第3話 保護者同伴、魔術研究院訪問



「魔術研究院に行くんだろう。あそこには癖の強い人間も多い。俺もついていく」

「え? 王様への謁見についてきてもらっただけで十分ですよ。いやー、緊張したなぁ」

「まったくそうは見えなかったけどな……」


 善は急げということで王との顔合わせをさっさと済ませたアマネは、用事を済ませに『王立魔術研究院』に行こうとしたのだが、予想外にアカツキがついてくると言い出したので驚いていた。


(アカツキさん、ちょっと過保護? 私のこと、小さい子か何かだと思ってるのかな、これは)


 アマネとしては、アカツキには衣食住の保証さえしてもらえればいいと思っていたので、どう対応するべきか迷う。


(アカツキさんって『聖騎士』だよね? いくら私が『賢者代理』とはいえ、そんな人を引き連れて行ったら悪目立ちしない?)


 そもそもたぶん『賢者代理』で『賢者』の弟子というだけで悪目立ちはするだろうが、それ以上に目立つのは本意ではない。何か厄介ごとが向こうからやってきそうだ。

 しかし、こちらを案じてくれているらしきアカツキの厚意を無下にするのも忍びない。


 少し悩んで、アマネはとりあえずアカツキの意見を受け容れることにした。アカツキは『賢者』が指名した王都での世話役――案内人だ。王都のことを何一つ知らないアマネの判断よりも、その意見を尊重すべきだろう。

 そう考えたアマネだったが、アカツキの言葉にちょっとひっかかったので、念のため確認してみる。


「『癖の強い人間も多い』って――もしかして師匠レベルの人がゴロゴロいるんですか?」

「……そんな人外魔境だったら、俺は尻尾を巻いて逃げ出すな」


 つまりはアマネの予想は外れているということだ。それならいいや、なんとかなるよね、とアマネは魔術研究院に向かおうとして――くるりとアカツキを振り仰いだ。


「魔術研究院に転移で行くのは――たぶんまずいですよね?」

「……やめてやってくれ。蜂の巣をつついたような騒ぎになるぞ」

「道がわからないので、転移の方が早いんですが……」

「俺が案内するから、本当にやめてくれ……」



 そんな会話を経て、てくてく歩いて向かった先。

 魔術研究院の入り口で、アマネは金の髪も鮮やかな見目麗しい男に――絡まれていた。


「お前が『賢者』の弟子で『賢者代理』だと? ローブで隠して顔も見せないようなやつが、あの方の代理だなんて信じられないな」

「顔を隠している私が問答無用にあやしいのは確かですけど、それとこれとは関係あるんですか? あ、ちなみに私が『賢者』の弟子な証拠はこれです」


 そう言ってアマネが無造作に取り出した『賢者の髪』に、絡んできていた人物は目の色を変えた。


「これは……まさしくあの方の魔力……!」


 それがあまりに歓喜に震えた声だったので、アマネはなんだかかわいそうになって、『賢者』の髪を一本引き抜くと、その震えながら伸ばされた手にちょこんと載せてあげた。


(あんな。人間やめて(やめさせられて)性格終わってる人の髪の束に、こんなに敬愛にあふれた視線を向けるなんて……なんかかわいそう)


 見目麗しいがどこか残念な雰囲気の漂うその男は、その銀色の髪一筋を捧げ持ち、それを大事そうに懐にしまった。周囲から「お前だけずるいぞ、サフィラ!」「それちゃんと院に寄贈してくれるんでしょうね⁉」などという声が聞こえてくる。


「……確かにこれを預けられ、なおかつ魔力にあてられず、適切に保管できているという点ではある程度の実力があるのだろうが、しかし私は認めないぞ! あの方の代理など、誰にできようはずもないのだ!」

(わあ、師匠を神格化してる人だ)


 王都には僕の崇拝者がたくさんいるからね、とは『賢者』から聞いていたが、早速ぶち当たるとは思ってもいなかった。


「はあ……そう言われましても、師匠が私を『代理』だと言ってここに寄越したのは事実ですし、王様にも認めてもらいましたし、あなたが認めようが認めなかろうが私は『賢者代理』なんですけど」

「くっ……」


 至極当たり前のことを告げただけだったのだが、『賢者』崇拝者なその男は、なんだかダメージを受けたようだった。何をどうごねられても、事実は事実なのでアマネは『賢者代理』の『賢者』の弟子ですと言うしかないのだが。


「だ、だが、お前、認識阻害と忘却の魔術式を常時展開しているだろう! そんなことをするのは後ろ暗いところがある者だけだ!」

「はあ。実は私、見るに堪えない、見た人の正気を失わせるような見た目をしていまして」

「絶対嘘だろう!」


 即断されながら、内心アマネは感心していた。


(一応なんのための魔術式かはわからないように隠蔽処理しておいたんだけど、見抜かれるとは。魔術研究院の魔術師もなかなか侮れないのでは?)


 それがナチュラル上から目線だとは気付かず、アマネは「師匠の『みんな僕に比べたら塵芥みたいなものだよ』なんて言葉を信じちゃだめだったな」と反省した。


(見た感じ、魔力量が多くて、魔術感知力が強いのかな、この人。魔術を使う方はどうなのかわからないけど)


「……っ、あの方の弟子と、『代理』だと言うのなら! これくらいの魔術を解除するのもお手の物なんだろうな⁉」


 と、考え事の隙に水の檻に周囲を覆われて、アマネは目を瞬いた。少し離れて様子を見ていたアカツキが、慌てて駆け寄ってくるのが見える。


(おお……師匠以外の人の魔術を見るの初めてだけど、うーん……なるほど)


 周囲からは「あの『賢者代理』、たぶん子どもだろう? なんて大人げない……」「あれ、サフィラお得意の水結界だよな? 準備なしで組んだから最高強度とまではいかないが、あれを破れるやつはそうそういないだろう」などと聞こえてくる。

 水の結界のすぐそばまで来たアカツキが、結界越しに声をかけてきた。


「アマネ! 大丈夫か?」

「はあ、大丈夫でなくなる理由がないので大丈夫ですが」

「突然結界に閉じ込められるなんていうのは、十分大丈夫でなくなる理由になるんだぞ……」

「いや、だって……」


 言いかけて、ちら、とアマネは結界を張った当人を見た。こちらを見定めようとするような、鋭い視線で見つめられている。


「ほら、師匠のに比べたら……ね?」


 そう言って、アマネはパチンと指を鳴らした。ばしゃんと音を立てて、アマネの周囲を覆っていた水が落ちる。


「なっ……!」

「私を足止めするには、強度があまりにも足りません。ぱっと見ただけで魔術式に十は無駄がありましたし、魔力の伝導率も悪い。魔力量は多いみたいなのにもったいないですね」


 驚愕に口をぽかんと開ける術者に、見目がいい人間は間抜けな顔をしても見目麗しいんだな、などと呑気に思うアマネ。


「……はあ。君が『賢者』の弟子の肩書きに違わない実力を持っているのはわかったが……わかっていたが。――おい、キオン=サフィラ=ヒュドール」

「……なんだ、アカツキ=ラーメ=ブラーミア」

「俺は一応、『賢者』の弟子の世話役――王都での保護者役を『賢者』に任されている。……その意味がわかるな?」

「なっ……まさか」

「お前がやったことは包み隠さず『賢者』に伝えるからな。その大人げないにもほどがある態度も含めて」

「ひ、卑怯だぞ!」

「当然の報いだ」

(別に師匠に話したところで、『あっはは、良い経験になったろう?』って笑って終わりだと思うけどなぁ……)


 キオンと呼ばれた男が持っているだろう懸念――『賢者』に幻滅されるとか『賢者』が怒るとか、そういうのは絶対無いと断言できる。そもそもキオンとやらを個別に認識しているかもあやしいし。


(それより、ヒュドールって、王様の家名もヒュドールだったような……。もしかして、王様の親戚? それとタメ口で話してるアカツキさんって、けっこうえらい人? ……まあ、『聖騎士』だもんね……)


 内心納得しながら、未だ「それだけは勘弁してくれ! というかお前そんな性格だったか⁉」「問答無用で水結界に人を閉じ込めた人間がよく言う」なんてやりとりをしているアカツキの肩をちょいちょいと叩く。


「うん? どうした?」

「別に実害はなかったし、アカツキさんが怒る必要、ないですよ?」


 そう言うと、アカツキは意外なことを言われたとでもいうように、目をゆっくりと瞬いた。


「……俺は、怒っていたか?」

「そう見えましたけど……違いました?」

「いや……。――そうか、ああ、『保護者』役だからか……」


 何やら突然納得しているアカツキはとりあえず置いておいて、今度はキオンと呼ばれていた男に向き合う。


「う……な、なんだ」


 何故か気圧されたように腰が引けている男に、アマネは心からのアドバイスのつもりで言った。


「魔術式、もっと工夫した方がいいですよ。特に魔力伝導率のあたり。師匠だったら『こんな無駄だらけの魔術式、組んでる間に壊せるね』とか言いますよ」

「……!」


 すると、男は雷に打たれたように目を見開いて、それからざっとアマネの前に跪いた。


「それはまさしく『賢者』様が以前私におっしゃった言葉……! ――これまでの数々の非礼をお詫びしたい。私はキオン。キオン=サフィラ=ヒュドール。貴殿の名をお聞かせ願えないだろうか?」

(ええ……。手の平返しにしても、極端すぎる……)


 どうやら、アマネの「『賢者』ならこう言う」が過去の『賢者』の発言にドンピシャだったようだが、それにしたって。

 しかし、目の敵にされるよりはよほどいいか、と思い直して、アマネは名乗りを返した。


「アマネ。アマネ=アステールです。私の目的は魔術研究院の蔵書なんですが、閲覧の都合つけてくれたりします?」

「もちろんだ! 貴殿の要望は私の全権力を使って叶えよう!」

「……アマネ……」


 どこか呆れたようなアカツキの視線もなんのその。アマネは目的のためならば、手段は選ぶつもりはない。『賢者』の威光を借りる程度で罪悪感が湧くはずもない。

 魔術研究院の蔵書――研究資料がおさめられている場所に案内してくれるというキオンの申し出に、アマネは弾む足取りで乗ったのだった。


(……まあ、魔法の資料が増えてるかどうかについてはあんまり期待しないでおこうっと。ダメもと、ダメもと)


 そんな――期待を裏切られたときのための予防線を張りながら。


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