縁日に蔓延る不審者

 金森たちの交通手段は基本的にバスだ。

 今日も普段と変わらず、会場へと向かうためにバスへ乗り込む。

 乗客にはチラホラと浴衣を着ている女性が見受けられ、花火の話題があちこちから聞こえる。

 皆、花火大会を楽しみにしているようだ。

 自分に注目する人間が知り合いばかりになると、博士もだいぶ落ち着いたようで、

「花火大会か。僕が花火を見るのは何十年ぶりだろう。楽しみだなぁ。今日のお天気が晴れで良かったよ」

 と、嬉しそうに笑っていた。

 バスが止まり、乗客たちのほとんどが会場のある方向へ真直ぐに向かって行くのだが、金森たちが初めに向かったのは徒歩五分程度の場所にあるコンビニだ。

 コンビニに到着した金森が赤崎を探して周囲を見回していると、不意に袖を軽く引っ張られた。

 視線を下げれば、博士が建物の隅の方を指差しているのが見える。

「ねえ、響さん、僕、LEDライトをアクセサリーにしている人を初めて見たよ。ああいう感じの服装が今の流行なのかい? 奇抜だねぇ」

 博士の示す方角には、確かに奇抜で非常に派手な不審者がいる。

 不審者は黒い服の前面にラメを塗りたくった浴衣を着ており、背中には金のスパンコールやビーズで作ったドラゴンを堂々と居座らせていた。

 帯は色味の強い紫で、これまた全力でラメが上塗りされている。

 また、七色に点滅するLEDライトをタスキでも掛けるかのように身に着けており、派手なクリスマスツリーのような輝き方をしていた。

 コンビニの端の方は真っ暗だというのに、おかげで明るく周囲が照らされている。

 蛾や小さな虫が寄ってきているのが何とも切ない。

 近寄りがたい職質待ったなしのパーリー系不審者は、もちろん赤崎だ。

「赤崎……いや、分かってたの。分かっていたけれど、そりゃあ縁日は特別な服装をしたいじゃない? 私だって、浴衣着たいし。皆にも浴衣着せたかったし。だから、言えなかったの。今日ばっかりは赤崎に制服を着て来いと言えなかったのよ」

 予測できる悲劇は回避できるはずだった。

 しかし、あえて回避しなかった。

 金森はガックリと肩を落としながら、ブツブツと後悔を溢す。

 今回の花火大会は鉱物市で最も大規模な祭りだ。

 交通規制を行い、広い道路を歩行者専用にして、その両端をズラリと縁日で埋め尽くす。

 また、夜七時には派手な花火が何発も上がるので魅力が多く、各地から多くの客が集まる。

 毎年祭りは大盛況に終わるのだが、浮かれた人間が大勢集まる分、犯罪も起こりやすく、縁日で警察が見回りを実施するなど治安に対してかなり敏感になっている。

 そんな中で図体の大きな不審者を連れ歩けば職質は免れない。

 どうあがいても、奇異と不信の視線を浴びることになってしまう。

『今年もコスプレイヤーさんがたくさんいることを祈っておきましょ。後は、赤崎は絶対に孤立させないようにしよう。警察に連れて行かれるから』

 金森たちに気が付くと大股でやって来て、

「これが最先端のファッションだ! キラキラ光っていて、格好良いだろう!」

 と、ドヤ顔で博士に浴衣を見せびらかす赤崎を見て、金森は小さな決意を固めた。


 例年通り、会場では大勢の人間が道を行き来している。

 普段から夜道を照らしている街灯もキッチリと点灯しているが、それよりも縁日の屋台から漏れ出る光の方がずっと眩しい。

 料理を作る音や呼び込みをかける声、それに各所に設置されたスピーカーから流れる音楽などで辺りは非常に騒がしく、辺りは激しい熱気と活気に包まれている。

 その場にいるだけで高揚感を得られる楽しい空間だが、清川と博士は圧倒されてしまい、早速のぼせかけていた。

 博士が人にぶつかってしまいそうになるのを守護者が胴に髪を巻き付けて軽く引っ張り、食い止める。

「あらら、ちょっと危なっかしいわね。ほら、博士、私と手を繋ぎましょ。あ、藍は守護者が手を握ってくれるって」

「もちろん。藍のことは私が守ります。おや? 藍、握る必要はありませんよ。藍の腕に髪を巻き付けておきますから」

 金森の手をギュッと握る博士を真似して清川も空中をギュッと握ったのだが、それを見た守護者が柔らかく微笑んだ。

 清川に守護者の声は聞こえないので、代わりに赤崎が清川へと言葉を伝えてやる。

「まるでホラー映画の怪物のようだが、まあ、そこは良いとして、守護者の髪は良く伸びるからな。これなら清川藍が迷子になる心配はあるまい」

 苦笑いを浮かべる赤崎に対して迷子の心配から解放された清川は嬉しそうに、

「ありがとう、守護者さん!」

 と笑うと、彼女自身では見ることの出来ない柔らかな髪の束が巻き付いた腕をキラキラとした瞳で見つめた。

 押し寄せる人波を縫うようにして歩き、まずは定番のたこ焼きとラムネを人数分、購入する。

 最低限の食料を確保したところで、今度はゆっくりと屋台を回り始めた。

 金森はチュロスや焼きそばなどの美味しそうなものを買い込み、清川は女児向けアニメのキャラクターが描かれた大きな綿あめの袋を購入する。

 また、クジ引きをした赤崎は両腕に光るブレスレットを身に着け、パシンと叩くと発光するゴム製のヨーヨーを持って浮かれている。

 なお、射的で手に入れた小さなぬいぐるみや菓子類は袖の緩んだところに入っているため、本来は柔らかく揺れる袖がゴツゴツと角張っていた。

 三人とも高校生にしては大分はしゃいでいる方だが、周囲の迷惑になっていないのならば、祭りの時くらいは思い切りはしゃいだほうが本人も周囲の仲間たちも楽しいのかもしれない。

 守護者は楽しそうに笑う清川を嬉しそうに眺め、ブラッドナイトは赤崎の肩から獲物を狙うような爛々とした瞳でブレスレットを眺めたり、金森に千切ったチュロスを貰ったりして祭りを楽しんでいる。

「ふふ、楽しいわね。やっぱりお祭りはこうでなくちゃ。博士は何か欲しいもの無いの? 特別にお姉さんが何か買ってあげるわよ?」

 ポンと頭を撫でる金森に、博士は遠慮がちに首を振った。

「ううん、僕は大丈夫だよ。もう、たこ焼きも買って貰っちゃったからね」

「たこ焼きに関しては、赤崎のおごりだけどね。赤崎というか、赤崎のお兄さん? ありがたいわね、大切に食べなくちゃ」

 皆で何か買って食べなさいと赤崎にお小遣いを渡し、間接的にタコ焼きを買ってくれた正也に金森はありがたい! と片手で礼をする。

 その様子に博士はクスクスと笑っていたのだが、

「あ、ねえ、響さん」

 と、小声で話しかけ、クイッと繋いでいた手を引っ張った。

「ん? どうしたの? 食べたいものでもあった?」

「違うよ。そうじゃなくて、アレ」

 不安そうな博士の視線の先にいるのは、スーツ姿のヘラヘラとした男性と泣きじゃくっている小学生くらいの女の子だ。

 男性は縁日で購入したと思われる小鳥型のべっこう飴を片手にニヤニヤとしながら女の子へにじり寄っており、なんだか怪しい雰囲気だ。

 すっかりと怯え、追い詰められた女の子は屋台の下の布の中へ隠れ込み、カタカタと震えている。

 綺麗に切り揃えられた短髪に髭の無い顎や頬、パリッとしたスーツ姿という非常に清潔な格好をしているのだが、猫背の影響か、あるいは締まりのない表情が原因であるのか、体中から溢れ出るオーラが危険な変態のソレである。

 ヘラヘラと笑いながら布を持ち上げて、うずくまる女の子に声を掛ければ、彼女は余計に泣きだしてしまい、周囲から不穏な視線を集めることになる。

 結果、慌てて駆け付けた警官に肩を叩かれ、「詳しい事情」を聴かれることとなった哀れな男性は、過去にもキラキラマートで迷子になった女の子に声をかけ、周囲から不信を買うことになった善良な一般市民、亜矢椎尾である。

「あのおじさん、何でか怪しいのよね~。多分、大丈夫だけど、あーあ、警察に声かけられちゃって」

 亜矢が善良な男性であることを知っている金森は苦笑いで彼の職質を眺めていた。

 女の子に話しかけている姿も挙動不審で酷いものだったが、凄む強面の警官に問い詰められてパニックになった彼はガタガタと震え、余計に悲惨なことになっていた。

 このままでは本格的に裏の方へ連れていかれ、ガッツリと職質をされた挙句に署まで連行されてしまうかもしれない。

 女の子を助けようとしただけなのに、祭りを楽しめないどころか一日を無駄にしてしまうのは流石に可哀想だ。

『声をかけてあげた方が良いのかしら? でも、私はおじさんに詳しくないから、本当に危ない人じゃないのかさえ、よく分からないのよね。証明できるような物も関係も持っていないし』

 かつてのように名刺をぶちまける亜矢の悲しい背中に同情を送っていると、金森の視界にスッと少年の姿が入り込む。

 亜矢の唯一ともいえる理解者であり救世主でもある近所の小学生、章だ。

 章はスムーズに二人の間に入ると、小学生とは思えぬ胆力と冷静さで淡々と亜矢との関係性を語り、自分や妹が迷子になった時に助けてもらったことなどを話した。

 おまけに職質されやすく、警官たちの間で「十中八九、黒の雰囲気を持っているが真っ白な善人」ということで通っていることを話すと、亜矢に「お話」を聞いていた警官が慌てて無線を使い、確認を取り始めた。

 それから、警官は亜矢にペコペコと頭を下げると、怯える女の子を保護して去って行く。

 去り行く警官たちを見てホッと安堵のため息を漏らした亜矢は、今度はペコペコと章に頭を下げ、持っていたべっこう飴を手渡した。

 おそらく、お礼に何かを奢ってあげようと考えたのだろう。

 両手を使って挙動不審に屋台を指差し、グイッと章の腕を引いている。

 やはり、不審者だ。

 紛うこと無き、不審者だ。

『あんな感じだから怪しまれるのでは?』

 章も金森と同じことを思ったらしく、呆れ交じりのため息を吐いていた。

「なんか、大丈夫そう……なのかな? あんなに怪しい大人でも、優しいってことがあるんだ。現実世界も不思議がいっぱいだね。まあ、あんまり興味はわかないけれど……あっ!」

「どうしたの? また不審者がいたの? やっぱ祭りには不審者がつきものよね」

 今度こそ、本物の不審者かもしれない。

 ヤレヤレと博士の目線の先を見ると、そこにはレインボーに光るかき氷の屋台があった。

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