行動

 川に入る人がいないように、河原と道をつなぐような石段はない。どうやって道に出ればよいだろうか。足を引きずりながらも私は河原を歩き続けた。左足は、地面を踏みしめる度に痛む。その感情を消すために、私は湊との思い出を心に浮かべた。



 彼との出会いは、大学一年生の春であった。私は、小さいころから夜空を見上げるのが好きだった。夏の大三角、北斗七星からマイナーなイルカ座まで、数々の星座を見てはロマンを感じていた。夜空を見上げる時の興奮は大学生の時も色褪せなかったので、大学に天文学班があったのを知った時は見学もせずに入ってしまった。その時の班長が湊であった。湊は、そのとき大学四年生であったが、気さくに私に話しかけてくれ、私も自然と湊に心を許した。

 

そんな一年生の秋ごろに天文学班全員で遊園地に行くことになった。全員と言っても、班員は四学年合わせてたった十一人だったので、全員で行くのはそこまで難しい事ではなかった。


 夕方までひとしきり遊び、解散となった後に、湊から呼び出されたのであった。「瑠香と話していて、気が付いたら好きになっていた」そう言って、彼は続け、「付き合ってください」と顔を赤らめた。私も、きっと湊くらい顔が赤くなっていただろう。自分の体温の上昇を感じながら、お願いします、と返した。



 気が付けば、足の痛みを忘れていて、少し頬が緩んだ。前向きな気持ちになり、歩き進めていくと、右のコンクリートの壁に、鉄のはしごがあるのが目に入る。はしごを伝っていけば、道に出ることは可能だろう。はしごを登っていくと柵があるのが見える。しかし、柵はそこまで高くない。頑張れば、私でもまたげそうな柵だった。


 今ならいける。私は、そう思った。湊のおかげで、痛みをやわらげられた気がする。


 深呼吸をしてから、私は手をはしごにかけた。そして同時に右足をはしごにのせる。右足に体重をかけて左足をその上の棒にのせようとしたが、左足がやはり痛む。一段ずつ登っていくのを断念して、私は右足を軸にして少しずつ、確実に登っていくことにした。

 

一段一段登っていくごとに、額の汗が滴り落ちるのを感じる。手のひらも汗ばんできた。そういえば、現在は夏なのであろう、太陽の日差しが私に熱を加える一方だ。死亡前に打った頭が太陽によって再び疼く。


 数ヶ所の痛みに耐えながら、一歩ずつはしごを登っていくと、最後の一段になった。喜びを感じながらも、手を滑らせてしまったらすぐに落ちてしまいそうで、私は気を抜かずに右足から地に降り立った。そして柵に手をかける。


とりあえず、第一関門は抜けることができた。思わず安堵の息を漏らす。しかし、足を置くことが出来る場所は細いため、まだまだ気を抜くことはできない。私は、体勢を整えて柵に体重をかける。そして、ダメージがない右足から地面に降りた。


予想以上につかれていたのだろうか、私は左足が地に着くのを待たずにそのまま道路側に倒れてしまった。この道路には車があまり走らない。不幸中の幸いだったと言えるだろう。そう思ってから、自分で鼻で笑う。なに、車と衝突することを怖がっているのだろうか。もう私は死んだ身なのだ。車と衝突したことでどうってことないのである。


一息ついてから、体を起こした。さっきよりも体が重く感じる。足を軽くたたき活を入れ、私は再び歩き始めた。緊張が少しほぐれたからだろうか、日差しが私の頭を突き刺すのが顕著に感じるようになり、同時に喉の渇きも覚えた。


道なり通りに進んでいくと、公園がある。その公園は私と湊のマンションの近くなので、よく二人で夜風に当たりにその公園に行ったものだ。そこで、少し水分補給でもしようか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る