第25話 辛口カレー
あれはクロが仲間になって間もない頃。
「今日の夕飯はクロが二番目に好きなカレーだ!」
「わーい!」
俺は普段と同じようにカレーをちゃぶ台の上に乗せた。しかし、この日は普段買っている蜂蜜入りカレーではない。特売で売れ残っていた激辛カレーである。
クロは甘口がいいと言っていたが、辛口がダメとは言っていなかった。暴食により、急激に貯金が減って焦り始めていた俺は「まぁ、辛口でも大丈夫だろう」と軽い気持ちで食卓に出したのだ。「どうせ一瞬で食べ終わるし」的な。
「いただきまーす!」
クロは笑顔のままスプーンでカレーを掬い、そのまま口に入れた。
そして、そのままスプーンが口から出てくることなく、クロは固まった。
「……クロ? どうした?」
返事がない。ただの屍のようだ……。
そのまま後ろに倒れたクロは「キュゥ〜」と声を出したまま、目がバツになっていた。漫画のキャラクターみたいに。
「クロ! おい! しっかりしろ!」
いくら呼びかけても反応がなく、俺はすぐにクロを背負って病院へ向かった。
「先生! クロは助かるんですか!?」
「残念じゃが……覚悟しておいた方が良いじゃろうな」
丸メガネをかけた白髪のおじいちゃん先生はレントゲンの写真を見ながら深刻な表情をする。
「そんなこと言わずにお願いします!」
「ふむ……しかし、医学にも限界があってじゃのぉ……」
「諦めないでください! なんでもしますから!」
「ん? 今なんでもって言ったかのぉ?」
おじいちゃん先生は急に明るい表情になり、こちらを見る。
「……ゴホン! あるにはあるのじゃが……めちゃくちゃ高い薬でな……」
「いくらでも大丈夫です! 実は貯金が6000万ゴールド残っているんです!」
「おぉ、なんという偶然じゃ! ちょうど6000万ゴールドの薬があるんじゃよ!」
「払います! 払うので今すぐクロに薬を与えてください!」
俺は藁にもすがる思いで、おじいちゃん先生に頼み込んだ。
「よかろう。例の薬を持ってきなさい」
おじいちゃん先生はナースにそう言い、再び眉間に皺を寄せながらレントゲンの写真を見た。
「先生、お持ちしました!」
ナースが持ってきたのは「はちみつ」と書かれたラベル付きのビンだった。近所のスーパーでよく見かける安いやつだ。
「おぉ、では早速……って君ぃ!? あ、タナケンさんはそこで待っていてくだされ」
おじいちゃん先生は凄い剣幕でナースを連れて奥へ引っ込んでしまった。俺はバレないように奥の部屋を覗き込む。
「バカモノ! ラベルを外せとあれほど言ったじゃろう!? ただの蜂蜜だとバレたらどうするんじゃ!?」
「すみません……でも、6000万ゴールドはぼったくりじゃないですかね」
「何を言うのじゃ!? 医者は知識と経験が売り物なのじゃ! カモ……じゃなくて患者も原価を気にしたりはせん! 医療に携わる者ならそれぐらい理解するのじゃ!」
いや、今回に限っては原価気にするわ!!!!!!!!
「おい、ジジィ! なに騙そうとしているねん!」
俺はドアを突き破ってヤブ医者に向かっていった。
「ち、違うのじゃ! わしは患者が蜂蜜と勘違いしてしまうからラベルを外すように言っていただけなのじゃ!」
「嘘つけ! ただの蜂蜜だろ、それ! 俺が今からスーパーで買ってくるわ!」
「ちぃ! しかし、この時間(深夜)ではスーパーはやっておらん! わしから買い取らん限り、あの娘は助からん!」
「くっ……このヤブ医者が!」
開き直ったヤブ医者は同意書を出してきた。
「まぁ、わしもそこまで鬼ではない。痛み分けということで蜂蜜は2000万ゴールドで譲ってやろう」
「全然痛み分けになってねぇよ。痛いのは俺の財布だけだろ」
こうして俺はヤブ医者の出してきた「治療費を文句言わずに払う」同意書にサインをした。
「くそ! 早くクロに蜂蜜をやってくれ!」
「ヒョヒョヒョ! 医者は儲かるのぉー!」
ヤブ医者はステップしながらクロの元へ駆け寄った。
「ほれ、舐めるのじゃ!」
蜂蜜をどっぷり掬ったスプーンを口の口に突っ込む。
すると、クロはパチっと目を大きく開いた。
「クロ、来世はミツバチになる!!!!!!!!!」
「ヒョヒョ……ぐへっ!」
ヤブ医者に頭突きする形で起き上がったクロは目を輝かせていた。
「クロ! 大丈夫か!?」
「アレ? タナケンどうしたの?」
「どうしたのじゃない! 心配したんだぞ!」
俺は涙を流しながらクロに駆け寄り、次からは蜂蜜入りのカレーしか買わないと心の中で誓った。
ちなみにこのときの治療費は、蜂蜜代が2000万ゴールド、レントゲン代が4000万ゴールドの計6000万ゴールドだった。あのヤブ医者野郎……(^ω^#)
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その話をアイリにしたところで、現在に至る。
「じゃあ、クロに勝ち目なんてないじゃない!」
「あぁ、そうだ。大会ルールでは調味料の持ち込みは禁止されている。蜂蜜が封じられている今、もうクロが優勝することはないだろう……」
「で、でも! 負けても準優勝なんだし、そこそこ賞金は出るんでしょう!?」
アイリはまだ希望を捨てていない目をしていた。だから、真実を告げるのは心苦しかった。
「準優勝の賞品は……消しゴムだ」
「え……しょぼくない?」
「まぁ、参加費5000ゴールドで参加者2万人だから優勝賞金は参加費で賄っているとして、会場レンタル代や人件費、食事代が全て運営負担だから仕方ないよね(´・ω・`)」
「そうかもしれないけど! それでもしょぼいわよ!」
アイリはツインテが揺れるぐらい強めのツッコミを入れる。
しかし、どうしようもない。決勝戦のステージに立っているクロの表情もよく見ると青ざめている。勝てないとわかっている試合に無理やり出させて、また気絶させるわけにはいかないのだ。
「クロ! もういい! 棄権するんだ!」
俺はクロに向かって大きく叫んだ。ここまでよく戦ってくれたよ……(´;ω;`)
しかし、クロはそのまま決勝戦のために用意された席に着席した。
「ちょっと! クロが席に座ったわよ!?」
「クロ……まさかお前……」
――まだ戦うというのか!?
「それでは、決勝戦!!! スタート!!!」
MCの裏返った声と同時に決勝戦が開始されるのであった。
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