第二話 そこにおはしますは!!
「無表情で地面指さしてんの、シュールでウケんだけど。あ、もしかして修行ってやつ? やば!」
かがんだ格好で笑う少女と目を合わせたまま、私は応答の言葉を考える。
少女は黒いダウンジャケットを着て、
ひよこを連想させる金髪。目元が印象的なのは化粧のためか。
「そうでゴザル~。目指せ
と、親しみやすいウェルカムな雰囲気で返すか。釣られたと後から
「止めはしませんが、
紺色のハイソックスを履いた両脚の隙間に視線がいく! だめだ! 下着を覗き見るなどという行為はモラルに反している。見られたと誤解されれば、後が厄介だ。
第一、私は女子高生は趣味ではない。もっと熟した、人妻あたりが艶っぽく感じる傾向に……待て待て、私は何を考えているのだ!
「ちょっとぉー、お坊さん! 聞いてる? スキンヘッドだから声かけちゃったけど、あんた、ここの人だよね?」
「……はい。本日はどのような御用事で?」
なんとか無難な応答をする。少女が立ち上がるので、私も腰を上げる。
住職は先ほど、奥方と出かけて行った。遠方で開催される講習会への参加を口実にした旅行である。今、寺には私ひとりしかいない。住職の命令に反省時間の指定はなかった。この場合、訪問者の対応をするのが優先だろう。
「アイね、
「さようでございますか。はい、喜んで」
仏門を叩きに来たわけではなかった。よかった。危険度が下がって私は落ち着きを取り戻し、ちょうどいい感じの微笑をつくる余裕さえ生まれた。
お
立ってみると、少女の方が頭ひとつ分ほど背が低かった。それでもすらりと伸びる脚は長く、今にも踊りだしそうな軽やかさだ。
「あ」
歩きだすも、少女が声を上げるので立ち止まる。振り返り見ると、少女は落ちていた
「はいっ」
椿の乗った両手を私に差しだしてくる。何がしたいのだろう。同じように両手をおわんの形にして構えると、少女はそこに椿をそっと乗せた。そして私を見て、満足そうに目を細め、ニッ、と歯を見せた。
ややキツネ目で、一見するとわがままそうな顔立ちだが、笑うとなんと可愛らしいことか。まるで
――いかん! また
入ってくる情報を
開きかけの花がひとつ、濃い、濡れたような緑の葉のなかにあった。今、気づいた。その
私の視線はうっかり、少女に戻る。薄紅色の唇と、みずみずしい頬。
同じだと、思った。
○○○
「よろしいか? アイ殿」
「う、うん。気合は十分だよ!」
ゴクリと喉を鳴らすアイ。なにせ、
形式めいた、儀式的なものは苦手らしい。
しかしそこに、確かに存在する
このアイという娘、なかなかに興味深い。貴重な対人データとなりそうである。
――まぁ、数日後にはデータなど、私ごと抹消されるのかもしれないが。
「そんで!? どうすればいいの、お坊さん!!」
「落ち着くのです。呼吸を止めて一秒……ん? 失敬、呼吸をゆっくりとして、気持ちを穏やかに」
「すぅー、すぅー。オッケイ!」
「よろしい。では、まず一礼」
目の前に
身を起こすと、遅れてアイが頭を上げた。
「次にお
アイは、待ってと言って、ぱんぱんになった
「えっと、何円だとエンギがいいんだっけ?」
「十円硬貨と一円でいいご縁、四十五円で終始いいご縁、などといわれますね」
「やば! 百円玉と七十円だよ! 多いぶんにはいいよねっ? お釣りはいらないですっ!!」
アイの放った硬貨四枚は、たいして音もたてずにお賽銭箱の底へと消えた。行き先を案じるように
「アイ殿、手を合わせて。
はっ、と我に返り、両手を合わせるアイ。自然と目を閉じている。
「仏様に、感謝の気持ちをこめてご挨拶を」
「いつも、ありがとうございます……っ!」
なぜかひそひそ声になるアイ。ここは声にださなくていいのだが。
「では最後に、一礼を」
最初の一礼よりキレのある動きで腰を折るアイ。ふむ、成長が早い。
「見事。これで参拝は終わりです」
ぷはっ、と顔をあげるアイに、私はほほ笑みかける。
アイも何か手ごたえがあったと見え、うんとうなずく。
二人で三段ある階段をゆっくりと下り、並んで歩きだす。
歩調が合う。まるで長い時を共に過ごしたかのように。
「ねぇ……」
吐息交じりに、アイが唇を開いた。
私は穏やかな顔を向ける。真っすぐに私を見る、アイの瞳。
「ねぇ。お願い事、してなくない?」
沈黙が、流れた。
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