怪盗と青年


和やかな雰囲気に包まれていた船内は、混乱状態になった


「怪盗レリーナだ‼ 逃げろ!」

「盗まれるぞ‼」


怪盗レリーナは大陸一の実力を持っている

今宵、ダイヤモンドがはめ込まれた指輪を盗んだ


パーティーの出席者たちは我先にと逃げ出す

悲鳴を上げながら飛び出していく者

ドレスを踏んでつまずく者

それでもなお、四つん這いで逃げようとする者など様々だ

レリーナは悠然と船外へ進んでいった




月明かりの下で、青年がワインを飲んでいた

この船を貸し切っている最上級商人の息子、ウェルズである

彼もパーティーに参加していた

しかし多くの女性から言い寄られ、気を重くしていた


グラスを海に落とす


「はあ……」


大きなため息をつく


グラスは深い海の底に沈んでいった

水面はきらきら輝いている


それにしても先ほどから船内が騒がしい

盛り上がっているような声ではない

 

ウェルズは不審に思う

だんだんと騒ぎが近づいてくるのを感じた


「キャーー‼ 髪飾りがないわ!」

「私のピアスがない‼ 高かったのに‼」


中から数えきれないほどの人が駆け込んできた

出席者の全てではないだろうか

ウェルズには何があったのか、さっぱり分からない


「逃げたぞ‼」

「えっ?」


突然、人が窓から海に飛び出した

その人影が月と重なり、その場にいた全員の視線を釘付けにする

銀髪は月の光を受けて、まばゆいばかり光り輝く

ドレスの裾はひらめき、艶やかさを増す

それはまるで降臨してきた月の妖精

ウェルズは思わず手を伸ばす

だが体をどれだけ乗り出しても、二人の距離は変わらない

手をさらに遠くへ伸ばそうとして―――


「あっ」


 ドボンッ!


ウェルズは頭から海に落ちた


服が水を吸い、泳ぐことができない

一生懸命にもがくが、何も変わらない

深い海に沈んでいく

やがて息も切れ、ウェルズは意識を失った

その直前、月の妖精がこちらに泳いでくる姿を目にした


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