあげれば、様子をうかがっていた他の職員から冒険者まで、みなが歓声を上げる。お国柄なのか地域柄なのか、はたまた単純に人が多いからなのか、ここ冒険者ギルド ヴァーニマ支部は全体的にノリが良い。ここまでの期間にそれを理解していたユリエッティは周囲に応えるように手を振り、ムーナはドヤ混じりの澄まし顔で佇んでいる。

 兎にも角にも、鳴り物入りで現れた移住者二人の実力は確かに示された。そのことに不満を示すのはごく一部、初日に威圧するも無視された準A級冒険者レルボの一派のみである。


「……ッケ。オレらが弱らせてたのを掠め取っていっただけじゃねぇか」


 ダルミシアと違い悪意をもって張り上げられたその言葉を、ムーナの耳が拾う。何かにつけて絡んでくる(そしてユリエッティにスルーされる)この赤鱗の爬人の男が今までヴァーニマ支部最上位の冒険者として幅を利かせていたこと、同ランクの自分たちの存在を危惧していることなどは、もうよくよく分かっていた。

 受付での手続きをユリエッティに任せ、ムーナはその場を離れないままレルボ一派の陣取るテーブルを向く。それから、周囲にもしっかりと聞こえるように大きな声で告げた。


「いや全然弱ってなかったけど。てか集落の人からは討伐にきた奴ら返り討ちにされてたって聞いたけど」


「なっ……テメェっ、舐めた口利いてんじゃ──」


「やめなレルボ!あんたらは失敗して、こっちの二人は成功した。それ以上でもそれ以下でもないよ!」


 手続きを終えたダルミシアの一声で、レルボの言葉が止まる。

 高ランクともなればギルドから優遇されはするが、しかしだからといって職員の言うことを全く無視して良いというわけではない。いやさ、今まではヴァーニマ支部唯一の準A級ということで(不承不承ながら)多少は目こぼしされていたが。同格か、あるいはそれ以上の実力が示されたユリエッティらの登場により事態は変わりつつあった。これを機にギルド側はレルボ一派に振る舞いを改めてもらおうと考えているし、他の冒険者たちだって早くも、実力がありそれでいて物腰の柔らかなユリエッティ側につきつつある。


「──チッ。ざけんなよ、誰が今までここを仕切ってやってたと思ってんだ……オラいくぞお前ら」


 自身らの地位が急速に揺らぎつつある現状も、周囲の冒険者たちの視線も、何もかもが彼にとっては面白くない。そんな面持ちで立ち上がり、パーティーメンバーを連れて逃げるようにギルドを後にするレルボ。その背中をユリエッティは一瞥し、不思議そうに首を傾げた。


「そんなに突っかかってくるほどのことなのでしょうか? あの……えっと、どなたでしたっけ?」


「レルボだよ。今しがた呼ばれてただろがよ」


 気の抜けるような二人のやり取りに、何人かの冒険者たちがぶふっと吹き出した。

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