外れ特性『レベル1固定』は最強でした
年中麦茶太郎
第1話 レベル1固定
誰でも冒険者ギルドに登録できる時代があったらしい。
今は違う。
当然だと思う。ボクのような子供までいちいち登録していたら、事務処理だけでパンクしてしまう。
冒険者ギルドの会員になりたかったら、賞金首を捕まえるとか、貴重なアイテムを入手するとか、そういう実績が必要だ。
ボクはじきに十歳になるという子供。一人ではダンジョンに潜ることさえできない。
会員になれるのは、ずっと先だろう。
けれど悲観はしていない。
孤児だったボクを拾って鍛えてくれるような、親切で強い冒険者パーティーと出会えたからだ。
「なかなか剣の振り方がサマになってきたじゃねーか」
そう褒めてくれたのは、冒険者たちのあいだで剣豪として知られるグレドさんだ。
この人に褒めてもらえると、たまらなく嬉しい。
「あなたを拾ってから半年ですか。そろそろ特性が目覚める頃合いでしょうね」
魔法師のエンデルさんが、いつもの冷静な声で言う。
「冒険者向きの特性だったらいいな」
弓使いのアランさんが短く呟くのも、いつものこと。
拾ってくれたこの三人によって、ボクは教会に連れて行かれて、将来、レア特性を授かるという予言を受けた。
特性は全員が授かるわけじゃない。中でもレア特性と呼ばれるのを授かるのは実に稀だ。
そして特性の発現は、おおよそ十歳までに起きる。ボクもそろそろのはずだ。
ボクはいつものように三人の荷物持ちをして森を進んでいた。
足腰の鍛錬のためだ。彼らはボクのために課題を出してくれる。
一度もモンスターと戦わせてくれないのだって、ボクの身を案じてのこと。
焦らず、強い特性を授かってからレベル上げをする計画なんだ。
そんなときである。
突然、体が熱くなってボクはうずくまってしまった。
体から光が広がって、空中に文字を描き出す。
――特性が付与されました――
――あなたの第一特性は『聖女』です――
それを見て三人が駆け寄ってきた。
「聖女だって!? 本当にレア特性じゃねーか! やったな!」
「待ってください。第一特性と表示されています」
「するとダブル特性持ちか……」
ダブル特性。
ただでさえ貴重な特性を二つ持っている選ばれし者。
ボクが? 本当に?
熱に苦しみながらも、それを上回る高揚感が湧いてくる。
――第二特性は『レベル1固定』です――
けれど、第二特性を見た瞬間、なにもかもが冷めていくのを感じた。
ボク自身の心も、三人の空気も。
レベル1固定ってなんだ? どんなに頑張っても強くなれないってこと?
「おいおいおい! なんだよ、このゴミ特性は! 聖女でぬか喜びさせといて、それはないぜ!」
「ちっ……こんな特性では売れませんね。半年も使ったというのに」
「……まあ、ガキとはいえ女だ。少しは値段がつくだろう」
三人の表情を見てると、まるで特性ではなくボク自身がゴミになったみたいだ。
「少しって、半年の労力に見合ったもんじゃねーだろうが! ああ、腹立つぜ。レア特性の素質ありって予言が出たんで今まで飼ってやってたんだぜ。恩を仇で返しやがって……また孤児の中から探し直しかよ……」
「もう殺してしまいましょう。腹立たしい。売り飛ばすまで生かしておく自信がありません」
「殺すならよ……遊んでからにしようぜ。ガキでも女だからなぁ。少しは元を取らないと」
「なるほど、いい考えです。初潮前の子供を犯す機会など、滅多にありませんからね」
「ガキとやる趣味はない……俺はパスだ」
「そうかよ……じゃあ俺らだけで楽しむか」
彼らは、なにを言っているんだ?
「冗談、だよね……?」
「へっ! 信じてた仲間に裏切られたって顔だな! けど、俺らはお前を仲間だと思ったことは一度もねぇぞ? レア特性持ちを買い取ってくれる業者を知ってるから、今まで我慢して飼っていただけだ。なのに、せっかくのレア特性を打ち消すクソ特性まで授かりやがって。聖女だけなら今までで一番高く売れたのによぉ」
「嘘だ……だってボクに剣の素振りを教えてくれたし、足腰を鍛えるために荷物を持たせてくれて……未熟なボクがモンスターと戦って怪我しないようにも配慮してくれて……」
「ハハハッ! お前に本気で剣を教えるわけねーだろ。あんなの適当だよ。荷物を持たせたのは、たんに俺らが楽するためだ。モンスターと戦わせなかったのは、下手に強くなられたら扱いにくいからだよ!」
そんな。
信じられない。
この人たちに拾ってもらって、ボクは本当に嬉しかったんだ。
空腹で倒れていたときパンをくれて、屋根がある宿に泊めてくれて、刃こぼれしているけど剣をくれて。
全部、嘘だったのか。
しかも口ぶりからして、ずっとこんなことを繰り返していたのか。
そして、これからもボクみたいな子供を食い物にするつもりなのか。
「それでは始めるとしましょう。あなたは口調や仕草が男性のようですが、顔だけは整っているので、以前からそれを苦痛で歪めたかったのですよ。くくく……」
「体が小さいから、締まりがよさそうだぜ」
ボクは悲鳴を上げて、必死に走った。
けれど熟練冒険者である彼らが追いつくのは時間の問題。
「がっ」
背中に硬いものが当たった。
石を投げられたのだ。
衝撃でボクは転がり、痛みで動けなくなる。
追いついてきたグレドが、ボクの腹を爪先で蹴った。
横隔膜がせり上がり、息が止まる。体が勝手にくの字に曲がった。口から
「手間かけさせやがって」
グレドに服を掴まれた。ボクは死にものぐるいで剣を抜いた。
この状態からボクが抵抗すると思っていなかったんだろう。油断しきっていたグレドは、ボクの剣を避けられず、腕に小さな傷を作った。
渾身の力で刃を当てたのに、わずかに血が滲む程度の傷。
それでも彼を激高させるには十分だった。
「てめぇ、このやろう!」
太い腕で殴られた。ボクは勢いよく吹っ飛んだ。
「あ、馬鹿! なにをしているのです!」
エンデルが叫んだ。
なぜならボクの後ろは崖になっている。
まだ太陽が昇っている時間なのに底が見えないほど深い崖だ。
ボクの手が辛うじて地面の縁を掴んだ。
ボクはもともと非力で、おまけに石をぶつけられたり蹴られたりしてボロボロ。長くは保たない。
「ふぅ……ギリギリ生きてたか。ほら、掴まれよ。オナホとして具合がよかったら、もう少しばかり生かしておいてやるからよ」
グレドが下品な笑みを浮かべて、ボクを見下ろしている。
ボクはその顔面に唾を吐きつけてやった。
「噛み千切ってやる……!」
「へっ……できるもんならやってみな!」
グレドの拳がボクの顔面にめり込んだ。
鼻とか頬とか、いろんな骨が砕けた気がする。
浮遊感。重力に引っ張られて加速する。
驚くほど長い時間をかけてボクは落ちていく。
死にたくない。死んでたまるか。生きて戻って、あの三人に復讐してやる。むごたらしくぶち殺してやる!
怒りが最高潮に達したとき、ようやく岩に激突し、ボクは死んだ。
【死亡を確認】
【聖女スキル『自動再生』を実行】
――――
・自動再生
ダメージを負ったとき自動で発動する。たとえ小さな肉片からでも再生する。
――――
そしてボクは前世の記憶を思い出した。
前世のボクは男だった。
日本という国で暮らす、なんの変哲もないサラリーマンだった。
趣味のゲームをしていたら急に心臓が痛くなって、意識がなくなって……どうやら異世界転生とかいうのをしたらしい。
ボクは川を流されている。
息ができなくて死んで、生き返っては死んでを繰り返しながら、グシャグシャになった手足が再生していく。
やがて陸地に打ち上げられた。
真っ暗でなにも見えない。いや、聖女なら魔法で明かりくらい出せるはず。試してみたら光の玉が浮かび上がり、淡い光で周囲を照らしてくれた。
洞窟だ。
どこかのダンジョンに流れ着いたのかもしれない。
ボクは前世と、この世界で過ごした十年間の記憶を照らし合わせる。
この世界は、死ぬ直前にプレイしていたゲームと似ていた。
あのゲームは序盤の難易度が低くて、レベル1で死ぬのは逆に難しい。
それを逆手にとって、裏技が仕込まれていた。
レベル1のまま戦闘中に殺されると、一度だけキャラクター作成をやり直せるのだ。
しかも最初に作ったキャラクターの特性を引き継いで。
高いところから落ちて死ぬとかは駄目で、戦闘中に殺されるのが発動トリガー。
ボクは洞窟を歩き、モンスターと遭遇しても抵抗せず、大人しく食い殺された。
【レベル1での敗北を確認。救済措置を発動】
よし。ゲームのと似たような画面が頭の中に浮かんできた。
まずは性別を男に変更する。
顔は……このままにしておこう。殺したはずのボクが復讐に現れてこそ、あの三人に恐怖を与えられるんだ。ただじゃ殺さない。
それに少女と見紛う金髪碧眼の美少年として生きていくのも悪くない。
これで決定。
――あなたの第一特性は『死霊術師』です――
――第二特性は『無制限アイテム収納』です――
文字が空中に描き出された。
ゲームでも、特性が二つもらえるかはランダムだった。大抵は一つだ。
だから強い特性を二つ持つキャラが出てくるまでコンテニューを繰り返す、いわゆるリセラマという行為をしてから始めるとプレイが楽になる。
ボクが最初に得た『聖女』は、強力な回復力を持つ、最強クラスの特性だ。ただし女性キャラしか会得できない。
だけど裏技を使えば、こうやって男キャラに聖女の特性を持っていくことができるのだ。
プレイし直すたびに何度もやった裏技だけど、更に特性が二つ追加というのは初めてだ。
合計四つの特性。どれも強力だ。最強の布陣かもしれない。
ゲームではレベル100がカンストだった。
カンスト状態で自分よりレベルが高いモンスターを倒すと、レベル差の分だけステータスポイントというのをもらえる。
例えばレベル101のモンスターを倒すと1ポイント。レベル110のモンスターを倒すと10ポイントという感じに。
カンストしても、ステータスポイントを使えば、もっと強くなれる。というかレベルをカンストさせてからが本番だった。やり込み要素が多いゲームなのだ。
さて。
ここで重要なのはボクの『レベル1固定』という特性だ。これはレベル1でカンスト状態になっているのと同じ判定だ。
だからレベル2のモンスターを倒すだけでステータスポイントをもらえる。
これは凄いことだ。とんでもない勢いで強くなれる。
聖女より遙かに貴重。
オフラインゲームだからこそ出せる、ぶっ壊れ性能である。
歩いているとスライムを発見した。
ゲームだとレベル2のモンスターだった。あれなら今のボクでも……よし、倒せた。
【ステータスポイントを1獲得しました】
頭の中にメッセージが流れる。
ボクは念じることで自分のパラメーターを確認した。
――――
HP:15
MP:30
筋力:3
魔力:10
防御力:5
素早さ:4
――――
これが今のボクの強さだ。
スライムからもらったステータスポイントを筋力に割り振って3から4にする。
そのあと地道にスライムを倒し続けた。
【ステータスポイントを1獲得しました】
【ステータスポイントを1獲得しました】
【ステータスポイントを1獲得しました】
そして数時間後。
脳筋聖女が完成していた。
――――
レベル:1
HP:15
MP:30
筋力:100
魔力:10
防御力:5
素早さ:53
――――
これならもっと強いモンスターを撲殺できる。
ステータスポイントの獲得を加速させ、圧倒的強さを手に入れてから、奴ら三人に復讐するのだ。
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