私と富豪になりませんか?

宙色紅葉(そらいろもみじ) 週2投稿

私と富豪になりませんか?

 夕方、俺のL○NEに一件のメッセージが届いた。

『私と富豪になりませんか?』

 送り主は俺の恋人である女性だ。

 富豪。

 魅力的な存在だが、なりたいと願っても、そう簡単になれるものではない。

 インターネットのサイトや雑誌の裏で見るような怪しいバイトの広告が脳裏をよぎる。

『どうしたの? マルチとか闇バイトは駄目だよ』

 お人好しでうっかり屋さんな彼女が心配になって返信したら、

『そういうのじゃないよ~』

 と、笑われてしまった。

『ここで、私と富豪になろう!』

 笑顔の絵文字付きで送られてきたリンクは、効果が不明な健康グッズの通販サイトのものではなく、近所のゲームセンターへのマップだった。


 薄暗い室内で赤、白、青の鋭い光が辺りを照らす。

 様々なゲームのデフォルト音に店内放送、そして客の歓声。

 ゲームセンター内は音と光でガチャガチャと騒がしく、こちらの目と耳をダイレクトに破壊してくる。

 だが、だからこそ得られる高揚感や快感もある。

 クレーンゲームにアーケードゲーム、そしてスロットやパチンコなど、魅力的なゲームがたくさんあるため、目的もなくゲームセンターに来ると目移りを繰り返して、しばらく辺りをうろつく羽目になる。

 しかし、「富豪になる」という確固たる目的がある彼女は、他のゲームに惑わされたりしない。

 瞳をキラキラとさせた彼女が向かったのは、大型のメダルゲーム機だった。

 ゲームセンター自体が古いためかゲーム機も少しレトロな雰囲気だが、長椅子の破損部分が同色のテープで丁寧に直されているところに、スタッフの愛情とベテラン機体の風格を感じた。

「久しぶりにメダルゲームやりたくなっちゃってさ! 私たちは、もう大人だからね! 今日はメダルをいっぱい使うんだ!!」

 溢れんばかりにメダルの詰まった真っ黒いカップを両手に持って、彼女はニコニコと満面の笑みを浮かべている。

 どうやら彼女の言う「富豪になる」とは、大量のメダルを使ってメダルゲームをし、ドサドサと落ちてくるメダルを眺めて富豪になったような気分を味わおう、という意味だったらしい。

 現在は午後六時過ぎだ。

 子供に加えて同伴者である保護者も退店し、メダルゲームコーナーは昼に比べれば随分と静かになっていた。

 それなりにメダルの積もった良さそうな空席を見つけると着席し、メダル受けに手持ちのメダルを流し込んで場を整える。

 節電の為か、ゲーム機はメダルを押し出す動作を止め、照明も最小限にしていたようだが、彼女が一枚メダルを投入すると、ゆっくりと動き出した。

 落ちたメダルが機体の中に貯めこまれ、後からボタン操作で取り出すというタイプのメダルゲームも悪くないが、個人的には落としたメダルがそのまま手元へやってくるタイプのメダルゲームが好きだ。

 今回のメダルゲームもそのタイプだった。

 ミニゲームや大量投入によって財宝のように積もっていったメダルが、高く硬い音を立てながら押し出され、勢いよく手元のメダル受けに滑り込み、溜まっていく。

 なるほど、これは確かに富豪のような気分になれる。

 俺も彼女も無心でメダルを投入し、ひたすら山を崩し続けた。

 気がつかない内にスーパーボールも大量に落としていたようで、唐突にJPチャンスへ突入する。

 とりあえずJPチャンスを行うためのミニルーレットには成功したので、後はJPボーナスの抽選が成功するよう、祈るのみだ。

 JPチャンスが確定した瞬間、液晶に映る画面や機体を飾るライトの色が変化し、音楽が仰々しい物へと変わった。

 機体のてっぺん付近にあるパネルがゆっくりと開いて、内側に隠れていた巨大なルーレットが姿を現す。

「ジャックポット、当たるかなぁ?」

 あまりの仰々しさに圧倒されていた彼女がポツリと呟いた。

 JPチャンスが成功するか否か……

 正直な話、内部の機嫌次第だろう。

 俺はゲームセンターに来るのも数年ぶりで、メダルゲームにも詳しくないから正確なことは分からないが、こういった機械は内部が当たる! と言えば当たるし、外れ! と言えば確立を捻じ曲げてでも外してくるイメージだ。

『ご機嫌だといいんだけどな』

 俺も彼女も、祈るような気持ちでルーレットを見つめる。

 結果は外れだった。

「あー、まあ、そうだよね。なかなか当たんないよね」

 苦笑いの彼女は少し残念そうだ。

「またスーパーボールを貯めて、ジャックポットに挑もうか」

 頷き合って二人で液晶の方を見ると、丁度画面が切り替わり、可愛らしいゲームのマスコットキャラクターが、

「残念、ハズレだよ」

 と、落ち込んでいる画像から、

「JPチャンス! 上手くいけば続きからJPに挑めるかも!」

 と、コンティニューを進めてくる画面に切り替わった。

 どうやら百円を投入すると、一定の確立でJPチャンスに再チャレンジできるらしい。

 ソシャゲのガチャにオンラインゲームの月パス、据え置きゲームのダウンロードコンテンツなど、あらゆる方法でゲーム界に進出している課金システムだが、まさかメダルゲームにまで導入されていたとは。

 どうしよう、と迷い、お財布をパクパクと開閉する彼女だが、俺は迷ったりしない。

 コンティニュー一択だ。

「俺たちは、富豪だろう」

 躊躇せずコンティニューボタンを押し、財布に入っていた百円玉を投入する。

 そして、グッと親指を立てると、彼女が尊敬の眼差しを向けて来た。

 運よく一発でコンティニューが決まり、大型ルーレットが再び動き出す。

 これまた運よく、前回の状態を維持したままルーレットを回せることになったので、確率は十一分の一だ。

 熱い思いと課金を乗せたボールがグルグルと回り、やたらともったいぶった動きで外れの縁を攻める。

 散々焦らして俺と彼女の視線を独り占めにしたボールだったが、少しするとアッサリJPの溝にはまってくれた。

「おめでとう! JPボーナスの抽選に成功したよ!」

 ゲームのキャラクターが満面の笑みで褒め称え、画面ではJPボーナス準備中の文字が躍っている。

 しばし待っていると、ゲームを始めた当初から用途が不明で、存在を不思議に思っていた大きなレーンが下りてきて、大量のメダルを投下し始めた。

「わあ! 凄い、凄い! 流石ジャックポット! メダルを入れなくても勝手にメダルが落ちてくる!」

 次々とメダルが投入されて大山脈を作り、それらが勝手に押し出されて手元に落ちてくる。

 出口でさえもメダルに塞がれてしまって、詰まってしまいそうな勢いだ。

 その様子を、両腕を組んで見守る俺と彼女。

 この強者感にセレブ感……

 これは、富豪などという生易しいものではない。

「俺たちは、大富豪になってしまったのかもしれない」

「大富豪!? 凄い!!」

 JPボーナスを吐ききるとレーンが撤退し、俺たちもメダルを投入しなければならなくなる。

 積み重なり過ぎたメダルは意外と重くて、動かすのにも大量のメダルを投入しなければならない。

 そうなると、獲得することのできるメダルは想像よりもずっと少なくなってしまう。

 だが、大量のメダルが落ちる快感はプライスレスだろう。

 これを味わうためにメダルゲームをやっているのだ。

 投入するメダルなど惜しんではいられない。

 夢中で整地を続け、次第に山も小盛になってくる。

 すっかりと遊び疲れたところで、俺たちはゲームを切り上げた。

 ゲームセンター内の休憩コーナーに避難し、二人並んでソファの背もたれにしっかりと背中を預ける。

 騒々しさから解放された今も目の奥はチカチカするし、耳もぼやけている。

 肩や背中も凝ったが、達成感と満足感のおかげで疲労感は妙に心地の良いものだった。

「最近はメダルを預けるシステムがあるんだね。余ったメダルが無駄にならなくて良かったよ。それにしても、プラス二千枚かー、増えたねー! うー! 疲れたけど楽しかったー!!」

 自販機で購入したアイスを食べ終えた彼女が、両腕を天高く上げて背中を伸ばした。

 弾ける笑顔が可愛らしい。

 笑顔を返しながら俺もペットボトルのジュースを口に含み、飲み込む。

「俺も楽しかったよ。しかし、二千枚か……流石ジャックポットって感じだな」

 メダルの預け機能が有効であるのは三か月の間のみだ。

 期間内に再び預入システムを利用して有効期間を更新しなければ、今回貯めたメダルは全て消えてしまう。

「また近いうちに遊びに来よう」

 彼女が嬉しそうにコクコクと頷く。

 今日は、俺たちのデートスポットにゲームセンターが追加された日となった。

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