第36話 ひょっこり 愛の島

「アルザ…… 本当に大丈夫?」

「へいきですって、心配性ですねぇ~ くすくす……」


 僕の腕の中でイタズラっぽく笑う、半人半鳥の魔獣が一羽。

 そうは言われてもさ。ナームたちと比べて、ひときわ小柄なアルザを心配しちゃうよ。


「おぼこではありませんので、ご心配なく」

 傍らで、僕らを見守るナームが言う。


「ノアさま、もの足りない? ……手伝うか?」

 順番待ちのバルシュは、僕の背に胸の膨らみを押しつけてくるし。この状況…… あと何回くり返すの? 魔獣アルマたちと魔王の契約とはいえ…… ね。


「手伝いは、いらないよ。アルザ、ゆっくりするから…… つらかったらちゃんと言ってね」

「はい、ノアさま…… はぅ」


 薄茶の羽毛をまとった、小柄な少女を抱きしめた。

 華奢な両の翼が震えながら、僕を抱き返してくる。気が紛れるようにと優しく口づけたら、小っちゃな舌に…… 唇をイタズラっぽくなぞられた。


「ノアさま、やさしい。くすくす…… 好き」


 優しく薫る、ふわふわな羽毛に包まれ…… まわりも囲まれて。今は、僕に課された務めを果たすことだけ考えよう。


 僕に叶えられるというのなら、ね。

 絶滅の危機だという、魔獣アルマたちの切実な願いを…………


 にしても………… どうして、こうなった?





 エジプトを出発してから、二週間。

 巨大彗星が落下するまでも、あと二週間。


 日本を出発してからだと、七十六日。

 ここがたぶん、旅の終着地になるはずの…… 南太平洋のタヒチ。大小ふたつの島がヒョウタンのような形にくっついてる、珊瑚礁に囲まれた島だ。


 ヒョウタンのくびれた辺りの海岸に、コンテナを下ろしてもらい。

 ここで後発組を待つのかと思えば…… 少し離れてキャンプせよと言う、魔王イヴリス。その指示どおり、数百メートル内陸の公園らしい所にテントを張った。


「……うん、設営完了」

「ふむ 苦労じゃったの」

「お手を煩わせて、申し訳ありませんわ」


 自分でテント張るの、久しぶり。

 サラさんが生成中のゴーレムは、まだ数が揃わなくて、荷物運びで手一杯だからね。この後は、たぶんシェルター作りになるだろうから、ゴーレムの数は欲しいところ。


 なんて、思ってると……


「ふぅ ……お兄ちゃんは、あっちに。アルマどもが、待っておるわ」

「……え? 何が?」


 コンテナの方を指さす、イヴリス。

 確かに、魔獣アルマたちが集まってるけどさ。まさか…… 最近、体調不良で機嫌も悪かったし、ここに来て別居ってこと?


「働きには報酬を与えねばならん、契約じゃからの」

「報酬? ……アルマたちに?」


「さよう、ちと…… あの者どもに子を授けてやってくれぬかの、お兄ちゃんよ」

「……………………は???」





 いや いや いや…………

 これまで不思議なことを、たくさん見聞きして…… 少しは慣れたと思うけどさ。こんなに意味不明な話は、過去一なんじゃない?


「なんじゃ、呆けおって。ハーレム、ハーレムじゃぞ! 男のロマンであろう?」

「はぁ~ わたくしが殿方でしたら、喜んで代わりますのに」

「……それ、君たちは………… いいの?」


 イヴリスは、謎のテンションで煽ってくるし……

 サラさんばかりか、僕の返しまで………… 謎に、意味不明がすぎる。


「いいも悪いも、此度の助力への報酬ぞ。是非もなかろう」

「いやいやいや…… 子供つくるのが報酬って…… そもそも、なんなのそれ?」

「あらあら…… 詳しく説明した方が、早くありませんこと」


 サラさんが間に入ってくれるの、ありがたい。

 それと、子供つくるって …………するってことじゃん。男性の側はともかく、女性側からしたらセクハラとかじゃないの? それが報酬ってさ…………


「ふむ…… 何から話すかの。そう…… アルマどもの種族は、永の戦で男を全て失うておっての。今では女ばかりとなりて、異種交配でかろうじて種を存続しおるのじゃ」

「…………え? そんな事情が……」


 何それ? 初耳だよ。

 いつも明るく笑ってて、美しい声で歌ってくれるアルマたち。そんな彼女らの様子からは、ぜんぜん想像できない。


「ふぅ 異種交配には危険が伴うからの、子を授からず死ぬ者もおるし…… 女子ばかり生まれて、男子を得られぬこと幾万年であったかの?」

「えっ え…… それって…………」


 マジ!? それって、想像以上にヤバいじゃん!


「じゃがの…… 今まで交配したことのないとなら、男子を授かるやもしれぬとな。アルマの族長に相談されての、ならば助力の報酬にと契約したのじゃ」

「…………」


「どうかの? 三月近ぅ、お兄ちゃんの旅路を案内したのを、健気と思うてはくれぬか」

「…………うん」

 海上移動の案内役として、スゴく世話になったのは確かだ。


「ふにゅ 気が進まないなら、無理強いはしない。アルマどもは悲しもうが…… 謝罪の証にこの身を裂いて与えれば…………」

「やる…… よ。大丈夫」


 僕のひと言に、笑顔が爆発する魔王。


「ふぁあ…… ありがとう! お兄ちゃん」

「うん ……君がした約束なら、守らなくっちゃね」


 スッゴくいい笑顔に、つられて僕も笑う。

 それにしても、本当に嬉しそうに笑うね。そう…… 彼女は魔王だ。アルマたちも、慈しむべき民なんだよね。そりゃ、その行く末が心配になるだろう。


 でもさ…… と、言いかけて止める。

 言いたい、聞きたいけど…… やっぱりねぇ……


 今回にかぎらず……

 そもそもなんで、僕が知らないうちに決まってるのさ!?





「知ってるか? 地上にゃ、海に住んで空を飛ぶがいるんだぜぇ」

「もう…… バルシュったら、ウソばっかり」

(それって…… ウミネコ? 鳥じゃん)


 アルザへの務めを果たし、休憩を宣言。

 疲れた彼女に腕枕して、すこし微睡んでいると…… 反対側から僕に寄り添うバルシュが、何やらホラ話をアルザに吹き込んでいる。


「……君たちの、故郷の話も聞きたいな」

「あっ うるさくして、すんません」

「お休みなのに…… ごめんなさい」


 二羽とも恐縮しちゃって、気を使わせてしまったようだ。


「気にしなくて、いいよ。お話し…… もっと聞かせて欲しいしね」

「では、アタシが…… バルシュのはウソばっかりだから。くすくす……」

「おい トリ聞き悪ぃぞ、アルザ~」


 アルザの故郷、干潟に昇る朝日…… 夕焼け。

 家族のこと…… 母と姉妹たちとの暮らし。生まれてきてくれた…… 娘たちのこと。


 懐かしそうに語られる、少女の故郷での暮らし。

 僕と、彼女の子供が生まれるとしたら…… そこで、家族たちと一緒に暮らすのだろう。


 願わくば…… 健やかに仲睦まじく生きてほしい、ね。


「…………ぐすっ」

 いつの間にか涙ぐんでる、バルシュ。


 きっと彼女も、故郷を思ってるんだろうね。

 まわりに目を向ければ、後発組も合流して…… 三十羽になったアルマたち。じっと話しに聞き入ってて…… それぞれの故郷を懐かしんでる様子が、うかがえる。


「うぁ うっ うぅ…………」

 なかには、嗚咽を漏らし泣く姿も……

 族長のナームやクルキが、気づかって慰めてる。


「ああっ アタシったら、調子に乗って長話を…… ごめんなさい」

「ぜんぜん大丈夫だよ。むしろ、もっと聞きたい」


 アルザは、恐縮してるけど……

 話を聞けたのはホントにありがたいし、スゴく嬉しかったよ。


「うれしい、です。でも…… ノアさま独り占めしたら、みんなに叱られちゃう」

「それは…… 困るね」


 最後の口づけを交わし、身を起こしたアルザ。

 代わって、バルシュの次に順番がまわってくるらしいラクラが、しずかに寄り添ってくる。白い羽毛に、少し違った匂いと甘い吐息。


「次のつぎ…… よろしくおねがいします、ノアさま」

「うん、よろしく。……ちょっと待っててね」


 ちゃんと順番まもれて、えらいよ。

 最初…… 全員一度に襲いかかられたときは、死ぬかと思ったし。話し合って、一度に一羽ずつ相手することで納得してもらえて、ホントに良かった。


「ああ…… ノアさまの匂い。匂いだけでイっちゃう…………」

 僕の胸に顔をうずめて、バルシュが何か呟いてる。


(ハハ…… 寝言でまで、ホラ吹いてるよ)


 なんて思いつつ、少し眠ろうと…… 目を閉じた。





「……体が重い、だるい……」

 けっきょく…… 務めをすべて果たすのに、一週間かかってしまった。


 アルマたちの、嬉しそうな笑顔に見送られ……

 気まずさを感じながら、魔王が待ってるはずのキャンプへと向かう。シェルターとかの巨大彗星落下への備え、任せっぱなしだけど…… 大丈夫かな?


 サラさんはもう、天界に帰ってるはずだし……

 イヴリスは、すべて任せておけって言ってたけどさ。ゴーレムや魔人たちがいるとはいえ、大丈夫なんだろうか?


 そんなことを考えながら、歩きだしたら……

 何やら騒がしくて、まわりを見て呆然としてしまう。見上げると、間近に体重百トン超の巨大バッファロー型魔獣クユータが、二頭。何故か体をぶつけ合ってて……


「……喧嘩してる? いや………… ケンカじゃない」


 …………愛し合っている?


 その二頭だけじゃない……

 見渡すかぎり、二頭ずつ寄り添ってるクユータたちの姿。さらにアンザにカルブ、アルカトもアルナブも、サクルやゴラブ…… 陸や空の魔獣たちの寄り添う姿が見える。おそらく…… 百万を超える魔獣たちが、互いに愛し合っていた。


 気になって海岸に出ると……

 二羽ずつ寄り添う、ペンギン型魔獣バトリークたち。海面を波立たせてるのは、海の魔獣たちだろう。遥か沖合にも、体を絡み合わせ愛し合う、巨大海竜リフヤタンの夫婦。


「何故…… 急に?」


 魔獣たちの、こんな姿は初めて見る。

 そりゃ、生物なんだから子孫を残すためにも、愛し合うのは普通のことだろう。問題なのは何故、今なのかだ? 何か理由がありそうだよね。


「……イヴリスに、聞いてみるか」


 魔王ならきっと、答えを知っているだろう。

 だけど…… このとき引き返してアルマたちに尋ねてれば、素直な彼女らは、本当の答えを教えてくれたかもしれない。


 だからといって…… 僕なんかに、何か変えられたとも思えないけどさ。





「ふむ 苦労じゃったの、おかえりなさい」

「ただいま…… 体調は? 気分はどう?」


 迎える笑顔が優しすぎて…… すこし後ろめたい。

 当の魔王イヴリスが決めたこととはいえ、彼女やサラさん以外の女の子と…… しちゃったわけだし。それもたくさん…………


「ふぅ 体調はまあ…… 気分は悪ぅないわ」

「そう…… 体は大事にしてね」


 気づかって抱きしめようとしたら、避けられちゃって…… ちょっとショック。


「ふぬぅ 先に湯浴みをしてくれぬか、他の女の匂いをつけたまま抱かれるはのう……」

「あ…… ごめん」

 やっぱり、気にはしてるんだ。あたりまえか。


 サラさんが廃墟から調達したというバスタブに、用意してくれていたお湯と水を混ぜ入れ、石鹸使って体を洗ってく。その最中、ふと…… 傍らで見守るイヴリスに、先の疑問を振ってみた。


「そういえば魔獣たち、急に…… どうしたんだろう?」

「ふに? ああ…… 羽目をハズしとるのじゃろ、止めるも野暮であろうぞ」


 最後って…… 役目を終えたってことだろうね。アルマたちみたいに。

 

 と、体を洗って拭き終えて…… 着替えもすませる。

 あらためてイヴリスに向き合うと、今度は自分から僕の腕の中に入ってくる。小っちゃくて可愛らしい僕の愛しい美少女を、優しくやさしく抱きしめた。


「はぁああ…… 幸せなのじゃ」

「うん、僕も幸せ…… スゴく」


 それから、しばらくは言葉もなく。

 僕らは抱き合って、ただ…… 口づけを交わした。なんども何度も…………





「ふふ…… 報告があるのじゃ」

「……報告?」


 今いちばんの課題…… シェルター作りのこと?


「さぁさあ こっちに、お兄ちゃん」

「えっ ちょいちょい……」


 スゴい勢いで手を引かれて…… 強引に、テントの中へ連れ込まれる。


「うっふふふ…… ラララ~」

「ちょっと落ち着いて…… ええ!?」


 めずらしく鼻歌まで歌いながら、ランタン灯して……

 ふっ 服を…… 脱ぎ始めるし。それと報告と、何の関係が???


「さあ こっちに来て…… 私を見て」

「…………うっ うん」


 口調まで美少女モードで、僕を誘うイヴリス。

 誘われるままに見入る、この上なく美しい裸身。褐色肌に桜色の唇、深い緑の瞳と同じ色の宝石が胸に光り、サラリと流れ落ちる…… 神秘的な月白色の絹髪。悪魔的な羊角までもが、愛おしい。


「どうかしら…… わかる?」

「…………えっと きれい、だ」


 何かわからなくて…… 素直な言葉だけが洩れた。

 すると…… 羊角を傾げてニッコリ笑う、イヴリス。もしかして………… 誘われてる? だとしても、今の体力では…… いや、彼女の望みなら叶えなきゃ。


「うふ…… ありがとう。でも、正解は違うの」

「……お腹?」


 両手の指先で、おへその下あたりを指して…… じっと見つめてくる。


「ここに、子がおるのじゃ」





「……………………え? はっ 本当!?」

「ふむ 間違いない。サラフィエルにも、見てもろうたし……」


 近ごろの不調は、そのせいじゃな。

 それにつけても、サラフィエルに指摘されるまで気づかぬとはのう…… ワシも、たいがい抜けておるではないか。


「や…… やったー!!!」

「わっ 何を?」


 歓声上げて…… 抱きついたかと思えば。

 跪いて…… 我が腹に顔を埋めおる。なんじゃ、なんじゃ、その喜びようは?


「ありがとう…… ありがとう、イヴリス。嬉しいよ」

「う…… あ、うん。ワシの方こそ嬉しいわ」


 まさか、これほど喜んでくれるとは…… 本当に嬉しい。

 女冥利につきるとは、きっと…… こういうときを言うのじゃな。うふふ……


「あっ 服! 服着なよ、体冷やしちゃダメだよ」

「え? あっ と、何じゃ急に……」


 強制的に、服を着せられてしもうた。

 子に障らぬよう気をつけて、久方ぶりにと思うておったが…… おあずけなのか? そりゃなかろうて、お兄ちゃんよ。


「そういえば、お腹すいてない? 何か作るよ」

「やたっ! カップラーメンには、飽きておったのじゃ」


 お兄ちゃん呼びも、もうおかしかろうの……

 旦那さま…… は、急すぎるか? あなた…… 名前呼びで「ノア」か? うう~ あ~ 気恥ずかしいではないかっ!


「……やっぱり。お腹に赤ちゃんいるなら、ちゃんと食べなきゃダメでしょ!」

「あぅう…… ごめんなさい」


 内心、名前呼びで悶絶しておったら、叱られてしもうた。

 そりゃそうじゃ…… 子のため、食事には気を使わねばならぬ。お兄ちゃ…… ノアの言うとおりじゃな。…………くっ 恥ずかしい。


「サラさんがレシピ残してくれたから…… 栄養面は、メハに聞いてみよう」

「ふむ ワシも手伝おうぞ。教えて…… 


 わわわわ…… 言うてしもうた! はっ 恥ずかしい!!!


「じゃあ、一緒に作ろう。……でも、無理はしちゃダメだよ」

「ふにゅ 分かっておるのじゃ…… 


 うう~ もう、ワシのものじゃぞ!

 誰にも渡さん! ……サラフィエルには借りがあるから仕方ないとして、それ以外の誰にもじゃ。特にイルのヤツには、絶体あげないからの!! ふんっ!!!


「メハ、妊婦に必要な栄養は? 逆に避けたほうがいい食材を……」

「君、妊娠したのかいノア。まずは、おめでとう」


 あ~ 好き スキ 好き……

 ワシだけのお兄ちゃ…… ノア ノア ノア…………


「……ぼっ 僕じゃないよ」

「医学と栄養学の見知から、妊婦が……」


 愛してる

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