写真と心霊体験
周囲が和気藹々と花火の感想を語り合う中、スピーカーからはゆったりとした曲が流れて帰宅の案内などが放送される。
この後も一応イベントは続くのだが、打ち上げ花火ほど大きな催し物は無い。
大抵の客は帰路につくようで、気が早いものは既に荷物をまとめて会場を後にしている。
では、金森たちは何をしているのかというと、彼女らは興奮冷めやらぬ様子で写真を確認していた。
写真には特にポーズをとらずにカメラを見つめている赤崎とブラッドナイト、そして守護者の姿が写っている。
他にも、笑みを浮かべながら少し恥ずかしそうに両手でVサインを作っている清川と、彼女にならってぎこちない笑みを浮かべながら片手でVサインを作っている博士の姿も映っており、なんだか可愛らしい様子だ。
素敵な思い出に金森はホクホクと胸が温かくなって笑った。
「我ながらよく撮れたわ! というか前も思ったんだけれど、守護者もブーちゃんも写真には写るのね」
今回と同様に、前回、海で撮った写真にもしっかりと守護者の姿が写っていた。
また、金森の友人である友子や友美が撮った写真にもハッキリと写り込んでいたため、守護者たちの姿が写真に写るか否かは撮影者によらないらしい。
金森の言葉を聞いて、赤崎と清川が画面を覗き込んだ。
「何!? ほ、本当だ! ブラッドナイトの闇に溶け込む漆黒ボディと獲物を狙う獣の瞳がしっかりと写り込んでいる! 守護者のボディも光に反射して、やたらと美しく映っているな! 神々しいぞ!!」
「え!? 守護者さんが写ってるの? どこ、どこ? あれ? いないよ?」
赤崎が大興奮で画面に映る守護者とブラッドナイトを指差すのだが、そうしてもなお、清川の目には映らないようだ。
首を傾げる清川だが、諦めきれないのか画面の角度を変えたりして一生懸命に守護者の姿を探している。
すると、興味をひかれた博士も画面を覗き込んだ。
「へえ、僕もあんまり写真は撮らなかったから気が付かなかったな。僕の頃は携帯電話を小学生が持ち歩くのって普通じゃなかったし。なるほど、怜さんにはハッキリと見えるのに、清川さんには全く見えないんだね。ということは、マボロシたちは写真に写っても人によって見えるかどうかは変わってくるのか」
博士の話す通り、写真にはナリカケやマボロシも写り込むのだが、その姿を見ることができるか否かは閲覧者次第だ。
また、写真の方が実際に見るのよりもナリカケたちを見つけやすくなることがある。
しかし、写真を通して見る景色も、現実の空間を己の瞳で見る景色も、そう大きくは変わらない。
写真になると見えやすくなるのは、単純に対象が止まっているため、じっくりと相手を見やすくなったり色の補正で周囲と区別をつけやすくなったりするだけだ。
加えて、見える範囲も現実と同じであるため、赤崎にはハッキリと見えている守護者の姿が金森の目にはわらび餅のように映っており、よく見なければ存在に気がつけないほどだった。
思わぬところでファンタジー知識が増え、赤崎はマボロシへのアプローチ方法が増えたぞ! と舞い上がっている。
早口で独り言を発し続ける赤崎に金森は相変わらず呆れ気味だ。
「まあ、何はともあれ、良い写真が撮れたことには変わりがないわよ。後で皆に送るわね」
「ありがとう! あ、響ちゃん、こっち向いて」
清川が声を弾ませて金森にスマートフォンのレンズを向ける。
即座に金森が片手でピースをすると、パシャリと一枚、写真を撮った。
「ありがとう。でも、急にどうしたの?」
「さっきの写真は響ちゃんだけ、入ってなかったから、折角だし、撮りたくなっちゃったんだ! ほら、見てみて、よく撮れたよ。ふふ、響ちゃんは写真写りが良いね。とっても美人さん」
清川に手招きされ、画面を覗き込む。
透き通るような白い肌を持っていることが関係してか、金森は周囲の暗闇に負けず、ハッキリと写真に写っていた。
「あら、本当だ! 上手に撮れてるわね。ん? あれ?」
写真に喜んでいた金森だが、不意に、画面の中の自分の腰付近に強い違和感を覚えて首を傾げた。
何か黒いモヤのようなものが自分の浴衣を握り締めている。
拡大してジッと見つめると、幼い子供の手のように見えた。
考えるよりも先に行動をするのが、我らが金森響だ。
謎のモヤに対する恐怖よりも好奇心が勝って、金森は実際の自分の腰付近を探るような目つきで見つめた。
目を細めて凝視すれば、やはり何か黒い煙のようなものがチラチラと揺れている。
消えかかっているようにも見えるが、確実に「何か」がいた。
「女の子?」
モヤを見つめながら問いを出す。
「おんなのこ? おんなのこ……なんさいくらい?」
「うーん、幼稚園生ってところかな? そうすると、五歳くらい? でも、このくらいの子って年齢が分かりづらいのよね」
問いに答えれば黒いモヤに少しだけ形が付く。
腰を握り締めるのは、やはり幼い子供の手だった。
どことなく頭身もはっきりし始め、髪型まで分かるようになる。
顔つきは不明だが、それが分かるのも時間の問題だろうか。
「かわいい?」
「うーん、見えにくいけど、多分。でも、二つ結びをしているから、多分可愛い!」
元気に答えた途端、自身の腰付近からクスクスと可愛らしい笑い声が聞こえた。
上機嫌なソレは、幼い子供の声だ。
「ありがとう、おねえさん」
「……え?」
金森は先程からずっと清川と話をしているつもりだったのだが、最後の最後にようやく違和感を覚え、顔を上げた。
清川はキョトンとした表情を浮かべて金森を見つめ返している。
「あれ? 藍、今、しゃべってたわよね?」
疑問というよりも確認するように問うが、清川はフルフルと首を横に振る。
「え? 私はしゃべってないよ。響ちゃん、一人でしゃべってたから、てっきり、守護者さんやブラッドナイトさんと、お喋りしてたんだと思っていたんだけれど」
違うの? と首を傾げられ、金森の背にゾワッと怖気が走った。
慌てて赤崎の様子を確認すれば、彼は好奇心に目を輝かせてニヤついている。
「金森響の話し相手は俺にも見えなかったし、声も聞こえなかったな! 一体、誰と話していたんだ? また金森響にしか見えない力の弱いマボロシが現れたのか!? 形状や特徴をよく教えてくれ!」
いつもはウザったく感じる赤崎のテンション高い中二病ムーブだが、恐怖体験をした後に普段と変わらぬ明るい調子で話しかけてもらえるのは大変ありがたい。
それに、出来事への整理にもつながる。
金森は珍しく文句を言わず赤崎に事態の説明をしようと、脳と口を動かした。
「え? えーっと、何か、モヤだった、んだけど……何かしら、マボロシと呼ぶには、何か、こう、違和感が」
上手く言葉にできないが、金森は名状しがたい不安と焦りを感じていた。
というのも、金森響は基本的にマボロシなどを見る力が弱い。
そのため、他者に存在を否定されたり、金森が見るのを止めてしまったりすれば消えてしまうようなマボロシ未満の存在、ナリカケばかりを見ていた。
ナリカケはマボロシに成る前の自我があやふやな存在であるため、基本的に明確な意思を持たない。
そのため、ナリカケと会話を成立させることは難しい。
意思疎通の取れる存在であれば、マボロシであると考えるのが妥当なのだ。
しかし、どんなに力が弱くともマボロシとして存在を成立させているものであれば、赤崎にもモヤのように見えたり、ノイズ混じりの音声が聞こえたりと、多少は関わることができるだろう。
今回は金森にしか姿が見えておらず、彼女の瞳に映る姿でさえも曖昧であるのに意志だけはハッキリと持っていて会話をすることが可能だった。
その異常性を金森は理屈では理解できていなかったが、これまでの経験から感覚的に理解していたのだ。
大興奮で違和感の正体を聞き出そうとする赤崎と、妙に歯切れの悪い金森。
その隣で、博士は渋い表情を浮かべている。
「響さんが見たものは僕にも見えなかったな。だから、確かなことは言えないのだけれど、もしかしたら響さんが見たのは幽霊だったのかもしれない」
博士の言葉は淡々としている。
確信の籠った声ではないが多少の自信はこもった言葉だ。
「幽霊!?」
金森は博士の発言にギョッとして、慌ててそちらを振り返った。
だが、博士の表情は真剣そのものだ。
「そうだよ、幽霊だ。幽霊は時間が経つとナリカケみたいに消えかけてしまうことが多いし、強いものでもマボロシほどではないから、幽霊をはっきりと認識できる人が見るのは珍しいんだ。でも、響さんは凄く力が弱いから、見ることができても不思議じゃないのかもしれない」
普段なら力が弱いと言われると、馬鹿にされた! と噛みつく金森だが、今はそんな余裕もない。
淡々とした博士の言葉に、ゆっくりと血の気が引いていった。
加えて冷や汗もかき、背中がひんやりと冷たくなっている。
手足の先など、感覚がないほどだった。
「え……? 幽霊って、存在するの?」
震える声で問えば博士がコクリと頷く。
金森の体温は冷え、寒気は酷くなるばかりだ。
無意識に自分で両腕を抱くと赤崎が不思議そうに首を傾げた。
「何を狼狽えているのだ、金森響。マボロシやナリカケ、それに以前、博士が教えてくれたカクリツなる存在もいるのだぞ? 幽霊の一人や二人、いてもおかしくはあるまい。そうだというのに、今さら何を恐れることがあるのだ?」
「それはそうだけど、でも、幽霊は悪霊とか人間に危害を加えるのがいるかもしれないじゃない」
「確かにな。だが、マボロシの中には人に害を与えるものだっているのだ。知っているだろう?」
今一つ噛み合わない赤崎がキョトンとして質問を繰り返す。
全くもって赤崎の言う通りなのだが、金森はドス黒い顔色のまま、
「それはそうだけど……」
と、モジモジ、モゾモゾとしていた。
金森は基本的に怖がりではない。
ナリカケやマボロシをなんとなく眺めるのは幼い頃からの趣味であるし、暗いところも怖い話も平気だ。
修学旅行先の民家でご当地の怪談を聞き、一人でトイレに行けなくなった生徒や眠れなくなった生徒が続出し、先生ですら震えあがっていた中、金森は一人でトイレを済ませ、涙目になる友人に抱き着かれながら眠った。
だが、それは金森が、
『わけわかんない生き物? を見られる私が、幽霊だけは見たこと無いのよ。お化けなんていないって!』
と、一切、幽霊やお化けの類を信じていなかったからこそ、とることができた行動だった。
憑りつかれるだの、呪い殺されるだの、そんな恐ろしいことが現実で起こるわけがない。
そう思っていたからこそ、怪談をエンタメとして楽しむことができていたのだ。
そのため、幽霊の存在をあっさり肯定されてしまった金森はパニックになってしまっていた。
『いるの? え? いるの!? え!? 嫌なんだけど! 本当にダメなんだけど! え? 私、憑りつかれてないわよね!?!?』
恐る恐る腰の辺りを見て見るが、暗闇が広がるばかりで何もいない。
だが、夜風が首筋をなぞり、ゾクッとさせたのを幽霊の仕業かと勘違いし、ワタワタと首を振った。
「……っていうことなんだ。仕方がないことだけれど、ちょっぴり残酷かもね。無事に成仏できてるといいんだけど。あれ? 響さん、顔色が真っ青だよ? あっ! もしかして、気を悪くさせちゃったのかな。ごめんね、僕に響さんを責める意図はなかったんだ。本当だよ」
金森がパニックになって一人で暴れている中、博士と赤崎は白熱のお喋りを繰り広げていたらしい。
会話内容に金森にとって不都合なことでも入り込んでいたのか、博士は慌てて謝罪を繰り返している。
「一体、何の話? それよりも、あの、幽霊って憑りついたりするの?」
問いかけながらも唇や両足が震える。
『憑りつかれてたら家には帰んないわよ! 神社かお寺に逃げましょ、赤崎を連れて! 私たちは友……相ぼ……知り合いだもんね!』
こんな時でもいつでも、金森は意地を張ってしまうようだ。
赤崎に頼りたい心があるのは本当なのだから、素直に表に出せばよいのに。
ともかく、人知れず巻き込み型の覚悟を決めていた金森だが、彼女に対して博士はアッサリと首を横に振った。
「基本的には無いよ。さっきも言ったけど、幽霊は、なった直後ならまだしも時間とともに力を失って、いずれナリカケみたいになっちゃうからね。それに、直接人間に影響を与えるには強い力がいるし。あ、でも」
博士の話は続いているようだったが、金森は憑りつかれないと聞くとホッと安心し、胸を撫で下ろした。
まあ、実は、博士の長々とした言葉には金森にとって聞いておいた方が良い事実や忠告が多分に紛れ込んでいたのだが。
しかし、普段から脳に馴染まないファンタジーな話が恐怖と焦りでパンクした金森の中に入って来る訳が無い。
というか、幽霊の話など一つも聞きたくない。
金森は、これ以上会話の内容を聞かないよう努めつつ二人の話が終了するのを待つと、いの一番に赤崎の袖をグイっと引いた。
「赤崎、アンタ男よね!? 男子は、か弱い乙女のことをお家まで送り迎えするもんよね!?」
か弱い乙女を自称する金森だが、言葉からは懇願というよりも脅迫のような圧が感じられる。
また、気の強い釣り目には涙が浮かんでおり、袖を握り締める力も強かったため、必死さも感じられた。
まさに藁にも縋る思い、といったところである。
赤崎は何だかんだとお人好しで面倒見がいい。
そのため呆れた表情を浮かべると、
「金森響、お前、意外と怖がりなんだな……」
とだけ呟いて、
「怖がりじゃないわよ! 命の危機を感じているだけ!!」
と、強がる金森を仕方がなく家まで送っていくことにした。
ちなみに、守護者に守られている安心感が故か、最近の清川は本当に怖いもの知らずで、幽霊の話を聞いてもケロッとしている。
子供の夜歩きは危険だからと、博士のことは清川と守護者が送っていくことになったのだが、夜の海という神秘的で酷く恐ろしい場所へ向かうのにも関わらず、
「響ちゃん、大丈夫? 怖くなったら、電話をしてもいいからね。眠れるまでお喋りしてあげる」
と、他人を気遣う余裕まで見せている。
なお、帰宅後の金森はビクビクとしながら風呂に入り、夢に幽霊の少女が出てくるのではと不安になってなかなか寝付けず、赤崎にダル絡みしていた。
そして、巻き込み型の徹夜テロを連続で三日間くらい繰り返した。
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