短編集

@sternark

雲に月がかかる その1

2024/2/1 5:38:19

#雲に月がかかる



見て、雲に月がかかっている


君は空を見上げながらそう言って天を指さした。

夏期講習の帰り道、二人きりの夜。

君の指す先を僕も見上げたけれど、雲に隠れた月が朧気に光るだけだった。


逆じゃないの、月に雲がかかってるんでしょう


見たままに指摘すると、君は頬を膨らませた。


直ぐそうやって鼻で笑う

そういうところ、どうかと思うよ


直ぐにそうやって不貞腐れる

そういうところ、どうかと思うよ


真似して返すと、本格的に君の機嫌を損ねた。


ごめん


……


悪かったって


……


もう揶揄わないから


本当に?


約束する


それなら、許してあげる


機嫌を直した君と並んで歩く。

昔は君のほうが歩くのが早かったのに、いつしか僕の歩幅のほうが広くなった。


でも、雲が月にかかるって、どういう意味?

揶揄っているとかじゃなくて、そんなの、ありえなくない?


うん、ありえないかもね


思いの外素直に君は認めた。


でもね、


だからこそ、見えたの

雲にかかる月が


君はもう一度月を指さした。

やっぱり僕にはわからなかった。


不意に気付いた。

僕は、君と同じものを見ることは出来ないんだって。


それなのに、僕の隣で笑う君。

その存在が奇跡的で、雲にかかる月のようだと、ありえないくらいに儚いものだと。


僕は君に手を伸ばした。

君は驚いて僕を見た。

繋がれた手、何年ぶりだろうか。

君は赤くなり、言葉にならない言葉を発している。


僕は構わず、強く握り直した。

君を離さない、と。


僕の目には、相変わらず、月にかかる雲しか見えなかった。


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