第17話 猫吸い in the ダンジョン
空間の歪をくぐった先にあったのは、陰鬱な雰囲気を醸し出した洞窟の中だった。
先ほどまで街の全貌を見渡せるくらいに高く、開けた場所にいたというのに、急転直下と言わんばかりに一気に周囲を取り巻く環境が変化した。
初めて体験したけれど、これがダンジョンというものなのだろう。
“異界迷宮”なんて呼ばれているくらいだ、根本的にあっちの世界とこっちの世界とで別物になっているのである。
「なんだか緊張してくるな…コテツ」
ケージの中の愛猫に語り掛ける。
珍しく丸まっておらず、向こうへと続く…が、先の見えない一本道をじっと見つめていた。
やっぱりコテツも先が気になるか。
この籠の中に窮屈にさせるのもアレだし…それに、俺の生命線はコテツだからな、外に出してやろう。
「いざって時のために外に出すけど…、大人しくしてるんだぞ」
ケージを開けて、わが愛猫を開放する。
「ニャァ」
リン、という軽快な鈴の音となんとも可愛らしい鳴き声が陰鬱な洞窟内に響いた。
もはや、これで悪い虫は浄化されたのではないかとさえ思われる。
コテツはしゅるりとしなやかな動きで俺の肩まで登る。
羽織ってきたパーカーのフードに身を預け、手を俺の肩にちょこんと乗せて「定位置についたぜ」と言わんばかりに「ニャぉ」と一鳴きした。
か、かわいいいぃぃ!!!
肩乗り猫…超夢だったんだよなァ!!
内心テンションぶち上がりになりながらも、コテツを振り落とさないようゆっくりと俺は歩みを進めた。
俺たちがやってきたのは、日本でも指折りに大きなダンジョン「関東岩窟ダンジョン」である。
その名の通り、関東地方に入り口となる裂けめが多く点在しており、その分ダンジョン自体もかなり範囲が広い。関東地方全域よりも広いだなんて推定されたりもしている。
そんな広大さを誇る割には難易度自体はかなりの初心者向けらしく、下層までいかなければ特別危ないということはないらしい。
とはいえこんな薄暗いところを歩くというのは、やはり心細いというものだ。
「コテツ…、なんか怖くないか…?」
「ニャア?」
何言ってんだお前、みたいな声色でコテツは鳴いた。
不良事件の時もそうだけど、コテツって図太いよな…。
野良猫歴がものを言っているのだろうか。
なんて他愛もない会話をしていると。
────ザッ
何か、地面を踏みしめるような音がした。
「うわああああ!!なんだ、何?!ヤんのかコラァ…っ!!?」
神経を極限まで使っていたためにそんな微細な物音でも俺は絶叫してしまうのだった。
目を白黒させながら素人なりのファイティングポーズを取り、その暗闇にいる存在を迎え撃とうとする。
そんな間に、目の前の謎の生物が正体を現した。
「ギェッ!!」
「ギィギィ!!」
いったいどこで発生しているのかわからない、子供のような甲高い声を出しながら奴らは現れる。
薄汚い緑色の肌。
とんがった鼻と濁り黄ばんでいる丸っこい眼玉。
図体は声の通りというか、小学生程度の身長であり、あばらが浮き出るようにやせ細っている。
俺でも知っている。
こいつは…
「……ゴブリン」
いつか興味本位で読んだダンジョン図鑑とやらにも載っていた…最弱モンスター筆頭。とはいえ群れたら厄介なのだという話も耳にする。
そして目の前のゴブリンは二人組。
片方はなまくらも良いところと言う具合に刃こぼれしたナイフ、もう片方は打製石器ももう少し工夫を凝らしているだろうと思うくらいな石のこん棒。
貧相な装備だ。
「よぉし…コテツ、デビュー戦だぞっ!」
俺は肩に乗っかるコテツを抱きかかえ、目の前で視線を合わせた。
そして、グルグルと威嚇するゴブリンの眼前で、コテツのもっふもふボディで顔を埋める。
「っすぅぅぅ~~~~~」
う~ん、エレガンス!グラマラス!
肺の中に天にも昇るようなコテツの
ぽかぽかと胸の奥のほうがあったかくなり、わずかな高揚感を覚えた。
ひとしきり楽しんだところで、名残惜しいところではあるが顔を離した。
コテツは何してんの?みたいな眼差しを向けていた。
お前の愛を目いっぱい感じてたところだぜっ。
…そして同時に、臨戦態勢に入ったところだ。
「これで強化されてるのかな」
手をぐーぱーさせても何かを感じるわけではないが、しかし以前までを見るにちゃんとパワーアップしているのだろう。
「よし、コテツ。見ててくれ」
巻き込んでしまわぬようそっとコテツを後ろへと控えさせてやり、俺は目の前のゴブリンとメンチを切り合う。
「まずは手始めに……拳を喰らえっ!」
うおおお、と拳を固め、目の前のゴブリンへと向かって全力で振りぬく。
気分はバトル漫画だが、見てくれは正直ショボいのだろう。
…しかし。
その後、到底ショボいとは言わせない現象が巻き起こった。
─────ズガアアアアアアアアン!!!!!!!
まるで掘削音のような、豪快でけたたましい爆音が轟いた。
チリというか、砂煙が辺りで巻き起こり、激しい突風がこの狭い一本道に吹きぬく。
わ、わぁ。
やばいことなってる…?
なんて他人事のように思えてしまうが、砂煙と突風が収まった後。
そこにはちゃんと俺を取り巻く現実があった。
拳を振りぬいた跡地に、ゴブリンの気配も跡形もない。
目の前にあるのは、大いにえぐり取られ、もはやトンネルのように広くなった一本道だけだった。
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