第8話「帰って来た天才」

―エデン女学院・演劇部サロン


「ねえねえ知ってる?リリィちゃん。ついにあの人が演劇部に帰って来るみたいだよ」


「あの人って誰?」


演劇部員のさやかとサロンで談笑しているリリィ。

さやかの言う「あの人」が誰なのか、リリィには全く見当がついていなかった。

その時である、サロンに見慣れない人影が現れたのは。


「キャー!!!咲夜様よぉ!」


瞬間取り巻きの女生徒達が人影の主に群がる。

まるでアイドルがきたかのようにキャーキャー騒ぐ女生徒達。

中には演劇部の部員でない娘まで混ざっている。


「あなた達いい加減にしなさい!」


一喝してその場を黙らしたのは部長の京子であった。

取り巻きの女生徒達は名残惜しそうに散り散りになっていく。

そして人ごみの中から銀髪のショートヘアのクールな印象の女性が現れる。

どこかで見た様な銀髪だなぁと思っていたその疑問は次の一言で氷解した。


「君がリリィちゃんだね。大河内咲夜だよ、よろしく」


「お、大河内って…」


「君もそういう反応するのか…そうだよ、私は大河内桜の娘さ」


咲夜がその笑顔を消し悲しげに言う。

どうやら触れてはいけない話題だったらしい。


「それよりも君の評判は海外でも聞いているよ、リリィちゃん」


「え!?私の活躍ですか!?」


プレリュード隊での活躍かな?それとも演劇部での活躍?咲夜の次の言葉に胸が躍ったリリィであった…が。


「パリで有名な歌姫だったそうじゃないか。天使の様な歌声だって話題だったよ」


「あ、ああ、そっちですか…」


パリでの活躍は正直ちやほやされすぎてうんざりしていた。

天使の歌声と言うのも誇張されすぎだし、どうせパリで人気女優兼歌手だった母のおかげなのだ。

正当な評価だとは思っていないパリでの自分の事を褒められても正直複雑な気持ちで喜べなかった。


「ん?どうやらそっちは嬉しくない様だね、すまなかった」


「え」


咲夜はすっとリリィに近付くとそのままハグしてきた。

衣服に押し込められているのだろう大きな胸がリリィに当たる。

意外とこの人胸あるな…ではなく突然のハグに驚いたリリィはそれを押しのける様に胸に手をやった。


「おっと、以外と積極的なんだね」


「違います!そういうんじゃないですから!それと何をするんですかいきなり!」


「何って…謝罪のハグだけど?」


悪びれた様子の無い咲夜に顔を真っ赤にするリリィ。

そうしていると二人の間に京子が割って入った。


「許して上げてリリィ。彼女は海外生活が長いから向こうの習慣が抜けてないのよ」


「私もパリ生まれのパリ育ちなんですけど…初対面の人に急にハグはしませんよ?」


「そこはまあ国の違いかな。私はアメリカだから」


「関係ないと思いますけど…」


じと~とジト目で咲夜を見つめるリリィ。


「はははっ、そんなに見つめられると辛いな。私に惚れたのかい?」


「違います!」


ギスギスとした二人の雰囲気に割って入ったのは椿だった。


「相変わらずですのね、咲夜さん」


「やあ椿、今日もキュートだね」


「当たり前ですわ。それより次の演目ですけど…」


「ああ、次はシンデレラをやるわ。本物の王子様も帰って来た事だしね」


「ああ、王子役は任せてくれ」


満面の笑みで応える咲夜。

シンデレラ役の娘が気の毒だなぁ…そう思っていたリリィであった、が。


「じゃあシンデレラは前回に引き続きリリィ、お願いね」


「え!?こういうのは椿さんなんじゃ…」


「残念ですけど今回だけは譲って差し上げますわ」


表情を見られまいと顔を背ける椿。

どうやら彼女も咲夜が苦手な様である。

せっかくの主役なのに憂鬱な気分になったリリィであった。


―秋葉原


「ありがとうございましたー」


「ふぅ~、買った買った」


秋葉原の某アニメショップでグッズを買い漁ったリリィは満足して店を出た。

すると入り口前で帽子を被った少年?がもじもじしながら立っている。

はは~ん、どうやら初心者さんだな?

そう判断したリリィはいつものおせっかいで声を掛けた。


「はーい、そこのあなた。この店は初めて?よかったら私が案内して―」


「リリィちゃん!?」


「咲夜さん!?」


二人の出会いはまさに突然であった。

咲夜も日本のアニメや漫画のしかも魔法少女物の大ファンらしく、可愛らしいグッズを好んで集めていた。


「こんな事がファンに知れたら私のイメージが崩れてしまう…!それにもし母に知られたら…」


「はい、分かりました。これは二人だけの秘密、ですね」


「どうか頼むよ…」


あの自信満々な咲夜にも可愛い所があるんだなとほっこりしたリリィであった。


―エデン女学院・演劇部稽古場


そして稽古当日、咲夜とリリィはマンツーマンで演技の練習をしていた。

勿論内容は次の演目シンデレラのである。

王子役の咲夜にはこれまでの浮ついた態度はなく、真剣に稽古に臨んでいた。


「さすが天才女優の卵とだけ言われた事はありますね」


「卵は孵らなければただの卵よ」


褒めた京子の横で冷徹に言い切ったのは学園長の大河内桜だった。


「咲夜の様子を見に?」


「私がそんな甘い女に見える?」


「ではリリィを?」


「……」


無言でノーコメントを貫く大河内。

どうやら大河内がリリィの母となにかしら事情があり、リリィを気にかけている噂は事実らしい。

でなければ一介の新人部員を大河内自ら見に来る事はない。


「(母が見てる…完璧にやらなくては)」


自分を見ていると勘違いした咲夜が演技に熱を入れる。

すると稽古をしている二人に大河内が近付いてきた。


「二人ともよくやってるわね。リリィはもう少し声を張った方がいいわよ、それから…」


大河内は一度は二人を褒めたがその後はリリィへの個別演技指導が始まった。

自分への称賛の言葉を…いや批判でもいいから一声かけて欲しかった咲夜だったがその気持ちは打ち砕かれた。

そして大河内の指導が終わり稽古場から姿を消した、その後である。


「あ、あの、咲夜さん…稽古の続きを―」


「気分じゃないんだ。悪いけど一人でやっていてくれないか…」


「そんな…私、何かやっちゃいましたか?」


「……」


稽古場から無言で退場する咲夜。

心にもやもやが残りリリィが内心で右往左往していたその時である。


ウ~!!!


リリィの心をかき乱すようにアンドロメダ襲来のサイレンが鳴る。

リリィは心の整理もできていない状態で出撃トンネルを通った。


―エデン女学院・司令部


そこには既にいつものメンバーと紫色のスーツに着替えた咲夜がいた。

その表情は暗く曇っており、先程から一言も喋っていない。


「今日はペアで動いて貰うわ。リリィは咲夜と組んで」


「え、咲夜さんとですか!?」


「ふふふ、私じゃダメか…さすが母に認められているだけの事はある」


「そ、そんな…私そんなつもりじゃ―」


口喧嘩に発展しそうな二人の間に副部長の由香子が割って入る。


「まあまあ二人とも落ち着いて。そんなんじゃ出る力も出ないわよ」


「「・・・・・・」」


無言を貫く二人、しかし時間は待ってくれない。

リリィと咲夜は重い雰囲気のまま格納庫へ急いだ。


―東京・世田谷


「プレリュード隊、参上!!」


ポーズを決める各々のRS達。

久々の出撃の咲夜は投げナイフを主兵装としたシャープなボディの紫色の機体だ。

彼女の得意曲は洋楽で、今回はジャズの音楽に合わせて華麗に踊っている。

敵の攻撃は紙一重で避け敵の急所に確実にナイフを飛ばしている。


「(母にはもう戦場で認めて貰うしか…)」


そう考えに浸っていた刹那、油断していたのか背後を取られてしまう咲夜のRS。

もう駄目かと諦めたその時、敵機は両断されていた。

その隙間から見えたのは赤と白のRS、リリィのRSだった。


「大丈夫ですか、咲夜さん!」


「リリィちゃん、あんなに冷たくしたのに…」


「元気なのが取り柄ですから!それにAKに聞きましたよ。マザコンなんて気にする事じゃないです!」


「マ、マザ…!?ふふふ、ははは!!!」


「あの~私変な事言っちゃいました?」


「ああ、なんだか母の事で悩んでるのが馬鹿らしくなったよ」


「なんだか分からないけど、元気になってくれてよかったです!」


こうして仲直りした二人は共闘し今回の戦闘を無事終えたのであった。

そしてリリィ二回目のシンデレラ当日…


―エデン女学院・舞台上


「このガラスの靴がぴったり合う君こそ私の探していた姫だ!」


「王子様…!!!」


熱演するシンデレラ役のリリィと王子役の咲夜。

二人の息はぴったりで特に咲夜は大河内の事などなかったかのように振舞っている。

そしてリリィがEDで最後にその歌声を披露し幕は閉じた。



「(よく頑張ったわよ、咲夜)」


観客席の隅で愛する娘に密かに拍手する大河内であった。

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