第56話 食の神様

「ムシャムシャ(咀嚼音)」


 キャサリンとモンスター達に囲まれてしまったクロはプレミアムチョコ棒を食べ続けていた。


「キャサリン殿、アレが探していた娘ですか?」


 ゾンビ型モンスターがキャサリンに話しかける。


「そうだ、アイツだけはぜってー殺す!」


 キャサリンはサバイバルナイフらしきものを手に持ち、クロの方へ歩いていく。その後ろで獣人型モンスター達でコソコソ話し合っていた。


「魔王様にダークマターの部下に従えと言われたけどさ、あんな弱そうな娘を最優先で殺すって意味わかんねーよな」


「ああ、俺らの魔王様はダークマターとの知り合いって言うから仕方なく命令を聞いてやっているけど、あんな娘探すよりドラゴン達のブレスで一気に街を滅ぼした方が手っ取り早いよな」


「だよなー。あの娘とタナアンとかいう男を見つけるまで無差別攻撃はやめろなんて効率悪いし、ダークマターの部下って無能なんじゃ……」


 次の瞬間、駄弁っていた獣人型モンスターの脳天にサバイバルナイフらしきものがブッ刺さる。


「ギャアアア!!!!」


 サバイバルナイフらしきものがブッ刺さった獣人型モンスターは断末魔をあげながら、体が溶けていく。そう、サバイバルナイフらしきものには超猛毒が仕込まれていたのだ。


「ごちゃごちゃうるせーぞ!!!! あの食いしん坊ガールとタナケンは殺さなきゃ気が済まねーんだよ!!!!」


「お、おい! 俺達は仲間だろ!」


「仲間? ダークマター様に頼まれたから仕方なく、お前らの面倒を見ているんだ! いいか? 勇者が現れてもタナケンを始末するまで相手するなよ!」


「しゅん……」


 キャサリンに怒鳴られた獣人型モンスターは大人しくなってしまった。


 そこへゾンビ型モンスターが手をあげる。


「あのぉ……勇者を倒すためにタナミョンとかいう男を始末するのは理解できるのですが、チョコレートを貪っている娘はなぜターゲットなのですか?」


「あ? そんなの決まっているだろうが! 私はあの食いしん坊ガールにプライドを踏み躙られたからだ!」


 キャサリンはこれまで実績を語る。


「これまで私はスパイとして、何度も人間どもに紛れて情報収集や暗殺をしてきた! どんな任務でもターゲットの信頼を勝ち取り! ナンバー2の座を手に入れ! 私を信用して油断しているターゲットを暗殺して! 任務を! 完遂させてきたんだ!」


 キッとクロを睨むキャサリンは憎悪に満ち溢れていた。


「それなのに!!! タナケンファミリーに潜入した際はナンバー4止まりだった!!! この私が!!!」


「えぇ……キレるのそこなんですか?」


「当たり前だ! ナンバー3どころかナンバー4だぞ!? しかもあろうことかナンバー2はあの食いしん坊ガールだ!」


 キャサリンがクロを指差すと、モンスター軍団が騒ついた。


「あ、あのチョコレートを食べている娘がナンバー2になれる組織があったんですか……!」


「そう、タナケンファミリーは年功序列制度(仲間になった順番)のクソ組織だ! ナンバー3だったアイリっていうツンデレ少女はまだいい! あの子は食べた皿とか自分で片付けていたし、しなくていいと言っても廊下を掃除してくれていたから!」


 キャサリンの怒りは頂点に達する。


「けれど、あの食いしん坊ガールはダメだ! おやつを買いに出かける度に迷子になるし、部屋を掃除しても数分で食べカスを落としまくるし、いつも廊下でぐうぐう寝ていて一日に20回ぐらいベッドに運ばなきゃいけなかった! 何一つ組織に貢献していなかった! というか邪魔でしかなかった! それなのにナンバー2!? ありえない! ありえないわ! 私は認めない!」


 次から次へとタナケンファミリーへの愚痴が出てくるキャサリン。地団駄を踏みまくる。


「あのキャサリン殿」


「あァ!? なんだ!?」


「いや、さっきのチョコレート食べていた娘が逃げちゃったんですけど」


「ハァ!? あいつ、どこ行った!?」


 地団駄を踏んでいる間にクロを見失ったキャサリンはすぐにコンビニの裏へと走り出す。


「あの食いしん坊ガールは足が遅い! まだそこら辺にいるはず……っていた!」


 クロはプレミアムチョコ棒を食べながら、のんびり歩いていた。食べカスを落としながら。


「おい! 待ちやがれ!」


「あ、キャサリンだ。おなかすいたー」


「もうメイドじゃねーよ! それにチョコ棒食べているだろ!」


 キャサリンは怒鳴りつけるが、クロは理解していないようだった。


「キャサリン殿、さっさと倒してタナスケを探しにいきましょうよ」


「そんなことわかっている! そういうわけで死ね! 食いしん坊ガール!」


 キャサリンはサバイバルナイフらしきものでクロに襲いかかる。


「わわっ!」


 流石のクロも身の危険を感じたのか回避する。というより驚いてコケた。結果的にキャサリンの攻撃は空振りに終わる。


「くっ! 避けやがって!」


「に、逃げなきゃ!」


 クロは手をバタバタさせながら全速力で逃げる。しかし、ちょうど地面を歩いていたアリの方が数倍早い。


「逃すかよ」


「ぎゃふん!」


 キャサリンが足を前に出しただけで、クロは足を引っ掛けてしまい、転んでしまう。


「今度こそ終わりだ! 食いしん坊ガール!」


「はわわ……こうなったら……!」


 クロは自分の体から光り輝くスキル玉を取り出す。そう、ドカ食い気絶スキル(レベル5)だ。


「レベル5スキル!? あの娘が!?」


「キャサリン殿、眩しくて見えませんぞ!」


 突然のレベル5スキル登場によって、モンスター達に動揺が走る。人畜無害な見た目のクロがレベル5スキルを持っているなんてモンスター達は想像していなかったのだ。


「困ったら目眩しとして使え、ってタナケンが言ってた。今のうちに帰ろう」


 クロは再びプレミアムチョコ棒を食べながら、のんびりと歩き出した。


 ところが――


「帰らせるわけねーだろ!」


 キャサリンの声と同時にクロは前方へ吹き飛んだ。正確には蹴り飛ばされた。


「きゅぅ〜〜〜」


 クロは蹴り飛ばされた先で目がぐるぐるになっている。一撃でHPが0になってしまったようだ。


「何度も同じ手が通用すると思うなよ!」


 クロがスキル玉を取り出した瞬間、キャサリンはサングラスをかけていた。レストランでスキル玉による目眩しをくらっていた彼女は、あのあと銀座にありそうなオシャレな店でサングラスを購入していたのだ。ちなみにサングラスの代金はダークマター軍団の経費として落とされている模様。


「うぅ……どうしてこんな酷いことするの?」


 クロはどうにか意識を取り戻すが、蹴り飛ばされたダメージで立てそうにない。


「酷いこと? 散々、人に世話させておいてよく言えるな」


 キャサリンはクロが落としたドカ食い気絶スキル(レベル5)のスキル玉を拾う。


「にしても、なんでお前がレベル5スキルなんて持っているんだよ。本当むかつく奴だな、お前」


「あー、クロのスキル! 返してー!」


 クロはなんとか体を起こして手を伸ばすが、当然届くわけもなく、おもちゃ売り場でねだる子供みたいな感じになってしまう。


「返すわけねーだろ! ハズレスキルとはいえ、レベル5スキル……お前には宝の持ち腐れだ! こうしてやる!」


 パリーーーン!!!!!


 キャサリンはスキル玉を思いっきり地面に叩きつけて割ってしまった。そう、今更だがスキル玉はガラスみたいなもので出来ていたのだ!(新情報)


「クロのピカピカスキルがーーー!」


「あははは! ざまあみろ! 私をこき使ったバツだ!」


「せっかくレベル5まで頑張ったのにーー!!」


 クロはドカ食い気絶スキル(レベル5)を失ったことを悲しんだ。ドカ食い気絶スキルを有効活用したことはないものの、そこそこ気に入っていたようだ。


「あはははは!!!!」


「あのキャサリンってやつ、なんか大人気ないな」


「だな」


 キャサリンの高笑いに引き連れていたモンスター達もドン引きしていた。魔王軍のモンスターなだけあって知能が高く、道徳心を持っているのである。


「次はお前がこうなる番だ! 死ね!」


 キャサリンは目をかっぴらいてサバイバルナイフらしきものをクロに向けて振り下ろそうとした。


「待って!」


「あ?」


 クロはポケットからプレミアムチョコ棒を取り出し、袋を開けた。


「ムシャムシャ(咀嚼音)」


「……なにやってんだ?」


「おやつの時間だから食べているの」


「この状況で食っている場合じゃねーだろ! つーか、さっきから食べていただろ!」


 呑気にプレミアムチョコ棒を食べるクロと今にも襲いかかってきそうなキャサリン、そして早く無差別攻撃がしたいモンスター達……もはやクロに勝ち筋は残されていなかった。


 そのときだった。


「なっ!? なんだ!?」


 空から光が降り注いだ。


 昼間だというのに地面が光を反射するほどの眩しさ。キャサリンは再びサングラスをかけ、モンスター達は目を瞑った。


「全て見せてもらったぞぃ」


 降り注ぐ光の中、謎の爺さんが上空から降りてきた。


「ジジィ! 誰だ!」


 キャサリンが吠えると、謎の爺さんはコホンと咳払いした。


「わしは食の神、食神じゃ」


「はぁ? ショクジン?」


「うむ。そこのチョコ棒を食べている娘、お主に食事系最強スキルを授けるために人間界に降りてきたのじゃ」


「なっ!? 食事系最強スキルだと!?」


「ムシャムシャ(咀嚼音)」


 突然のことに驚くキャサリンと、気にせずプレミアムチョコ棒を食べ続けるクロ。


「いつ命をとられてもおかしくない、この状況でおやつを優先する。彼女こそ"究極の力"を手にするに相応しいと言えよう」


「何言ってんだ! コイツはただの食いしん坊なだけだ!」←正論


「黙るのじゃ! 食事は生きていく上で必要不可欠なことであるが故に人々は食事に対して感謝の気持ちが足らんのじゃ! この娘は自身の命よりも食事を優先した! 食事系最強スキルの所有者は彼女しか考えられん!」


 食神はキャサリンに怒鳴りつけ、めちゃくちゃ眩しいスキル玉をクロに差し出した。


「なにこれー?」


「ドカ食い気絶スキル(レベル999)じゃ」


「馬鹿な!? トリプルナインだと!?」


 クロは「ふーん」と他人事のような顔をしながら受け取り、スキル玉を自分の体に入れた。


「これで今日からお主が新しい食神じゃ。今後も食事を愛し、感謝を忘れるでないぞ」


「ムシャムシャ(咀嚼音)」←聞いていない


「はっ! いくらレベルナインと言ってもハズレスキル! 眠ったところを八つ裂きにしてくれるわ!」


 キャサリンはサバイバルナイフらしきものを10本ぐらい取り出し、クロが眠るのを待とうとした。


 しかし――


 ドッカーーーン!!!!!!


「何が起きた!?」


 キャサリンが振り返ると、引き連れていた大型モンスターが倒れていた。しかも一体だけではない。他のモンスター達も全員その場で倒れていたのだ。


「!? 一体なにが……あ、あれ? 眠くなって……」


 ふらつくキャサリン。


「フォッフォッフォッ、流石わしが見込んだ娘じゃ。早速スキルを使いこなしているようじゃな」


「ムシャムシャ……クロ、なにもしていないよー?」


「く、くそ……意識が……バタッ!」


「あ、キャサリン倒れちゃった」


  キャサリンとモンスター達は全員倒れてしまい、クロと(元)食神だけが残った。


「なにが起きたのー?」


「これがドカ食い気絶スキル(レベル999)の力じゃ。あやつはハズレスキルと言ったがとんでもない。食べて寝る……ドカ食い気絶スキルは人間の生き様を最大限発揮させる究極のスキルなのじゃ」


 (元)食神はドカ食いスキルについて語る。


「食べて寝ることで人間は体を休めることができる。本来、ドカ食い気絶スキルは睡魔を発生させて、強制的に回復状態に突入させる身体強化系スキルなのじゃ。負った傷を急速回復させ、毒状態も解除することができる便利スキルとも言えるのじゃ」


「ムシャムシャ(咀嚼音)」←理解していないクロ


「そして、レベル999になると対象は自身ではなく、他の相手に移すことができるのじゃ。これで自分だけではなく、味方を治療することもできるようになったのじゃ。さらに相手を眠らせるということは見ての通り、モンスターに囲まれても一瞬で無力化できるということじゃ。戦闘面でも活躍する攻防優れた汎用性の高い究極で最強の無敵なスキルなのじゃ!!!!」


「ムシャムシャ(咀嚼音)」←やっぱり理解していないクロ


 こうしてクロはドカ食い気絶スキル(レベル999)を継承するのであった。


「そんじゃ、わしは天界に帰るぞぃ」


「ムシャムシャ……お爺さん、帰っちゃうの?」


「うむ。これからも見守っておるからのぉ。あ、そうそう。ドカ食い気絶スキル(レベル999)には相手にカロリーを移す能力も備えているのじゃ」


「カロリーってなに?」


「うぅむ、難しい質問じゃのぉ……食べたエネルギーを相手に移すって感じかのぉ……」←適当


「ふーん。じゃあ、お爺さんにあげるね」


「ほへ?」


 次の瞬間、(元)食神はボンと風船のように膨らんだ。


 否!!!!!


 急激なカロリー摂取により、太ったのである!!!!!


「な、な、な、なにしてくれとんのじゃーーー!!! 早く戻すのじゃ!!!」


「ふわぁ……眠くなってきたから寝ようかな」


「おおおい!!! わしの話を聞け!!! って本当に寝やがった!!! も、戻すのじゃ〜〜〜!!!」


 (元)食神は光に導かれるように天界へと(強制的に)帰ってしまった。


「すやすや……」


 クロVSキャサリン&モンスター軍団、勝者はクロ!



 ********************************



 その頃、爺さんの家では――


「わ、わ、わしの【ファイナルヘソクリパート2】がなくなっておるーーーー!!!!!!!」


 爺さんは膝から崩れ落ちていた。


「クロ、どこ行っちゃったの(´;ω;`)」←出番がなかった主人公

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