032-06. 想いを繋ぐ

吸血族の村は、地下とは思えない優しい光に包まれている。

木々などの草木はないが、畑には野菜が育ち、土や岩の色ばかりの景色に彩りを添えていた。

風は吹かねども、地の精霊により、空気は澄み渡り、爽やかさすら感じさせる。


大扉の前の階段に腰を下ろした狭也は、いつ見ても不思議な景色に、心を落ち着けていた。

その周囲には、地の精霊が飛び回り、時には頭や肩の上で羽を休めたりと、ミーナから見れば、何とも落ち着かない状態だった。


「狭也。」


振り返るとミーナとロアナが居た。


「…それ、煩くない?」


精霊達にたかられる少女は、左手の人差し指を立てると精霊達が我先にと指先の取り合いを始めた。


「楽しいよ。ここなら、この子たちの声も聞こえるし。」


「軽くお話してた。」とにへらと笑顔を見せた。


「隣、座っていい?」

「うん? 良いよ。」


狭也の返事を聞いて、右側にミーナが、左側にロアナが座った。


「狭也、頑張ったんだね。」


ロアナが、狭也の頭を撫でる真似をする。


「ん~ん~? 折角、拾えた生命だからね、後ろを向いていても仕方ないでしょ? あんな悔しい想いは、二度としたくないもん…。」


狭也の言葉に、ミーナはそっと狭也を抱き寄せた。


「ねぇ、狭也?」

「ん、何?」


狭也はいつものように暴れずに、ミーナに身体を預けた。


「………。」


呼び掛けておきながら、次の言葉が続かないミーナに、狭也は顔を向けた。


「もしかして、ロアナに詳しいこと聞いた?」


胸の中で見上げて来る狭也の視線に、ミーナは微笑み返した。


「ええ。一緒に歩き続けたいと思ったわ、良いかしら?」

「…良いけど、ロアナと別れる事になるよ?」


狭也はまだ旅の途中。

いずれこの地を離れて遠くへ行ってしまう。

その狭也と一緒に歩くという事は、ロアナやミリネと別れるという事。


「二人に相談したら、あっさりと行ってらっしゃいって、言われたわ。」


ミーナが少し恨めし気にロアナを睨む。


「自分から言い出したんでしょ、睨まないの。」

「解った。これからも宜しくね、ミーナ。」


狭也はミーナの胸から身体を放すと、ミーナに左手を差し出した。


「よろしくね、狭也。」



-----



同じ頃、ニケと巫女長は、大扉の脇にある、大地の精霊を祭る小さな社の前に来ていた。

狭也の話を聞き、先程から黙り込んで考えている巫女長を、ニケも静かにして待っていた。


「ニケ。」

「はい。」


巫女長は、大地の精霊をかたどった石像を見上げながらニケに呼び掛けた。


「正直、この前から、信じられないような事ばかりで、頭が混乱しています。」


精霊像からニケに視線を移す巫女長は、眉をひそめていた。


「はっきり言うと、貴女を戦巫女にすることは反対でした。」


巫女長の言葉に、ニケは驚きの表情を浮かべた。


「貴女を戦場になど、立たせたくはありませんでした。」


しかし、巫女長はそれを拒むだけの力を、持ち合わせていなかった。

そして、修練を行うニケを見守り続け、その力の急成長に目を瞠っていた。

瞬く間に試練をこなし、驚く程の短期間で戦巫女になったニケ。

休む間もなく、黒魔毒を癒し、妖煉華討伐の援護に向かい、誰もが想像できない戦果を出した。

ニケは、狭也の為に、神殿に預けられた子。


最初の仕事の後でニケから、狭也の話を聞き、胸の内がざわつくのを感じた。

そのざわつは、神殿長に聞いた予言者の言葉で、明確な感情を結んだ。


ニケは、狭也の為に、神殿に預けられた――。


(私の可愛い娘を、誰が渡すものですか!)


未だよく知らない狭也に、嫉妬にも近い感情を抱いていた。

それは、前回、そして今回の打ち合わせで狭也に会った時にも感じた想い。


そんな巫女長の想いも知らずに、ニケは結果を出す。

今日、狭也の手を取るニケを見て、見つめ合う二人の視線に、胸の内の嫉妬が萎んでいくのを感じていた。


「ニケ、貴女はどうしたいのですか? 龍脈の修復、貴女なら出来ると、私は思います。」


吸血族の村長と狭也の話を聞き、現状、ニケ以外に修復を行える可能性を持つ者が居なくなっていた。

そして、ニケの実力を知る巫女長には、その結果が見えていた。


「私は、この依頼を受けたいと思います。」

「それは、何故ですか?」


巫女長の言葉に、ニケは少し目を見開くが、そっと俯いてその胸に手を当てる。


「こう言うと怒られると思うのですが、世界がどうとか、教会がどうとか、そう言う事より、私はサヤさんの力になりたいと思っています。」


「彼女が望むならば……。」と、ニケが再び上げた瞳には、決意と狭也への想いが宿っているようだった。


「ごめんなさい、巫女長さま。私は彼女と一緒に歩んでいきたいと思います。」


今まで育てて貰った巫女長と神殿長を裏切る行為。

それでも、ニケには狭也への想いは譲れないものになっていた。


いつもおどおどとして弱気だったニケの、決意の表情を見て、巫女長は小さく溜息を吐いた。


「良いですか、まずは神殿長様に彼女を紹介しなさい。今後の貴女の行動を決めるのは、それからです。」


巫女長の言葉に、ニケは、冷や汗を垂らしながら、視線を逸らした。


「あ…そ、それは……。」

「どうせ、まだ彼女にお話しすらしていないのでしょう?」


神殿長の怖い雰囲気におののき、狭也に話し出せずにいたニケ。

巫女長には、しっかり見透かされていた。


振り返ると、大扉の前の階段で、狭也達三人がじゃれているのが見えた。

ニケもそれを見て、少しムスッと表情を歪めた。


「ふふ、なんて顔をしているのですか。」


巫女長はニケの頬を摘み、軽く横に引っ張った。


「み、みほひょうひゃまっ!?」


今までやられた事のない、巫女長のお茶目な行動にニケは驚いた。

ふにふにとニケの柔らかい頬で遊び始める巫女長。

ニケが狭也について行くのなら、それまで少しでもニケとの思い出を増やそうと、考える巫女長だった。



「たまには、こう言うのも良いものですね。これからはもう少し砕けてみましょうか?」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る