UNO!

神崎諒

UNO!1

 最近のガチャガチャは、よく出来ている。


 大石和也おおいしかずやは地元の家電量販店に来ていた。

 といっても、何かの用事があったわけではない。

 最寄り駅を出て、隣町の市役所で転出届を提出し、そのまま駅へ戻るはずだった。だが、気づけば立ち寄っていた。

 今春から始まる遠方での新生活の前に、今一度、店の様子を目に焼きつけておきたい、そんな思いもあったのかもしれない。

 


 大石にとって、家電を買うと言えば幼い頃からこの店だった。

 小学二年生のときに初めて電子辞書を買ったのも、高校一年生になって課題提出のために必要になった自分のパソコンとプリンターを初めて買ったのも、おしゃれに興味をもってから眉シェーバーを買ったのも、幼稚園児のときに気分が悪くなって壮大に一階の床を汚して、たくさんの店員さんに迷惑をかけたのも、全てこの店だ。

 

 おそらく誰にでも、ふとした瞬間に訪れたくなる場所がある。 

 その場所に行けば思い出す、くすぐったくなるような思い出の数々を、無性に彷彿ほうふつとさせたくなるときがある。

 そんな思い出と唯一繋がることのできる場所が、ここだった。


 この店の三階には、おもちゃ売り場がある。

 他の売り場に負けず劣らずの広さだ。その一番奥にあるのが、ゲームコーナーとガチャガチャ売り場だった。

 大石はこのガチャガチャ売り場に来ていた。

 陳列されたガチャガチャの台を眺めていて、思った。


 最近のガチャガチャはよく出来ている、と。

 

 お菓子の袋をポーチにしたものや、録音・再生ができるミニカセットテープ、旅行ガイドの豆本など、挙げだしたら、きりがない。

 自分が幼かった頃のガチャガチャと言えば、アニメキャラのキーホルダーと、押したらセリフや動物の鳴き声などの音が鳴るやつぐらいしかなかったと思う。

 ポケットに手を突っ込みながら、特に探しものがあるわけでもなく、ぼんやりと一列に並ぶ台を流し見ていたとき、ある一台の前で、足が止まった。

 UNOカードをミニサイズにしたものだ。

 発売当初のデザインから最新のものまで、ラインナップは様々だった。

  

 UNO……か。


 じんわりと熱い記憶がよみがえってきた。

 ……なぜ、忘れていた。

 大石はあの頃に起きた出来事を思い出そうとした。

 



 ――――六年前


「和也、今日も伯母さんのお弁当?」

 隣席の広瀬真ひろせしんは大石の弁当箱をのぞきこんだ。

 大石は広瀬の相手をせずに卵焼きを口に運んだ。

「愛情、こもってるよねえ。毎日欠かさず用意してくれるんだから」

 そういいながら広瀬は一階の売店で買った菓子パンの袋をあけた。

「毎日健康的な食事でうらやましいよ。うちなんて、オカン『ごめん、今日も学食でお願い』って家飛び出してったからさぁ。金だけ置いていかれても、まぁ自由といえばそうなんだけど……」

 広瀬のタラレバを深夜ラジオのように聞き流しながら、大石は窓の外を見た。

 校庭の木々は深緑が進み、空にはもっこりした積雲が小山のように浮かんでいる。


 大石にとって広瀬のタラレバはただの皮肉だ。十二歳で母親を亡くすことと、自分の健康を害すること、どちらを取るか、といわれれば間違いなく後者を選ぶだろう、と大石は思う。

 母子家庭だったため、母親を亡くしてからは親戚の家で暮らし始めた。早五年になる。なんとなく人付き合いが悪くなったのも、母を亡くしてからだと思う。

 広瀬と大石は小学校で初めて知り合った。他県から転校してきた広瀬に大石から話しかけたのがきっかけだった。話をしてみると趣味のトレカやバスケ観戦(大石は地元のセカンドヴァリナーズ、広瀬はルドルグが一番の応援チームだった)が見事に一致していたことから意気投合した。いつからか、大石は真のことを『広瀬』と名字で呼ぶようになっていた。おそらく、それも親戚の家に預けられてからなんだろう。大石はそう考えていた。

「いただきっ」

「あ、おい」

 広瀬は大石の弁当箱に残っていた、から揚げをひとつつまんだ。 

「おまえ、昔から、だろ? そこが良いとこなんだよな、うま」

「広瀬、おまえ……」

「なぁ、真で良いって」

 大石はため息をつき、残りの白米を口に詰めた。


 放課後、大石は号令を終えて教室を出ようとした。そこへ他クラスからやって来た文化委員の山口詩織が声をかけた。

「大石君、文化祭のUNO選抜対抗戦、出るでしょ? これ注意事項まとめた用紙なんだけど、渡しておくね。大石君、昨日の集まりに来なかったから……」

 山口は一枚のピラを渡そうとするが、大石は受け取ろうとしない。

「出ないですよ。誰かの間違いじゃないですか」

「ええ、でも……」

 山口はインデックスラベルできれいに整理されたファイルから出場者名簿の用紙を取り出して大石に見せた。

「ここに名前書いてあるから、てっきり出るものだと思って。これ、大石君が書いたんだよね?」

 そこには確かに『クラス代表:二年A組 大石和也』とある。だが、大石の字ではない。

「これ、俺の字じゃないな……」

 山口は、ええ!? と驚いた。

「もう、決まっちゃったんだよね、昨日の放課後に最終確認があって、そこで名簿に問題がなければ、当日のルール確認と注意事項の説明がされてて、そのための集まりだったんだけど……。担任の先生から呼び出しなかったかな……」

 そういえば、と大石は昨日のホームルームを思い出した。担任が俺の名前を呼んでいたような、いなかったような……。

 教卓前に立つ広瀬が大石の目に入った。広瀬は顔の横で親指を立てながらニンマリしている。

「あいつ……」

 大石はつぶやいた。

「えっと、大石君、出るってことで?」

「悪いんですけど、それ書いたの、うちのクラスの広瀬なんで。広瀬が代理で参加します。俺は出ません、本当にごめんなさいですけど」

 山口が大石の返答にたじろいでいると、広瀬が飛んで来た。

「うーん、どれどれ……」

 広瀬はわざとらしく、名簿を舐めるように見まわした。

「そうですね……これは、ボクの字ではなく、確かに大石和也クンの字で間違いありません。彼はおそらく、とぼけているのでしょう」

 どっちが、とぼけているのか、と大石は思った。

 あごに手をそえる広瀬が、大石には憎たらしく見える。

 広瀬の返答に、山口の表情が少し明るくなった。

「出場して優勝すれば、豪華賞品も出るんです! 参加賞でもシャーペン一本もらえるので、出るだけ出てみませんか?」

 大石はため息をついた。

「今からの変更は難しいんですよね?」

 大石の問いかけに、山口は大きくうなずいた。

「わかったよ。とりあえず、参加だけする。参加して、カード握って、シャーペンもらえばいいんだろ?」

 山口は、ほっとした様子で再び用紙を大石に差し出した。

「じゃあ、頑張ってくださいね、大石君」

 山口が差し出す用紙を広瀬が受け取り、広瀬が用紙を大石に差し出す。

「頑張ってくださいね、大石クン!」

 大石は用紙を、勢いよくうばった。

 

 山口が去ってから、広瀬がいった。

「和也も、もうちょっと愛想よくできればねぇ」

「誰のせいだと思ってんだよ」

 広瀬は、ふん、と鼻で笑った。

「和也がおとなしく昨日の集会、行かなかったのが悪いんだろ? ま、観念することだな」 

「行かないのわかって、やってんだろ」

 大石は用紙をバッグに突っこもうとしたが、思い出したように用紙を見た。

 一番下に色付けされた大文字でこう書かれてある。

『賞品:参加者全員にシャーペン一本(選べません)、優勝者一名に〈うまし棒30本入り詰め合わせ〉を差し上げます!』


 豪華賞品……なのか?

 賞品欄の上にはこう書かれていた。

『出場者一覧︰

 二年A組 大石和也おおいしかずや 二年B組 如月七海きさらぎななみ 

 二年C組 上代美羽かみしろみう 二年D組 村井小康むらいしょうこう

 それを見て、大石には気になることがあった。

 自分のを感じるほどの気がかりだった。



 ◇



 真夏の体育館はカーテンが閉め切られて暗がりだ。熱気がこもっていて、うちわをあおいでも扇風機を回しても生まれるのは、ぬるま風ばかりになる。黙っているだけでも、汗が頬をつたう。

 全校生徒が見守る中、壇上に四人のプレイヤーが集まっていた。

 大石和也、如月七海、上代美羽、村井小康。四人は一つの机を囲んで手札七枚を持つ。

 四人に降り注ぐスポットライトのまばゆい光が、きれいな逆光をうんでいた。

 大石のカードを握る手とスポットライトを背にする身体から、じんわり汗がにじむ。

「続いては、クラス対抗UNO対戦です。初めに本大会におけるUNOのルールを説明します」

 壇上で司会を務める文化委員長がいった。マイクを片手に手もとの用紙を読み上げる。

「最初の手札は七枚、プレイヤーは各ターンに一枚ずつカードを出していきます。場に出せるカードは、場のカードと数字か記号、色が同じカード、またはワイルド系カードかドロー4のみ。カードが出せない場合は一枚ドローして、それでも出せるカードがない場合は次の人にターンが移ります。残り手札が一枚で、そのうちの一枚を捨てるとき「UNO!」を宣言しなければ、ペナルティで二枚ドローとなります。ただし、他のプレイヤーに指摘されなければそのままゲーム続行となります。最後に残っている一枚が数字以外の特殊カードの場合もペナルティとして二枚ドローしなければなりません。これらのルールに加えて、本大会では以下のルールを採用します……」

 大石の正面には村井がいた。村井は大石のほうを見ずに机上の山札を見つめていた。大石には、その在り様がどこか物憂げに見えた。

「本大会では、『同じ数字や記号を複数枚持っていても、必ず一枚ずつ出さなければならない』『ドロー2カードを使われたとき、次の人はドロー2やドロー4を持っていれば、カードの効果を重ねて次の人に渡せられる』『ドロー4に重ねられるのはドロー4のみ』とします。また、通常のカードに加えて本大会では、白いワイルド二枚と、日本人のカガミハルヤさんが考案したシャッフルワイルド一枚を使用します。白いワイルドはプレイヤーが場に出すときに、その効果を説明するものとします。効果の設定はカードを出すプレイヤーの自由です。プレイヤー全員の同意が得られれば、その効果を適用します。このカードを出す人が好きな色を宣言して、それ以降のプレイヤーはカードの効果と宣言された色に従って下さい。シャッフルワイルドは、カードを出した人が全員のカードを集めてシャッフルします。自分の次の番の人から順に一枚ずつカードを配って下さい。カードを出した人が好きな色を宣言し、次の人にターンが移ります。これらのカードは場がどのカードであっても出すことが出来ます。山札に含めるカードの枚数はワイルドカードとワイルドドロー4が六枚、その他は通常通りとなります。対戦は時間の都合上、一回のみとし、一番最初に手札をゼロ枚にしたプレイヤーの優勝とします」

 じゃんけんの結果、順は、大石、上代、如月、村井、となった。

 説明を終えた文化委員長が山札をめくった。最初の場のカードは『青3』だ。

「それでは、クラス対抗UNO対戦、スタートです」

 文化委員長のかけ声に続き、逆光の向こうから大きな声援が響き渡った。

 大石は改めて自分の手札を見た。手札は、赤5、青7、黄2、緑9、赤ドロー2、青スキップ、ワイルドカード。大石は、青7を出した。

 続けて、上代が青9、如月が青1、村井が青4を出した。

 大石は青スキップを出して、上代をとばした。

 如月は青2を出し、村井は場にカードを出さずに山札から一枚引いてターンを終えた。

 大石はワイルドを出した。村井が一枚引いたということは、おそらく今、村井の手札に青はない。ここであえて青を選んでもいいが、自分の手札にも青はないのだから、青以外のほうが無難だろう。一応、大石は村井の表情を確認したが、村井はポーカーフェイスを決めこんでいる。


「……いいか、和也のためじゃないぞ。俺のためだ」

 大石の記憶のなかで広瀬はいった。

「自分のためじゃなくて、俺のために優勝してこい、いいな」

 放課後のだれもいない教室に大石と広瀬だけがいた。

「だったら、なおさら自分で参加すればいいだろ」

「それじゃあ意味ないだろ。和也が参加することに意味があるんだから」

 は~あ? と大石は広瀬を見たが、広瀬は落書きのような変顔をしていてまともに大石を見ていなかった。

「で、なんだよ。なんでそんなに優勝にこだわるんだ?」

 広瀬は自分の席に片脚を乗せてキメ顔をした。

「うまし棒さ。てりやき味とから揚げ味は、俺のだ」


 ……大石は『赤』を宣言した。

 上代は赤3を出し、如月は赤リバースを出した。順が逆になったが、上代がすかさず黄リバースを出して順をもとに戻した。如月は黄7を出し、村井は黄3を出した。

 大石は黄2を出し、上代は黄4を出した。如月は赤4を出し、ここで初めてワイルド以外で場の色が変わった。村井は赤3を出した。

 大石は思った。ここで赤ドロー2を出してもいいが、まだ盤面に一度もドロー4が出ていない。最初のルール説明でドロー4は六枚あるといっていた。この通常の山札の枚数とプレイ人数から考えて、まず間違いなく誰かはドロー4を持っている。ドロー2にドロー4は重ねられるから、最悪、ドロー4で自分に番が回ってきてしまう可能性もある。大石は赤5を出した。残り二枚、次が『UNO!』だ。

 上代は黄5を出した。確か、さっきも上代は赤リバースを黄リバースにしていた。もしかすると上代は赤を持っていないのかもしれない。大石はそう考えて上代を見た。だが上代の表情は何一つ変わりなく、額に汗すらかいていなかった。上代の手札も残り二枚だ。

 如月はドロー4を出して、『緑』を宣言した。

 やっぱり、と大石は思った。如月はドロー4を持っていた。だが、問題は、ここで村井がチャレンジをするか、だ。

「おっと、本大会で初めてドロー4が出ました! ここで村井選手はチャレンジを選択できます」

 文化委員長がいった。

「チャレンジを宣言して如月選手が黄色のカードを持っていれば、成功。如月選手が代わりにカードを四枚ドローして、ターンが村井選手に移ります。もし失敗すれば、村井選手は六枚ドローして大石選手にターンが移ります」

 如月は「UNO!」を宣言した。

「村井選手がここでチャレンジをしなければ、次のターンで如月選手は、あがってしまいます」

 客席に座る如月のクラスメイトが歓声を上げた。場内の応援にも力が入った。

 村井は、うつむき加減だった。

「ふん、別にそんなんじゃないよ」

 村井はそうつぶやいて山札から四枚ドローした。  

「村井選手はドローを選択しました。場が『緑』の状態でターンは大石選手に移ります」 

 大石は緑9を出して「UNO!」を宣言した。

 続いて上代は緑ドロー2を出して「UNO!」を宣言した。如月は二枚ドローした。 

 今の上代の判断は鋭い、と大石は思う。ルール上、最後まで特殊カードは取っておけないうえに、如月は残り一枚、つまり手の内にあるのは必ず数字カードと推察できる。上代は絶対にカードを引かせられる、と判断してドロー2を切ったのだ。加えて、自分の特殊カードも捨てられる、一石二鳥なわけだ。

 次は村井だ。

「大石、僕のこと避けてるよね」

 村井は顔を上げて大石にいった。

 突然のことに、大石は戸惑った。

「大石に何があったのかは知ってるよ。でも、だからってさ」

 大石の頬から汗が一滴、つたった。

 村井はドロー4を出して『赤』を宣言した。


 自分には二つの選択肢がある、と大石は思った。 一つ目は村井を信じて四枚カードを引くこと。二つ目はチャレンジをすること。村井が嘘をついていれば村井が四枚カードを引くことになる。そうしたら、自分は次のターンでカードを一枚引きターンを終える。今、自分の手札は赤ドロー2。いずれにしてもカードは引くことになる。

 大石の背にスポットライトがあたる加減で、大石には正面の村井が薄暗く見えた。


 ――別にそんなんじゃないよ。

 大石の脳裡のうりにさっきの村井の台詞せりふがよみがえった。

 この大会が行われる二週間ほど前、ある日の放課後に村井が不審な動きをしているところを大石は目撃していた。おそらく村井にはなにかのたくらみがある。だから初めて用紙を見たときに気がかりだった。そこの出場者に『村井』の名前があったからだ。それとも他になにか狙いがあるのだろうか。自分でも如月でもないとなれば、残りは上代になる。村井と上代に一体なんの関係があるのか。それまで、学内のゴシップなどは一切気にとめず、単独行動を貫いてきた大石には、二人の関係性どころか、校内の友人関係などは到底わからなかった。

  

 大石は「チャレンジ」を宣言した。

 客席が少しどよめいたが、大石は気にしなかった。

 司会が村井の後ろにまわっていった。

「今、手札を確認しました。結果、大石選手、チャレンジ失敗。カードを六枚ドローしてスキップとなります」

 大石は唇を噛んだ。

 残り手札、上代一枚、如月三枚、村井七枚、大石七枚。

「続いて、場が『赤』の状態でターンは上代選手に移ります」







  









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