第3話

 付喪神つくもがみとはそもそも何か。

 世間での一説には100年使われた道具に精霊が宿り、妖怪となって人に悪戯いたずらをすると言われているが真実はそうではありません。付喪神とは、長い間大切に使われた道具に宿るモノである事は間違っていません。ただし、ただの道具ではなく、神に由来する道具にのみ宿る神聖な眷属なのです。

 大切に扱われてきた神聖な道具には意思が宿り、持ち主に幸運をもたらすと言うのが我々陰陽師の通説です。

 ですが、もしそんな神の眷属が妖怪になったら?

 神の力を持った妖怪の神とでも言える存在になる事でしょう。それはきっと、途轍もない力を持ち、人々を襲うことでしょう。


 私達、氏神うじがみ家が墓守としてお墓を守っているのはそういった存在を生まないためとも言えますね。

 最も、付喪神なんて滅多に生まれることもなく、神具もほとんどが遺失いしつしている現在、鈴のお方は相当稀有けうな例でしょうが。


 さて、そんな訳で彼の依頼に対してやる気満々な私ですが、人間、一人で出来ることなんてたかが知れています。妖力持ちの付喪神なんて厄ダネを抱え込むはずも無く、さっさと陰陽連おんみょうれんに連絡です。

 本当は湖夏こなつさんが居てくれれば、何か問題が起こっても安心なんですが、丁度鈴の方が来てから帰ってきていません。


 簡単にどうこう出来る人ではありませんし、偶にこうしてフラッと居なくなる事もありますから、気にすることでもないでしょう。気が向けばそのうちフラッと返ってくることでしょう。


 という訳で陰陽連に連絡すれば早速明日、話をしに来てくださるとか。鈴に関する事件も覚えがあるらしく、想定以上にスムーズに話が進みました。


 『では、明日の13時頃にお伺いいたします』


 「分かりました、よろしくお願いします」


 困った時は大人や組織を頼る。只でさえ狭い業界なのだから、お互いに助け合っていかないと。

 それにしても、あんなに強い力を持った存在を陰陽連は認識していなかったらしいが……そんな杜撰な管理で大丈夫なのだろうか?

 思わず私はそう考えていた。


 なお、13時って学校の時間だと気付いた時は布団に入った時だった。




 翌日、学校に休みの連絡をして、私は屋敷の掃除をしていた。

 特に13時まで大した用事は無く、強いて言うなら11時から開く儀式用の道具屋に連絡をしたいくらいであり、用事と言ってもそれくらいなものである。しかし学校に行くには少し微妙な時間。という訳で、11時までの微妙な時間をやりたいと考えていた掃除にてたという訳だ。


 毎年、年末に大掃除はしているが今は6月、流石にそれなりに広い屋敷は毎日掃除できている訳でも無く、6月にもなれば普段使わない部屋にはそれなりのホコリが溜まっていた。

 初夏で過ごしやすい季節だからこそ、掃除をしていても気持ちよく行えているが、これが後1、2ヵ月先になるだけで汗で気持ち悪くなる中、体力も奪う熱気と共に作業しなければならないかと思うと、今日を選んで正解である。

 廊下は雑巾がけをして、それぞれの個室の障子を開放して空気を入れ替えつつ、こちらも雑巾がけしていく。

 ホコリが溜まっていた部屋が綺麗になり、なんだか気分がよくなってまた次の部屋へと進んで行く。あとはそれの繰り返しで気が付けば全ての個室の掃除が終わり、大部屋にまで取り掛かり始めていた。

 そうこうしていると、あっという間に11時を過ぎていた。


 「もうこんな時間……道具屋に連絡しなきゃ」


 この業界には色々な専門店がある。陰陽師に必要な道具を専門に扱う道具屋、妖怪や封印の作業などで怪我を負った時にお世話になる薬屋、それから死んだ時のお世話をする、私達のような葬儀屋まで。

 私の運営している葬儀屋にも普通の葬具ならあるけれど、今回必要になる道具はあまりにも特殊すぎる。

 今回準備するのは葬式は葬式でも、神様がお隠れになられたときにする神崩儀式しんほうぎしきではなく、神様を見送る時にする神葬儀式しんそうぎしきだ。

 神崩儀式と神葬儀式の違いを簡単にいえば、神崩儀式がいなくなった神を弔う儀式、神葬儀式がこれからいなくなる神の為に、私達は大丈夫だから安心して貰う為の儀式だ。その為、昔は神葬儀式を行う時はこれから先の未来が暗い物ではないと、神様にも安心して貰えるようにお祭りをしていたという。逆に、神崩儀式は神様との別れを受け入れる儀式であり、粛々と行われていたそうだ。


 つまり、今回行うのは神葬儀式という訳で、それ専用の道具を用意しなければならないので、こうして道具屋に依頼する訳です。

 大部屋にまで手を出した所為で、掃除は中途半端な所までで一旦途中で切り上げて、電話を取った。


 『はい、こちら月輪つきのわ道具屋です!今回はどのような依頼でしょうか?』


 「もしもし、お久し振りです、氏神うじがみ家のみさきです。今回は神葬具しんそうぐを依頼したくてお電話させて貰いました」


 今回、お世話になるのは月輪家の道具屋。古くからそれなりに付き合いがあり、電話口にいるのはこの元気が有り余っていると声だけでも分かる元気娘のあかねちゃんだ。私の2歳下で茜ちゃんが小さい頃はよくお世話したりと何かと縁のある子だ。


 『誰かと思えば、岬お姉ちゃん!お姉ちゃんの頼みとあればお任せください!それで、葬具ではなく神葬具……神崩儀式ですか?』


 「いえ、今回は神葬儀式を行う予定です。なので、通常の神葬具だけではなく、峻厳華しゅんげんかもお願いします」


 『峻厳華しゅんげんかですね、分かりました……けど、どうして神葬儀式には峻厳華が必要なんですか?』


 峻厳華というのは、妖怪の持つ妖力、陰陽師が術を使う際に消費する霊力、そのどちらかが良く馴染んだ土地でのみ咲く花だ。未だに霊力、妖力には謎も多く、その力の何が作用して咲いているのかも解明されていない花である。

 このように、沢山の謎はあるが、それらの謎は花の持つ意味を説明するには支障ない。


 「今ではあまり知らない人も多いけれど、そもそも、神葬儀式は神様がお隠れになる時に、これから貴方様がいなくなっても我々はしっかりやっていけると安心して貰う為の儀式なの。そこで、妖力が染みついている、強大な妖怪の住処に咲くことの多い峻厳華を取ってきて、我々はこんなに立派になりましたって成果を誇るの」


 『え?でも、最近の峻厳華は栽培法を確立されて安全な土地でも少しなら咲くから、それが主な生産元だって聞いたけど、それでもいいんですか?』


 「それはそれで、しっかりと土地に霊力が染みついている証だから、修練を頑張っている証明でもあるってさ」


 『それは……なんだか、分かるような、ズルしてるような……複雑な気分です』


 「ふふ、昔の人が考えたことなんて大体そういうモノだよ。とんちが効いてたり、適当に決めたことだったり」


 『なるほど……説明ありがとうございます!』


 「それじゃあ、諸々よろしくね」


 『はい!』


 久しぶりに話したけれど、元気で良い子だったな。

 時計を見ればあっと言う間に時間が進んでおり、時計の針が12時を指していた。昼食を取ったら直ぐに陰陽連の人達が訪問しに来る約束の時間だ。

 陰陽連の人達も茜ちゃんくらい素直な良い子なら良かったんだけど、陰陽連のような組織はそんな人物には務まらない。誰も彼も一癖も二癖もある面倒な人ばかりだ。

 悪い人では無いけれど、私が過去に関わってきた人は良くも悪くも個性的な人物ばかりだった。


 しかし、そんなことよりも、私にはもう一つの問題が差し迫っていた。


 「さて、この後始末はどうしよっか」


 掃除の為に外された大量の障子と半分だけ掃除された大部屋、片付けていない掃除道具を順々に視界に入れ、私は深く溜息をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る