実は・・・
しろめしめじ
第1話 かあああん
これは、私が三年前程前に体験したお話です。
私は現在、栃木県の某市で単身生活をしているのですが、 一人での生活となると、どうしても食のリミッターが効かず、どんどん横に成長していく始末。これはまずいって事で、食後に散歩をする事にしたんです。
私のアパートは工業団地のはずれの住宅街にありまして、少し歩くと田園風景が広がっています。
夜空の星を見ながら稲葉のそよぐ田園を歩くと、一日のストレスが揉み解され、がちがちの心身がほわっとした心地良い解放感に包まれます。
コースは気分によって変えたりするんですが、基本ほぼ変えずに通るのは高速道路沿いに続く農道なんです。
特に何の変哲もない道なんですけど、一面に広がる田園の端っこを通っており、そこから見渡す風景は牧歌的と言うか、何と言うか・・・とにかくほっとするんですね。
特に夕暮れ時は妙に泣けて来て、涙ぐみながら雑木林の向こうに沈む夕陽を見続けていたり。夜になれば街灯は無く、遠くに見える民家の灯りが唯一のよりどころです。
あれは確か、初夏の頃だったと思います。
その日も、私はいつもの通り、散歩の終盤戦はお気に入りの農道コース目指し、颯爽と歩いていました。
国道の歩道からわき道にそれ、農道に入ると一気に静けさが私を包み込みます。
農道と言ってもきちんと整備されており、路面はアスファルトで舗装されていますし、車も何とかすれ違う事は出来ます。
まあ、私が歩く時間帯は車とすれ違う事はほぼ無いんですけどね。
農道の脇をほとんど水が流れていない排水溝があり、それを挟んだ小高い土手の上を高速道路が通っています。
但し、私が散歩するのが十時過ぎと言う事もあってか、平日は高速道路も時折トラックが通る程度で、ほんと静かなものです。聞こえるのは蛙や虫の声ばかりで、少し離れた国道を走る車の騒音もさほど気にならない程度。
私は排水溝に沿って、腕を大きく振りながらラスト約一キロの行程をハイペースで進んで行きます。
かあああん
不意に、甲高い金属音が夜の帳に響きました。
それも、すぐ間近で。
音源はすぐに分かりました。
道のすぐそばを流れる排水溝に沿って続くガードレールです。
特に石を蹴とばして当たった訳でもなく、ましてや高速道路を走る車が石をはね、それが飛んできてぶつかった訳でもありません。
だってその時、高速道路に車は走っていませんでしたから。
唐突な異音でしたが、別に驚きはしませんでした。
ガードレールは金属ですから、きっと日中の暑さで膨張し、夜になって冷やされて収縮した際の音だと勝手に解釈していました。
家だと家鳴りとかありますけど、まあそれと同じものだろうと。
かあああん
また鳴った。
流石にギクッとしました。
一瞬、歩みを止めたものの、まあこんなこともあるのだろうと、再び歩き始める事に。
かあああん
まただ。
これって偶然・・・だよな。
自分自身にそう言い聞かせました。
でも。
おかしい。
どう考えたっておかしい。
膨れ上がる疑問と恐怖が私に警鐘を打ち鳴らす。
激しく脈打つ拍動を顔全体で感じながら、それでも表向きは平静な素振りを崩さずに、私は歩みを進めました。
かあああん
また鳴った。
私はペースを上げると、とにかくここから離れようと試みました。
異音は、私がその不条理な属性に気付いた事を察したのか、一定の間隔をとりながら後を追う様になり続けます。
この時点で、私はウォーキングからジョギングに切り替えました。
幸運にも、恐怖で足が竦む事態には陥っていませんでした。
漸く高速道路の高架下まで着いた時、音はまるで何事も無かったかのように途絶えました。
高架下には照明が煌々とついており、またそばにアパートが幾棟か立ち並んでいる為に、周囲は明るく、不安に満ちた時を彷徨って来た私にとって、救いの手を差し伸べられた様にさえ思えました
その日は急いでアパートに戻り、シャワーを浴びる前に頭から塩水を被りました。
SNSで見たのですが、素人でも出来る簡単な除霊の方法だそうです。 憑りつかれた感じは無かったのですが、念の為にやっておくことにしました。
もう二度と、あの道は通らない。
普通なら、それでジ・エンド。
私の場合、馬鹿と言うか、無謀と言うか、そうではなかったのですよ。
あの現象が、本当に人智を超える不可思議な事象なのか、もう一度確かめたい――そう思ったんです。
翌日、私は問題の農道へ向かいました。勿論、時刻も昨夜と同じ頃に照準を合わせています。
昨夜と同様、国道から脇道に其れ、農道へと歩みを進めます。
ただ昨夜と違い、空にはどんよりと雲が立ち込め、水田では蛙達が歓喜の歌声を大合唱しています。
かあああん
鳴りました。今日も昨夜と同じ所で。
その後も、私の期待通り、一定の間隔を置いて鳴り続けます。
そう、一定の間隔を置いて。
冷静に事象を捉え、私なりに分析を試みました。
これは絶対に、熱収縮による現象じゃない。
そして結論。
何かが憑いて来ている。
目を凝らしてみても姿は見えない。
あいにく、私には自分の意志でその手の存在を見る力はありません。それでも、ジョギング中やウォーキング中の脳内が賢者タイム状態になっている時に、たまに見てしまう事がある位で。
「ひょっとして、憑いて来てる? 」
思わず、そう問いかけてみました。何もいないはずの、ガードレール付近の空間に。
かあああああん
それが答えでした。
私は平静を装いながら、歩くことに専念しました。
不思議な事に、恐怖心は消え去っていました。
自分の中で開き直ったというか、まあ何もしてこなさそうだしなと安易に考えたというか。
その日から、眼に見えぬ伴走者と共にガードレール沿いを歩くのが日課となっていました。
特に悪寒がするとか、気分が悪くなるとかそんな感じが無かったので、たまたま通りかかった霊ちゃん的なものなんだろうなと気軽に考えていました。
そのうち、私はある事に気付きます。
ガードレールは高速道路の高架下まで続き、そこから用水路は暗渠になっているために途切れてしまうのですが、かああああんの主は、私を高架下の向こうに誘っている様に感じるのです。
その高架下は照明が明るくて問題無いんですが、問題はその先でした。そこから先は薄暗い道が続き、更にその向こうにある高架下を超えた先には、照明が一つも無い公園の駐車場があって、ちょっと行くには気が引けます。
闇に沈む駐車場なんて、迂闊に近付くものじゃないです。
そこで車を停め、魂をすり減らしたり抜いたりしている――摺魂抜魂です――面々が、息を潜めていたら、誤解を受けそうでヤバいですから。
私は、そうやって「かああああんの主」の誘いを拒絶し、何食わぬ顔で家路につくのでした。
何日くらいたったでしょうか。その日は休日で、車で遠方まで遊びに行っていましたので、疲れ果てて夜の散歩はお休みし、座椅子に身を委ねてパソコンで動画配信を見ながらくつろいでいました。
そろそろお風呂に入ろうか、と思ったその時。
強烈な睡魔が私の意識を包み込みました。
同時に、全身の筋肉が硬直。
体が動かない。
金縛り?
目を開いた状態で?
いる。
目の前に何か。
テーブル代わりの炬燵の上に。
薄汚れたオレンジ色のワンピース。
土色の肌。
おかっぱの髪。
黒目しかない細い目が、私を見ている。
女の子だ。十歳前後か。
全く感情のこもっていない表情で、私をじっと見つめている。
この風貌・・・間違いない。
この子はもう、この世の存在じゃない。
明らかに、死んでいる。
そう思った刹那、私を拘束していた呪縛が解け、同時に、掻き消すように女の子の姿も消えた。
金縛りから解放されてからも、私は暫くの間、呆然としたまま座り込んでいました。
あの子は恐らく、「かああああん」の主だと思います。
散歩に行かなかったので、怒って出て来たのでしょうか。
それとも、何かを伝えようとしても気付かない私にしびれを切らし、訴えかけて来たのでしょうか。
その日以来、散歩でガードレールのそばを歩いても、あの音はしなくなってしまいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます