第37話 子らに 祝福を

 魔法のゲートが、開く。


 海岸を中心に、陸と海に百メートルほど張り出した半円形。円環の縁は白く輝き、その内は暗く深い…… トンネルのような穴。何処かの異界へとつながる、道。


「さあ、どうぞ。お進みくださいな」


 ゲートを開いたのは、天使サラフィエル。

 終末の準備で忙しいなか、ゲートを開くために一旦戻って来てくれている。あと、退した天使ミカイールに代わって、天使二位に昇進したらしい。おめでとう…… かな?


「……なんで、ボクまで」


 相変わらず不機嫌にぼやいてる、天使ナキエル。

 ゲート開設の助手に動員されたらしくて、それが不満なのだろう? ちなみに、サラさんに代わって天使四位に昇進したっていうし。見かけによらず、けっこう偉いのかも?


「ふむ 帰還組は前へ。長の助力、真っこと苦労じゃった。礼を申す」


 魔王イヴリスの合図で、粛々と動き出す魔獣たち。

 ゲートの陸側では、クユータを始めに陸の魔獣たちが…… 海側ではバトリークに続いて海の魔獣たち、空の魔獣たちも門を潜って帰還していく。


「お世話になりました~ ありがとう! 気をつけて帰ってね~」


 僕も声を張り上げて、彼らを見送る。

 今回で、魔獣の半数ほどが帰還するらしい。残りは、いつ帰還するんだろう? 巨大彗星の落下まで、あと三日しかないのにさ。


 それと……

 明日は、箱船を作るらしい。…………箱船?





「魔王さま。ノアさまに、皆でご挨拶よろしいでしょうか?」

「ふぅ ナームか…… 許す」


 半人半鳥の魔獣アルマが族長ナームと、その仲間たち。

 彼女らも今回、半数が帰還するらしいけど…… 今は全員揃って挨拶?


 それにしても…… 明るく笑いさざめく少女たちを見てると、彼女たちとすごした一週間が思い出されて、気恥ずかしい。


「ありがとうございます。では、ワタシから…… お願いします」

「へぇ ようがす」


 ナームと一緒に僕の前に来るのは、隻眼の魔人ヘルゥ。

 たいせつそうに両手で抱えている籠は、何だろう? 柔らかそうな布に包まれてて、中身は見えないし。はにかんだナームの笑顔も、意味ありげだ。


 そういえば、魔人たちも百人ほど集まってるし。

 まるで、アルマたちに付き添ってるような彼らの中にも、同じように籠を抱えている魔人が三十人ほど。アルマたちと、二人ひと組になろうとしていた。


「ノアさま、皆を代表してお礼申し上げます。丁寧にお情けをかけてくださり、本当に幸せな時間だったと…… 皆が申しております」

「いっ いや、こっ こちらこそ…………」

「ほぅ どう丁寧じゃったかの? 後で聞かせよ、ノア」


 あんなことで、丁寧にお礼を言われて焦っちゃうし…… イヴリスの笑顔も恐い。


「では…… よろしければ、見てやってくださいまし」

(見て?)


 促されたヘルゥが、籠から布をめくると。

 楕円形の白い物体が一個、真綿をクッションにして丁寧に置かれていた。そして、それに寄り添うような革袋もひとつ…… ナームの宝物だ。


「…………卵?」

「はい。ノアさまのお情けを頂いて…… ワタシが産みました卵です」





「…………君が産んだ…… 僕との、子供?」

「はい、さようにございます」


 え? ……えぇぇぇええっ! 卵で生まれるのぉお!!


「ほぅ 良き卵じゃの、さぞかし聡い子に育とうぞ」

「お褒めいただき、感謝申し上げます。魔王さま」


 イヴリスとナームに、置いてけぼりの僕。

 たしか異種交配だと、ほとんどが母親の種族寄りで生まれるとは聞いてたけどさ。まさか…… 卵で生まれるとは思わないじゃん。


「さあ 手を触れて、撫でてやらぬか。預言者ノアよ」

「う…… うん」


 そっと…… 指の腹で触れた。

 ぜったい壊したりしないよう、優しく撫でると感じる…… わずかな温もり。生きている…… 生きているんだ! 僕と、ナームの子供が。


「いかがでしょう? きっと、男の子ですよ」

「うん…… かわいいね」


 頬を寄せて、耳元にささやくナーム。

 ふわりと薫るピンク色の羽毛に、ドキッとして。彼女の顔を覗き込むと…… 慈愛に満ちた優しい笑顔が、確かに母親のそれだった。


「ノアさま、祝福くださいまし」

「……祝福?」

(健やかに成長せよ…… なんちゃらゆうやつじゃ)


 戸惑ってるところに、イヴリスの耳打ち。

 なるほど、父親から何か声をかけてほしいと。何を言うべき…… 言えるだろうか?


「……アルマが未来を担う、愛しい我が子よ。汝の健やかなる成長を祈る」

「はぁああ…… 感謝申し上げます!」


 こんな感じ? って、思ってると……

 頬に口づけられたうえ…… 感極まったナームに、唇を奪われてしまった。


「ほぉお………… 」

 横目に見る魔王は笑顔のままだったけど…… 目が笑ってない。


「…………ぱぁ 失礼をば。うふふ…… 卵たちは皆、帰還組といっしょに戻りますゆえ。皆にもぜひ、祝福をくださいまし」

「……うっ うん」


 気がつくと、クルキと籠を抱えた魔人が一人。

 その後ろには、アルマと魔人たちの二列縦隊ができていた。……なるほど。


「お子たちゃあ、あっしらが責任持ってお送りいたしやす」

「……ありがとう、お願いするよ。気をつけてね」


 卵の籠を抱える、魔人ヘルゥに礼を言う。

 そうか、魔人たち百人で護衛してくれるんだね。それは心強いよ。


「では、後がつかえますので…… ワタシはこれで」


 ナームたちを見送り、クルキたちを迎える。

 いっきに大家族の父親になってしまった、誇らしさと気恥ずかしさ。


 覚悟はしていたけどね、やっぱり…… 嬉しいな。





「クルキ~ そちらは、頼みましたよ」

「は~い、お任せください。ナームさまこそ、おたっしゃで」

「バルシュ~ 卵のこと頼んだよ~」

「う~ん、任しとけ~ アルザも頑張んな~」

「ふわぁ~ たっしゃでね~」

「…………どっちも、ガンバ」


 クルキを先頭に、帰還組のアルマたちがゲートを潜って行く。

 それを見送る居残り組のナームたちと、翼を振って声を掛け合っている。卵の籠を大切に抱えたヘルゥたち護衛の魔人たちも、笑顔を向けてる。


 彼女らにとっては、暫しの別れだろうか……

 これから三千年ほど眠るはずの僕とは、これっきりかな? おそらく顔を見ることもない子供たちが、健やかに育ちますよう…… 幸せでありますよう祈ろう。


 アルマたちを見送った後……

 最後にゲートを潜る、巨大海竜リフヤタンが一頭。居残りは旦那さんの方か、奥さんが潜り終えるまで頬を添えて、目を細めて見送っていた。


 やっぱり、夫婦仲よさそう。

 秘訣を聞いときたいところ、だね。


「ふぅ~ 終わりましたわ」

「ふむ 世話になったのう。サラフィエルよ、礼を申す」

「ありがとう、たいへんだったでしょ?」


 ゲートの魔法を解除した、天使サラフィエル。

 半日ほどもかかった魔獣たちの帰還の間、ずっとゲートを維持してくれてたんだ。さぞかし疲れただろうと、ねぎらった。


「疲れましたわ~ 労ってくださいませんこと、ノアさまの愛で。うふふ……」

「ふぬぅ いたしかたないのう……」

「え…… っと、まだ日が高いよ」


 あやしげなお礼を要求され、不承不承な魔王。

 まあ、スゴい世話になったのは確かだしさ…… お望みなら今夜にでも、時間とイヴリスが許してくれるならね。


「サラたん、仕事がつかえてるっすよ。さあ~ 帰るっす」

「イっヤ ……ですわぁあああ!」


 天使ナキエルに引きずられて、叫びだすサラさん。

 さすがに、かわいそうじゃん。人…… 天使づかいが荒すぎない? ねぇ、イル


「ぅぁああん…… ノア様、お達者でぇ~」

「じゃあなぁ~ へんたい」

「お兄ちゃ…… ノアを変態と呼ぶでない!」

「……ありがとうね」


 そして…… 最後の最後、二人の天使を見送った。





 早めの夕飯を食べ終え、くつろいでいたところ。


「ふに こっちの子も、祝福してくれぬかの」

「あ…… ちょっと待ってね」


 イヴリスに促され、膝の上に抱き寄せた。

 そうして手を触れると感じる、彼女のお腹の微かな膨らみを優しく撫でながら…… かける言葉を思案する。


「……人類の未来を託すべき、愛しき我が子よ。君を困難な時代に生むこと、許してほしい。願わくば、いかなるときも…… 君が健やかにあることを祈る」


「ふふ…… まかせとけパパ と、言うておるわ」

 碧の瞳を細め羊角を揺らして、美少女な魔王が優しく笑み溢れる。


「それ…… ホントに言ってるの?」

「ふに 聞こえぬかの? ほれ」


 椅子に座り直してもらって……

 彼女のお腹に耳をつけても、もちろん聞こえるハズもない。けど……


「ホントだね…… 賢いな」

「じゃろ ふふふ……」


 幸せだ、幸せすぎる。

 先行きは、不安だらけだけどさ。何があってもきっと…… 幸せにするよ、君たちを。





「あの…… ほんとうに、よろしいのでしょうか?」

 遠慮がちな声は、魔獣アルマの族長ナーム。


「おぅ 最後じゃからの、遠慮はいらぬわ」

「え………… っと、どゆこと?」


 ナームだけじゃない、居残り組のアルマたち十五羽も。

 遠慮がちに勢揃いして、何が始まるの? ……まさかと思うけど、修羅場??


「ワシが呼んだのよ。ちと相手してやってくれぬかの、ノア」

「あっ 相手ぇえ?」

「皆とすこしお話ししていただければ…… ご厚情、感謝申し上げます。魔王さま」


 話し…… みんなで、お話しするだけ?

 修羅場には、ならなそうで…… ホッとした。ホントによかったよ。


「体調がすぐれぬ故、ワシは先に休ませてもらおう。貴様らは、ゆっくりするがよいわ」

「あっ 大丈夫なの?」


 テントに向かおうとする、イヴリス。

 妊娠初期の体調不良は心配だ、大丈夫なんだろうか?


「心配はいらぬわ、ノア。……あ~ ナーム、多少の味見は許そう。ムチャはすなよ」

「まっ 魔王さま! 心から感謝を!!」


 味見? 味見って…… なに??

 僕の疑問をよそに、ひらひら手を振りつつ去って行く魔王。かわって、かしましく笑いさざめく一団に囲まれて、困惑する僕。


「いっち番のり~ アハハ……」

「ちょっ ちょいちょい!」

「あっ アルザ、よしなさい! いきなり失礼ですよ」

「ずっ る~ぃい!!」

「あはは…… いいじゃん」

「じゃあ ウチ、にば~ん」

「ふわぁ 抜け駆けダメぇ~」

「…………魔王さま、遠慮いらない言った」


 アルザが、いきなり膝の上に座ってきて焦るし。

 ふわふわな薄茶の羽毛の薫りに、頬を染めてはにかむ笑顔。あのとき確かに、僕の腕の中で可愛らしく喘いだ少女に、ドキリとさせられちゃう。


「またお話し、いいでしょ? ノアさま」

「えっ あ…… う、うん」

「はぁ~ 特等席は交代制ですよ、アルザ」


 甘えるように話し始める、アルザ。

 ナームは、ほかの皆を整理し始めたらしい。僕は、楽しげなアルザの言葉に耳を傾けた。


「まずは、卵を七つも授けていただいたお礼を……」

「七つ子だったね。うん、よく頑張ったね」


 半人半鳥は共通だけど、種族毎に個性的な彼女たち。

 体のサイズや羽根の色も違えば、卵もさまざまだった。アルザのは、白色に黒い斑点模様の小さくて可愛らしい、彼女らしい卵だったね。


「男の子だったら…… みんな、やんちゃさんなんでしょうか?」

「どうかな…… 優しい子に育ってくれるかも。元気なのが一番だけどね」


 そうか、今まで女の子ばかりだったのか……

 子育て、大変そうだね。僕が参加できたらいいんだけど…… 無理か。


「アハ 元気が、いちばんですね」

「そうそう、元気で健康が一番」


 それからアルマたちは、かわるがわる僕の膝に座ってきた。

 そうして彼女らの話に耳を傾け、求められるままに優しく羽毛を撫でているうちに、すっかり夜も更けてゆき……


 夜明けも近くなると、皆で仲良く身を寄せ合って、静かに寝入っていた。





「ノアさま、起きてらっしゃいますか? 寒くありません?」

「……うん、大丈夫だよ」


 僕を気づかう声は、ナームか。

 確かに、夜明けも近くなって冷え込んできたけど、こうしてふわふわ温かい羽毛に囲まれていると、ぜんぜん気にならない。


「よかった。大事なお体ですから、たいせつになさってください」

「うん、ありがとう。……君たちもね」


 ホントに、そうだよ。

 今まで疑問に思いつつも、聞けていなかったこと。アルマの族長である彼女だったら、答えてくれるかもしれない。


「ひとつ、聞いていい?」

「はい、なんなりと」


 様子を窺っても、他に起きてる者はいないようだ。ちょうどいい。


「どうして魔獣や魔人たちは、僕を…… 人類をこれほど助けてくれるの? 何の利益もないはずなのにさ。君らが求める男子だって、もっと早く人類の男性を誘拐するとか…… 他にも方法はあったはずだよ」


 返事は、なかなか返ってこなかった。

 あきらめて、「答えられないなら、いいよ」と伝えようとしたとき、囁く声が答えた。


「……まず誘拐は、天使の監視が厳しくてムリでした。そして、ワタシたちが人類に助力するのは魔王さまに命ぜられたのもありますが…… 同志と感じているからなのでしょう」

「……同志?」


「ともに神に支配され、抗う者としてです」

「そう………… でも、人類からは何もお返しできないと思うよ。たぶん」


 魔法が飛び交う中で、人類の科学がなんの役に立つだろう?


「見返りなど…… 求め得ぬほど、神は強大すぎます。しかしノアさま、あなたは皆にとって希望なのですよ。お助けするのに、たとえ惜しくはありません」

「希望って…… 僕が? あと、命は大切にしてほしいよ」


 ただの高校生だった僕が…… 希望?? なんの???


「本当に、お優しいですね。魔王さまが惚れられるのも、わかります」

「優しいが理由じゃないでしょ? 何が希望だと……」


「神と対等に話せる者など、なかなかおりませんよ。それに、靴まで舐めさせるなんて…… なかなか痛快だったそうじゃないですか。くすくす……」

「…………それは、忘れてよ」


 エジプトでの件か…… イヴリスの仕業じゃん、それ。


「いいえ、神に靴を舐めさせた預言者として、未来永劫に語り継がねばなりません」

「勘弁してよ~ うぁああ……」


 おいおい、そんなん恥ずかし過ぎだって! 忘れろビームだっ!!


「ふふ…… いいではないですか。どんな些細なことでも、ワタシたちには大きな希望です」

「ホントに、些細だねぇ……」


 あれは、神の気まぐれで、一瞬マウントとれたようなもの。大勢に意味は無い。


「人類もワタシたちも、本当に微々たる存在です。だから、皆が微力を持ち寄って力を合わせる以外に、抗う術はないとワタシは思っています」

「……まったく、そのとおりだね。人類…… 僕も微力を尽くすよ、できる限り」


 今は、ただ助けられるばかりで、心苦しいけど……

 いつかは皆の力になろう、きっと。


「よろしくお願いします、ノアさまは皆の希望なのですから」

「だから…… 買いかぶり過ぎだって」


「うふふ……」

「……えっと、なんか近くない?」


 近いどころか、押し倒されたんですけど…… 何? なに?? この状況???


「皆、眠っておりますし…… 最後に族長の役得、お付き合いくださいまし」

「ちょっ ちょい待って…… んぐっ」


 まあ…… ナームなら仕方ない、かな?

 ただ、後で湯浴みしないと、魔王イヴリスに刺されちゃうだろうね。


 彼女の愛らしい、羊角にさ。

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