第7話「母なる少女」

―エデン女学院・演劇部サロン


「ただいま~」


「おかえり、由香子」


京子が軽く手を振る。


「おかえりなさい、由香子さん」


椿がぺこりと一礼する。

どでかいスーツケースを抱えた肩まで黒髪を伸ばしているサングラスの女性は、プレリュード隊の皆がくつろいでいたサロンに突如現れた。

皆の反応を見るに不審者ではない様だが、リリィだけがその正体を分からないでいた。

その時である。

明日香がサングラスの女性に声を掛けた。


「やっほー、お母さん」


にやにやしながら明日香が手を振る。

そして芽衣はと言うとそのサングラスの女性にいつの間にか甘える様に抱きついていた。



「おかえりなさ~い、お母さん」


「お母さん!?」


どう見ても芽衣位の歳の子がいる年齢には見えない。

一体幾つで産んだんだろうか…そうリリィが驚愕していたその時である。


「彼女困惑してるじゃない。そのお母さんって言うのはやめない?」


「だってお母さんはお母さんだもん」


芽衣はサングラスの女性に頭をなでられ嬉しそうにしている。

その溢れんばかりの母性にリリィはそれが彼女のニックネームなんだなと察した。

そしてサングラスの女性はサングラスを取るとリリィの方を向いた。


「初めまして、リリィさん。黒澤由香子よ。一応この演劇部の副部長をしているわ。後おかあさんって言うのはあだ名だから気にしなくていいわよ」


「こちらこそよろしくお願いします、黒澤副部長。ところで今迄姿を見なかったんですけど…」


「由香子でいいわよ。RSの出張出撃をしていてね…東京以外にも少数だけどたまに出るのよあいつら」


あいつらというのは侵略宇宙人である機械生命体アンドロメダの事である。

基本日本では東京を攻めて来るが稀に少数の部隊が東京以外を襲う事があるらしい。

本当に傍迷惑な連中だ。


「ところで京子、私がいない間に何かあった?みんなは大丈夫?」


「ああ、問題無いよ」


「心配性ですわね、由香子さんは…」


ああこれはお母さんだなぁと内心思ったリリィであった。


「そういえば今回の演目は西遊記でしたよね」


リリィが話題を変える様に突然言い出す。

このお母さんムードの空気はなんかこっぱずかしいのだ。


「あ、孫悟空役は私がやるよ~」


明日香がリリィに向かって楽しそうに手を振る。


「わたくしは牛魔王の妻、鉄扇公主ですわ」


椿が自慢げに扇であおぐ。

ああまさにぴったりだなぁと思ったリリィであった。

そして部長の京子が由香子の方を向いてこう告げた。


「由香子には事前に伝えておいた通り、三蔵法師役をやってもらうよ」


「わかったわ、じゃあさっそく練習するわよリリィちゃん」


「え?わ、私ですか?」


「西遊記はチームワークが演技の鍵なの。だから新人のリリィちゃんには人一倍頑張って貰わないとね」


「わ、わかりました!」


これから地獄の特訓が始まるとは知らずはりきるリリィであった。

ちなみにリリィの役は猪八戒である。


―エデン女学院・稽古場


「お疲れ様。今日はこれで終わり。また明日ね、リリィちゃん」


「はあはあ…りょ、了解です」


これと同じ事を明日もやるのか…京子以上に厳しい人かもと恐怖した汗だくのリリィであった。

そして次の日…


「あっしお腹がすきました~」


「う~ん、猪八戒らしくもっと卑しくできない?ほら頑張って!」


優しくリリィを励ます由香子。

傍から見れば後輩思いの優しい先輩である…これが100テイク目である事を考えなければ。

疲れすぎて食欲が無く昼ご飯を碌に取っていなかったリリィは、この時本当にお腹がすいていた。

その時である。


ぐ~!、そしてウ~!


リリィの腹の虫をかき消すかの様に同時になったアンドロメダ襲来の警報。

へとへとになったリリィは出撃用のトンネルに向かおうとするが由香子に呼び止められる。


「はい、これ。急いで食べちゃいなさい。みんなには遅れる様に言っておくから」


由香子はそういうと小さなおにぎりをリリィに渡した。

その姿はまごうことなきお母さんだった。


「ありがとうございます、お母さん…あっ!す、すみません」


思わずその場のノリでお母さんと言ってしまったリリィ。

学校で先生にお母さんと言ってしまうのと同じくらい恥ずかしい。

顔から火が出る位に真っ赤になっていたリリィだったが、お母さん呼びになれている由香子には大した事ではなかった。


「別に気にしてないわよ?じゃあ、先に行ってるから」


そういって先に行った由香子の背中をおにぎり片手に見送るリリィ。

そうだ!こんなことしている場合じゃない!

リリィはおにぎりを急いで頬張ると出撃のトンネルに入った。


―エデン女学院・司令室


リリィが司令室につくとそこには青いスーツを着た由香子だけがいた。


「もうみんな出撃したわよ、私達も急ぎましょ」


「は、はい!」


―東京・吉祥寺上空


「じゃあさっそくいきますか」


「え?」


驚くリリィを尻目に日本の演歌を歌い出す由香子。

彼女の戦いはもう始まっているのだ。

由香子の蒼いRSが背部のファンをフル回転させ出力を上げる。

ライフル型の超電磁砲<レールガン>はその砲身を展開すると特殊弾丸を超高速で発射した。

空中からの狙撃で次々と敵機を撃墜していく。

地上に降りる頃には10体程敵機を破壊していた。


「じゃあ私が援護するから先陣は任せたわよ、リリィちゃん!」


「は、はい!チームワークですね!」


演劇の猛練習で培った練習のおかげかは分からないが、二人のチームワークは完璧だった。

リリィが迫りくる敵機を落とし、その周囲を後方から由香子が超電磁砲で撃ち落としていく―完璧な連係プレイだった。


「これで最後!リリィちゃんも頑張ったわね!」


「やりましたね、由香子さん!」


「(あ~あ、妬けちゃうなぁ)」


仲睦まじい二人にちょっぴりジェラシーを感じてしまうAIのAKであった。



そして西遊記の演目当日…主役の孫悟空役の明日香と鉄扇公役の椿が対峙する。

熱演を繰り広げる二人の横の舞台袖で三蔵法師役の由香子がこっそりと猪八戒役のリリィにウインクした。

由香子と仲良くなれた事を嬉しく思う反面、またあの猛練習に付き合うのかと恐怖するリリィであった。


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