#13

 耳鳴りさえ聞こえそうなほど動転した僕は、ラブラドライトに込めた愚かな願いを思い出しては、それすらも飲み込む様な結婚式場の白さに感覚を連れ戻される。


 ただひたすら呆然と祭壇を眺める僕は甘美なメロディの讃美歌も、牧師の有難い御高説も上の空だった。


「貴方は彼女を妻とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも──妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

「はい、誓います!」


 牧師の問いかけに素早く答えた新郎は、誇らしげにお前の横顔を見て微笑む。


「……あなたは彼を夫とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも──夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

「……はい……誓います」


 その声は重く、僕が聞いた中で一番影の差した言葉だった。


「……新郎新婦、指輪交換を」


 誓いを立てた夫婦のどちらかの身内であろう少年が両手で支える小ぶりのクッションには、二つの指輪が鋭く輝く。


 お互いがお互いの手を取って薬指に通した瞬間、僕の内心は絶望感の一色で染められる。


 ──もう二度と取ることを許されないお前の手は、少し前までずっと近くにあったのに。


 物欲しげに見つめるその空間には、確かに男がいた。


 本来なら其処は僕がいる筈の場所で、彼女と笑うのも、惚気るのも僕の役目だった。

 少し恥じらうお前を見て、鼻の下を伸ばすのは僕の番だった筈なのに──。


「それでは、誓いのキスを……!」


 女々しい泣き言を心の中で繰り返す僕は、一番の見せ場であろうベールアップとウエディングキスを直視する事ができなかった。


 それは自分のものだった女が取られたからでも、男に嫉妬するからでも無い。ただひたすら、これまでの全てが痛みとなって僕に毒牙を剥いて襲い掛かる。


 ──もう……もう分かってるんだよ。


 つい最近まで付き合ってて、会社でも自宅でもお互いがそこにいる事が当たり前だった僕らは、表情のひとつ、声色ひとつ、仕草ひとつで何を考えてるかなんて、痛いぐらいに分かるんだってば……。


「神の御前にて誓うこの契りにて、只今お二人の結婚が成立しました」


 牧師の言葉に酷く眩暈がする。


 苦し紛れに握りしめたイヤリングは、僕を嘲笑するみたいに遊色を見せびらかした。


 本当に暴虐だ。

 これはあまりにも酷い処刑と言っても過言では無い。

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