第3話
翌日の放課後。
今日は何も起こらないよな? と若干警戒しながら校舎を出ると、残念ながら校門の所に奏がいた。門柱に体重を預けて澄ました顔でスマホをいじる彼女は、芸能人のように近寄りがたい雰囲気を纏っていた。
こちらに気づいた彼女はスマホをしまい、くいっと顎をしゃくってから歩きだした。
そのくいっだけで優太朗は体の自由を奪われ、操り人形みたいになった。「ついてこい」という無言の命令に忠実に従って、彼女についていく。
なんでまた呼び出されたんだろう。昨日で終わりじゃなかったのか。これからどこへ連れてかれるんだろう。怖いお兄さんたちの元へ連れてかれたりしないよね!?
心臓を縮ませながら歩いていると、ふと前を行く奏が立ち止まった。
こんな人通りの少ない細い路地で止まるなんて。やはりカツアゲか!?
身構えていると奏がこちらに振り返ってスマホを突き出してきた。
「インスタ教えてよ」
「やってないです」
予想外のことだったので頭が回らず、反射的に答えると、奏の視線が鋭くなった。
「なんで? 教えてよ、付き合ってるんだから」
どうやら勘違いしているようだ。そんなモテる女性がナンバをあしらうみたいなこと優太朗ができるわけないのに。
「い、いや、本当にやってないんです。すみません」
優太朗は慌てて訂正した。なんで彼女のご機嫌を取らないといけないんだという内心とは裏腹に、体は正直で、全身から冷や汗が吹き出ていた。
「あっ、そーなんだ。ごめん、ごめん」
奏は頬を赤らめて首を竦めた。優太朗に謝っているというよりは、自分の早とちりを恥ずかしがっているって感じだった。
『次からは気を付けろよ』
なんて言いたいけど言えないので黙秘する。
「じゃあ他のはやってる? ラインとか」
「い、一応」
「じゃあライン、交換しよ」
彼女は嬉しそうに笑って、長い金髪をふわりと揺らした。
「はい……え、えっと、どうやるんでしたっけ」
「貸して」
素直にスマホを差し出すと、彼女はサササッとなれた様子で友達追加をした。
「ねえ」
スマホを戻す時に彼女はこちらを下から覗き込むようにして尋ねてきた。
「もしかして女の子の友達ってアタシが初めて?」
「いえ別に」
そう思われても仕方がないが、なんと二人もいる。母親と、義理で交換してくれたクラスメイトの女子が一人いる。
「ふーん、そうなんだ」
また彼女の声音が低くなった。
「ま、いいや」
彼女はまた笑顔になった。
「行こっ」
「どこに?」
「どこにって、家にでしょ。学校終わったら帰るに決まってるじゃん。ウケる」
彼女は先を歩きながら、声を上げて笑った。怒ったり笑ったり、怒ったり笑ったり。感情がコロコロ変わって、DV野郎みたいだと思った。
「……」
駅までの道を歩く二人の間には気まずい沈黙が流れていた。
そりゃそうだ。陰キャと陽キャの間に話題なんてない。共通点なんて人間というくらいだ。いや陰キャは人権があるかも怪しい。
「ふあぁ」
奏が口に手をやりながら、あくびをした。そんなに退屈なら僕と一緒に帰らなくてもいいのに。そう思って彼女を見ると、目が合った。
「いや~、今日5時間目体育でさ。それも持久走! 50mならイケるんだけど、長距離は、もう……」
はぁ、と疲労困憊のていで肩を落とし、ため息を吐いた。
「中森はスポーツテストどうだった? いいのあった?」
「全部ダメでした」
「アハハッ
彼女はまた声を上げて笑った。ゲラなのかもしれない。
「まあでも中森は勉強ができるもんね」
できない。
「やっぱ家でも勉強してんの?」
「いえ、まったく」
「ヤバッ、天才じゃん! ニーチェじゃん!」
ニーチェはなんか違う気がする。アインシュタインとかじゃないだろうか。 いや、もしかして優太朗の性格をディスってるのかもしれない。ニーチェみたいなひねくれ野郎だと。ニーチェの性格知らないけど。
「じゃあ暇な時、何してんの? ご趣味は?」
冗談ぽく聞いてくるが、優太朗は真面目な返答しかできない。
「ご趣味は漫画です」
「へぇー! アタシも漫画読むよ。ツーピースとかナトルとか」
「そうなんですね」
「中森は何が好きなの?」
「え、えっと、今なら、殺し上手の若君とかですかね?」
「ほぉ、どんな話?」
「サイコパスの源義経が平家を殺しまくる話です」
「へえー?」
「無関係の坊主も百姓も殺すんですが、そのコミカルな殺しが面白いと話題になってるんです。歴史の勉強になるから小学生にもススメられてて、第二の鬼殺しとも言われいて……」
途中で、サクサク人殺す漫画を嬉々として語るなんてヤバい奴じゃん、と気付いた。明日から学校でのあだ名サイコパス(笑)で確定だ。
恐る恐る奏の様子を窺ってみると、
「面白そう! 読んでみるねっ」
彼女は微笑んでくれた。
天使ッ!!
引かれたと思ったところに優しい微笑み。会心の一撃が胸に突き刺さり吐血した。
いやいやいや、待て待て待て。オタクに優しいギャルを演じてるだけだ。騙されるな。というかサクサク人殺す漫画ですと説明されて面白そうってヤバい奴じゃん。
そう気付くと、いくぶんか心が落ち着いた。深呼吸をして完全に冷静さを取り戻す。
その後も他愛ない話をしながら、というより、彼女が質問して優太朗が答えるという尋問のようなやり取りをしながら、駅まで歩き、電車に乗った。
二駅を過ぎてもうすぐ優太朗の最寄駅に着く頃、奏が言った。
「ってか、名字呼びってよそよそしくない?」
「そうですか?」
嫌な予感がしたので、優太朗はそう思わないけどなあ、といった感じを滲ませる。
「下の名前で呼んで」
優太朗は無力だった。彼女は優太朗の言ったことを無視して提案してきた。
「奏」
湖のような潤んだ瞳に見つめられ、あ、う、とたじろぐ。その一言に有無を言わさない強い意思が込められていて、優太朗は彼女の命令を聞くしかなかった。
「か、奏……さん」
女子を下の名前で呼ぶなんて幼稚園以来で優太朗にはハードルが高かった。
これで許してくれないかな、と逸らしていた目をもう一度奏に向けると、目が合った。彼女はその目を細めて悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「……なに? ゆうゆう」
ゆうゆう!? ユウユウ!? YUYU!?
いきなりバカップルがするみたいに呼ばれて混乱した。くそっ。こっちはちゃんと名前で呼んだのにあだ名に逃げるなんて……!
そう思った優太朗は怒りに赤く染まった顔で奏を睨んで言った。
「卑怯では」
すると彼女は頭に手をやって、
「ごめんごめん、恥ずかしくて」
と反省の色も見せずに冗談っぽく謝ってきた。
「でもしょうがないじゃん、男子と付き合うの初めてなんだから」
そんなことあるだろうか。いやありえない。陽キャが付き合ったことがないなんて、陰キャが付き合ったことがあるくらいありえない。
しかしそんな嘘を堂々と吐くことには感心してしまう。頬をうっすら赤くする演技なんてオスカー受賞ものだ。
そんな風に感心して黙っているのを、まだ納得していないからだと彼女は解釈したのか、また「ごめんごめん」と謝った。
「代わりにそっちも、かなかなって呼んでいいからさぁ」
かなかな!? カナカナ! KANAKANA!?
「嫌なら奏でいいよ」
彼女はニヤニヤ笑っていた。その笑顔には馴染みがあった。つまりはいじめっ子がいじめられっ子に向ける嘲笑の笑みだ。
元々罰ゲームで告白してきたのだから、からかわれていることは承知の上だ。しかし目の前で馬鹿にされると、やはりむかつく。なんとかして仕返ししてやりたいと思う。
「…………」
灰色の脳細胞をフル回転させるが、何も思い浮かばない。
「アタシはかなかなでも奏でもどっちでもいいけどぉ?」
「……奏、さんでッ」
優太朗が屈辱にまみれ、苦悶の表情で渋々と言うと、奏はフフンと勝ち誇った笑みを浮かべた。
優太朗の敗北が決まった瞬間だった。
どだい無理があった。コミュ障気味の優太朗がコミュ強ギャルに口論で勝てるわけなかった。勝負すること自体がおこがましかった。
ノミのように小さいプライドを叩き折られ意気消沈していると、次の駅に着くアナウンスが流れた。
助かった!
もう傷付きたくなかった優太朗はこれ幸いと、駅に着いた瞬間立ち上がった。
「じゃ、また明日っ」
奏がまるで裏表のなさそうな笑みを浮かべながら手を振る。
明日もあるのかと優太朗は思ったが、それ以上考える精神力はもう尽きていたので、会釈だけして、とにかく今は戦線離脱だと帰宅部RTAで鍛えた足さばきで颯爽と降りた。
ホームを少し歩いてから振り返ると、彼女も振り返っていて、窓越しに手を振っていた。今さらになって周りの目が気になった優太朗は、うつむいて足早に立ち去った。
昨日も今日も明日も、彼女がなぜ僕に関わるのか真意が読めないが、とにかく今はカツアゲされなかったことをよしとしよう。
そう考えて心を落ち着けた。
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