第29話 さよなら、タナケンキャッスル

「ふふっ、また買っちゃった」


 アイリはくまのぬいぐるみを抱きしめながら廊下をスキップしていた。俺とクロはその光景を隠れながら見守っていた。


「ついにアイリも金の使い方を学んだようだな」


「デリシャス、ムシャムシャ」


 クロは室内でもサングラスをかけており、常にお菓子を食べ歩くほど強欲になっていた。いや、元から強欲か。


「ねぇ、タナケン」


「なんだ、クロ」


「スキル資産家の活動はしないの?」


「しないよ。そんなことしなくても遊んで暮らせるし」


 俺がタイトルを否定する身も蓋もないことを言うと、クロは「ふ〜ん」と言ってプレミアムチョコ棒を食べながら自分の部屋へ戻っていった。彼女が落としたお菓子のカスはすぐにお掃除ロボが掃除してくれて、廊下は常に綺麗だ。


 そんな綺麗ピッカピカな廊下を歩いていると、メイドのキャサリンに声をかけられた。


「タナケン様」


「ん? どうした、キャサリン」


「例の物が完成しました」


「……!! ついにアレが完成したか!」


 俺はニヤつきながら、窓の外を見る。


 そこには金ピカに光り輝く俺の金銅像が立っていた。


 全長100mもある俺の金銅像は決めポーズ(天に拳を突き上げている感じ)を再現しており、顔も実物の俺より少しかっこよく作らせている。我がタナケンキャッスルのシンボルとも言える、素晴らしい金銅像だ。


「それと近くの住民から『お前んとこの銅像、太陽の光が反射して眩しすぎるんじゃ! どうにかせんかい!』と苦情が入っておりますが、いかがいたしましょう?」


「貧乏人の妬みだ。無視しろ!」


 俺はキャサリンに「それより例のイベントを開くぞ!」と命令し、キャサリンはすぐにタナケンキャッスル内にいる人間達を金銅像が立っている庭に集まらせた。


 専属のメイド、シェフ、雑用係、騎士団が庭に並ぶ光景は圧巻であり、現在のタナケンファミリーの総力に目頭が熱くなった。


 俺は校長先生がよく立っている朝礼台のちょっと大きくしたバージョンみたいなところに上がり、マイクに向かって喋り出す。


「コホン! ついにタナケン金銅像が完成した! 今日はその完成祝いである『タナケンくん、金銅像完成おめでとう!』の会を開催する! 我らタナケンファミリーに忠誠を誓うお前達も今日は楽しんでくれ!」


「「「うおおおおおおお!!!!!!!」」」


 俺のありがたい言葉(自画自賛)にタナケンファミリー(大勢)は声を上げた。


「ではタナケンファミリー幹部からの祝辞だ! みな、心して聞け!」


「「「うおおおおおおお!!!!!!!」」」


「まずはタナケンファミリーNo.4であり、メイドリーダーのキャサリンだ!」


 俺の後ろに立っていたキャサリンがマイクの前に立ち、祝辞を述べる。


「我が主人、タナケン様の金銅像完成という歴史的瞬間に立ち会えて大変幸せです」


「「「うおおおおおおお!!!!!!!」」」


 パチパチパチと大拍手が起こり、俺だけではなくキャサリンへの人気も伝わってくる勢いだ。


「次にタナケンファミリー大幹部である、ツンデレ担当のアイリだ!」


 俺がテンション上げ上げでアイリを指差すと、彼女は真っ赤な顔しながら俺を叩いた。


「ちょっと! 恥ずかしいんだけど!」


「そんな照れるなよ。ほら、なにか言えって」


「べ、別に照れてなんかいないんだからっ!」


「「「うおおおおおおお!!!!!!!」」」


 そのままアイリは台から降りて、後ろに下がってしまった。ま、みんなテンション上げ上げだし、良しとするか。


「そして最後はタナケンファミリー最高幹部である、食いしん坊担当のクロだーー!!」


 クロはいつも通りに毛皮のコートを羽織り、大きなサングラスをかけたまま、ゆっくりとマイクの前に立った。


「お腹すいた」


「「「うおおおおおおお!!!!!!!」」」


 クロの一言に歓声が上がる。もう何言っても盛り上げてくれるだろ、ここにいる人達。


「続いて、タナケンファミリー首領である俺自ら行う『完成祝いのくす玉割り』だ!」


「「「うおおおおおおお!!!!!!!」」」


 俺はキャサリンが運んできたくす玉の前に立ち、ロープを手に持つ。


「それでは、タナケン金銅像の完成を祝して!!!!!」


 そう声を上げながら、ロープを引っ張るとくす玉が割れた。


 勢いよく引っ張ったから、くす玉が俺の方に寄ったまま割れて中から無数のプレミアムチョコ棒が落ちてきて頭に直撃する。


「いたっ! 痛い! 普通に痛い!」


「「「うおおおおおおお!!!!!!!」」」


 頭を抑えながら蹲る俺。歓声を上げてないで、誰か心配しろよ。


「誰だ! くす玉の中にチョコレートを入れたのは!」


「クロが入れてあげたんだよ。紙吹雪よりチョコが落ちてきた方が嬉しいでしょ」


「だと思ったわ!」


 クロは俺を襲ったプレミアムチョコ棒を拾って、そのまま食べ始めた。結局お前が食べるんかい!


「まぁ、いい! とにかくタナケンファミリーはこの瞬間から生まれ変わり、本格的に始まるのだ! 皆の活躍を期待して……うん? なんか急に暗くなってね?」


 青空が広がるほど天気が良かったのに一瞬にして暗くなったのだ。というより何かの影に入ったような感じ。太陽が雲に隠れたのだろうか。


「た、タナケン様! 後ろ……!」


「え? 後ろ?」


 後ろを振り返ると、タナケンキャッスルの真上で大きな生き物が羽ばたいている。


「アレは……」


『ギャウオオオオン!!!!』


「ど、ど、ドラゴンだーーーー!!!!」


 タナケンキャッスルの上に翼の生えたドラゴンが舞い降りた。ドシャ! ガラガラ! と凄い音が鳴り、城の最上部が崩れ落ちる。


 あのドラゴンは見覚えあるぞ!!


 ヤバヤバの森で俺とアイリを襲ったやべー奴だ!!


『ギャウオオオオン!!!!』


 ドラゴンは城の上から再び飛び立ち、こちらへ突進してくる。こちらというか金銅像に飛び移るつもりだ!!


 ドラゴンは金銅像の背中を押し倒す形で飛び移り、その巨体に押された金銅像は足部分がポッキリ折れてしまった。


 要するに金銅像がこちらへ倒れてくる……ってコト!?


「危ない!」


 アイリは朝礼台のちょっと大きくしたバージョンの上にいた俺とクロを突き飛ばしながら救出し、その直後、俺らがいたところに金銅像が倒れてきた。


「大丈夫!? 二人とも!?」


「あ、あ、あ……お、俺の金銅像がーーーー!!!!」


「あんなものどうでもいいでしょ!」


 アイリは俺の頭を叩き、正気に戻らせてくれた。


「ハッ! クロは無事か!」


「あばばばばばばば!!!!!」


 クロは口から泡を吹いていた。ドラゴン怖いから仕方ないよね(´・ω・`)


『ギャウオオオオン!!!!』


 ドラゴンは倒れた金銅像を何度も踏みつけて粉々にしていく。欠片がこちらへ飛んできて地味に痛い。


「もう許さねー! 俺はあの時とは違うんだぞ! 覚悟しろ!」


 ドラゴンに向かって啖呵を切った俺はそのままクロとアイリを抱えて逃げる!


「ちょっと! 戦うんじゃないの!?」


「騎士団さん達! お願いしまーす!」


 俺は庭に集まっていた騎士団を呼び、ドラゴンを退治するように命令する。


「タナケン様、我らにお任せあれ!」


 これが今の俺の力だ。スキルなんぞに頼らなくても金さえあれば力は手に入るのだ。しかも俺の雇った騎士団30人は全員かなりの実力者だ。ドラゴンどころか魔王城を落とせるだけの戦力である。


 騎士団は次々とドラゴンに立ち向かい、剣術や魔法で攻撃し始めた。


「くらえ! 聖剣の波動(レベル4)!」


「燃え尽きろ! 炎ボーボー(レベル4)」


 ふふ、いいぞ! あの礼儀知らずなドラゴンを分からせてやれ!


『ギャウオオオオン!!!!』


「ぎゃー!」


「いてっ」


 ……あれ? なんか押されてない?


「撤退だ! 撤退ー!」


「ちょっ! お前ら勝手に逃げんな!」


 騎士団が逃げ始めると、メイドやシェフ達も一斉に逃げ始めた。


「お、おい! 待て! おーい!」


 必死に呼び止める俺だったが、誰も聞いちゃいない。


「タナケン様!」


「おお! キャサリン! 無事だったか!」


「タナケン様も無事で良かったです!」


 やはりキャサリンは他の奴らとは違う。俺はこの忠誠心を見込んで彼女を幹部に上げたのだ。俺の見る目は間違っていなかった。


「キャサリン……お前は俺を見捨てたりしないんだな」


「当然です! 私はタナケン様と共にあります!」


「よし! 俺達四人の力を合わせて、あのドラゴンを追い返すぞ!」


 あ、クロは口から泡吹いているから実質三人だったわ(´・ω・`)


『ギャウオオオオン!!!!』


 ドラゴンは大きく吠えたと思いきや、城にめがけて火球を何発も連射した。


 火球が直撃すると、城の壁は爆散して粉々になった。火も燃え上がり、タナケンキャッスルは炎に包まれる。


「ねぇ、ちょっとまずくない?」


「ああ、また一から建て直さないと住めないな」


「違うわよ……そうじゃなくて」


 アイリは後退りしながら指差す。


「あそこの燃えているところって金庫室じゃない?」


 俺はアイリが指差したところを見る。


 うん、なんか黒焦げになった札束がひらひら舞っているように見える。ちなみに金庫室には全財産を入れている。この世界、口座とかないからタンス貯金しかできないんだよね(´・ω・`)


 ……ということは(´・ω・`)


「俺、一文なし!?」


「そうよ! ドラゴンを退治しても意味ないわ!」


 俺は膝から崩れ落ちてしまう。目からこぼれた涙が地面にポタポタと落ち、次第に俺は「うえ〜ん」と大人が人前でやっちゃいけないタイプの泣き方をしてしまった。


「許さねぇ……! ぜってー許さねぇ!」


「そんなこと言っても私達だけじゃ無理よ! 逃げるしかないわ!」


「いいや! このまま逃げるなんてありえない! 四人の力を合わして、あの忌々しいドラゴンを討伐するぞ!」


 俺は振り返って三人にそう言った。


 うん?


 焦り気味のアイリと口から泡を吹いているクロ……一人いなくね?(´・ω・`)


「あれ? キャサリンはどこに?」


「あなたが泣いている間にこれを置いて、どこかに行ったわ」


 俺はアイリが「これ」と呼んだ封筒を受け取った。


 封筒には「辞表」の二文字が書かれていた。


「そんな……キャサリン……(´;ω;`)」


『ギャウオオオオン!!!!』


 ひゅぅー! どっかーん! パラパラ……。


 俺達の真横に火球が飛んできて、土埃が立つ。


「……逃げようか(´;ω;`)」


「だから、そう言っているでしょ!!!!」


 俺はクロを背負って、アイリと逃げ始める。


 さよなら、タナケンキャッスル。


 あの眩しくて輝かしい日々は一生忘れないよ。


 とか思っていると、また暗くなった。


「えっ……」


 アイリが空を見上げて絶句する。


 それにつられて俺も見上げる。


 ドラゴンが飛んでいた。俺達の前に立ち塞がるようにして飛んでいる。


 先回りしたわけではない。何故なら後ろからもドラゴンの足音が聞こえるからだ。


 つまり、目の前にいるドラゴンは――後ろにいる奴とは別個体。


 しかも俺のことをめっちゃ睨んでいる。それに必要以上に金銅像を攻撃していたし、明らかに俺にたいして敵意持っているよな、このドラゴン達。


 心当たりなんて……あ、ヤバヤバの森でアイリを襲っていた小さいドラゴン二頭倒していたわ。そんであのときもめっちゃ怒っていたわ。


 ということは夫婦でずっと俺のことを恨んでいたということね(´・ω・`)


 そんで金銅像を見て飛んできたというわけね(´・ω・`)


 …………(´・ω・`)


 俺の人生、ここで終了かもしれへん……(´;ω;`)

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