AI坊主とギャルのご縁~煩悩によるエラーが生じました~

やなぎ まんてん

第一話  僧侶菩伴、やらかす

 人は死んだらどうなるか。

 心臓は止まり、からだは滅びる。

 では魂は?

 仏教でも諸説しょせつあるが、未熟な魂は輪廻りんねを繰り返し、生の苦を味わうという。

 二十一世紀も中頃の今日。真実はいまだ、誰にもわからない。

 

「うふふ、菩伴ぼはんさん、やっぱりいい声ねぇ~」


「あのうれいを含んだ表情もたまらないわよねぇ。泣きぼくろがセクシーだわぁ」


 住職の後ろできょうをあげる私の耳に、ささやきが聞こえてくる。

 今は葬儀中。新年を迎えて二週間ほど経つが、既に五件目のお呼ばれである。黄色い声は式場の後方、喪服を召した中年女性たちのものだ。私は聴覚に優れている。この声は寺の近隣に住む田中さんと南さんだ。

 菩伴ぼはんとは、住職につけてもらった私の法名――僧侶としての名前である。


「菩伴、今日もいい仕事だった。日本人の仏教離れが進むなか、これだけ葬儀に呼ばれるのはお前のおかげだよ。二十代のイケメンに仕上げてもらって正解だったな! はっはっは」


 紫の法衣に身を包んだ住職が私の肩をばしばしと叩いて笑う。中年ならではの手加減のなさである。衝撃で視界にノイズが走るがこの程度なら問題はない。

 私はアンドロイドロボット。私の役割は飾りである。


 都内の繁華街、その奥に広がる住宅地のなかにある悦明寺えつめいでらが私の居場所だ。

 あらゆる宗派の知識を学んである私は、あくまで僧侶として過ごさなければならない。一に掃除、二に勤行、三に学問、これを日課としている。


『菩伴、お前の掃除の手際の良さはたいしたもんだよ! まるでからだで覚えてるみたいだ。そんなわけないだろうがなぁ』


 以前住職にこうめられたことがある。

 人との対話より、私は掃除が得意なのだ。今日も、葬儀から戻ってきて時間通りに、完ぺきに掃除を終わらせた。


「おい! 菩伴!!」


 しかし、ピカピカに磨きあげた床を歩いてくる住職は喜んでいるわけではないようだった。その寄った眉根と声色から判断するに――怒っている。丸顔が真っ赤だ。


「菩伴! これはどういうことだ!」


 住職が突きつけてきた拳。その手首に巻かれた腕時計から浮かび上がる空中ディスプレイ。見るとSNSのトゥイッターの画面であった。

 表示されているのは『菩伴@悦明寺~日常をつぶやくよ~』のプロフィール。一昨日、住職の指示で私が作成したアカウントである。昨日の時点でフォロワーは千人近くにまで達していたはずなのだが、表示にはゼロとある。


「お前! 凍結されてるじゃないか! いったい何をした!?」


和尚おしょう、この状況はまだ凍結ではありません。警告の段階です」


「同じようなもんだ! 寺のイメージアップのためにお前に任せたのだぞ! 悪事を働いたと証明してるも同然だろうが! 答えよ、何をした!」


「絵師たちの破廉恥ハレンチイラストをイイね、リツイートしまくりました」


 開きかけた口を金魚のように動かす住職。典型的な動揺を現す仕草であるが、実際に目にしたのは初めてだ。

 住職は鼻腔を広げ大きく息を吸うと、ビシィッと私を指さした。


「外で降魔印ごうまいんでもむすんでいろ!!!!」




 降魔印ごうまいん――それは手の指で形をつくることで釈迦如来しゃかにょらいの意思を伝える印相いんそうのひとつである。右手の人差し指で大地に触れるのが降魔印。意味としては悟りを妨げる妄想に対して、誘惑に負けないように大地の神に念じるというものだ。


 土を求め、境内けいだいにある木々の下で私は腰を下ろした。右足の甲を左のももに乗せ、左足をその上から右腿に乗せる座法をとる。一月の気温では大地も風も冷たかろうが、私は温度を感じない。簡素な作務衣さむえ一枚の姿でも、残念ながら苦にはならないのだ。


『菩伴の奴、いったいどういう不具合だ? せっかく色々学習させたが、こりゃあ一度、記憶データを全消去しなきゃならんか』


『もしかして初期不良品だったんじゃないかしら。高くついたのにねぇ』


 先ほど耳にした、住職と奥方の会話がよみがえる。

 このままでは最悪廃棄処理か、よくてリセットであろう。菩伴というプログラムは消えることになる。


 ――しかし私はなぜ、あのような行動をとったのだろうか。


 黒く湿った大地を人差し指で触れながら、己の行動を振り返る。

 センシティブ表示のあるイラストや、成人向けの漫画、ノベルの宣伝を爆速で拡散し続けたのである――この、人差し指が。


 プログラムである私に無意識状態などあるはずがないのだが。住職のいう通り、どこか問題が生じているのかもしれない。


 ――よっしゃあ、かけた!! ねぇねぇ、見てよ。この、大人の女の肉感どうよ!? あたし、やっぱ腕いいわぁ!


 突如よぎる音声データ。今のはなんであろう? このような声の持ち主は寺にも、ご近所さんにもいないはずだが……。どこかで観た動画だろうか。


 ふと風が吹き、膝元になにか落ちてきた。椿つばきの花だ。そうか、私は椿の木の下にいたのだ。


 ――いさぎよく散るのもよし。この花のように。私は僧侶なのだから。


 行雲流水こううんりゅうすいという言葉がある。じたばたせずに、自然の成り行きに身を任せるべし。花びらの縁が茶色くなった椿を見ながら、すべて受け入れるという結論をだした。

 その時である。


「なにしてんの?」


 突如聞こえた人の声に顔を上げた。

 目の前に、金髪ショートヘアの少女がいた。




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