烈火の騎士団長
虎騎士団が過失を犯した。
それによりロストリア軍は一時的な撤退を余儀なくされた。
結果的に重大な過失となったそれの切欠は、ほんの些細な情報の滞りから起こった事。
「………」
集められた虎騎士達と向き合って立つ虎騎士団長キースは、凝固した笑顔の仮面を身につけていた。
「私が言いたい事は分かるね」
キースの口から出る言葉数は少ない。だが口調が不気味なほどに穏やかだ。
虎騎士達はいずれも肩を竦めてただ嵐が過ぎるのを待っているかのように固まっている。
キースより一歩下がったところに立つ副長ユベルは、キースから見えないように一抹の同情を浮かべた面持ちで、騎士達の方を眺めていた。
「あの笑顔が逆に恐怖倍増よねぇ…」
「言えているな…」
触らぬ神になんとやら。
遠くからその様子を覗き見ていた通りすがりの若い軍医クルースラーとその妹であり同じく軍医の医女チェルシーは、いつもは紳士的に見えるキースの笑顔に一抹の寒気を覚えながらも好奇心を押さえきれずに様子を傍観していた。
常とまったく同じに見える笑顔だけに、不思議なのだ。
「今度同じ事をやったら…どうなるか覚悟しておくように」
最後にまた穏やかな微笑みを作り、キースは騎士達の前から踵を返した。
そのまま物陰に隠れる二人の方へと歩いてくる。
「おや、お二人ともごきげんよう。今回の事では大変申し訳なく」
「!」
咄嗟に隠れようとしたが一瞬遅く、キースにみつかり二人はひどく肩をびくつかせて顔を上げた。見上げるといつもの紳士的な笑顔がある。
「だ、団長様におかれましてはご、ごきげんうるわしゅう・・・」
今回の失態で軍医局に大変な負担がかかった為、彼には既に先日深々と謝罪をされているから余計に、気まずかった。
「失礼致します」
さらりと言い残してキースは会釈すると再び歩き出した。
深紅のマントが翻る背中から怒気は感じられない。
だがやはり珍しく口数が少ないことから心中穏やかではないのだろうと遠くで見ていた二人にでさえ推測できたのだから、あそこで怒られていた騎士達の内心の恐怖は如何ほどであったか。
「あ、クルースラー殿にチェルシー殿」
今度はその場で解散した騎士達に見つかり、彼らは再び肩を竦めた。
「お恥ずかしいところを」と苦笑する騎士達。
「キース様って怒るときでも穏やかですが…でもやはり怖かったですね…笑顔が逆に怖いというか…」
キースが去っていった扉を指差しながらシェルシーが小声で呟いた。ユベルを始め騎士達が軽く苦笑する。
「そうですね。しかしキース様が本気で怒られると、あんなものではないのですよ」
「今日などまだ序の口の方です」
「え〜!?そうなの!?」
驚くシェルシーの問いに騎士達は一様に同意をしめして頷く。
クルースラーは思わず苦笑と共に身震いした。
「あれ以上の「恐怖スマイル」が存在するのですか……副長殿、見たことがあるんですか?」
虎騎士団の中で最もキースに近い位置にいるユベルに二人の好奇心が注がれる。
騎士達の中でもまだ若い者の中には、二人同様の反応を示す者もいた。
ユベルはゆっくり首を横に振る。
「本当に怒ったキース様は笑われません。やはり笑ってなどいられないのですよ」
「え、じゃあ」
「ノーマン様顔負けの形相で怒鳴られます」
ノーマンとは、虎騎士団の双璧となる獅子騎士団の若き団長だ。
「もうそれこそ全身から炎でも噴出すかのように」
部隊長エリアスが補足する。
「へぇ…!」
クルースラーとチェルシーの声に重なり騎士達の間からも溜息が上がる。
ユベルは眉根を顰めて振りかえるがすぐに仕方が無い、といった風に再びシェルシーに向き直った。
「という事はお二人とも…、目撃者なんですね?」
「……まあ……ねぇ、お付き合いが長いですから」
「しかし滅多にある事ではありませんよ。団長になられてからは、あの一件くらいで……」
「『あの一件』……?」
恐る恐る除き込むように下から問いかける軍主の視線が痛い。
ユベルとエリアスは逃げるように二人で顔を見合わせた。
「けっこう口が軽いのが多いのだなうちの騎士団は…」
一度は出ていった扉の向こうで聞き耳をたてているのは、話題の種に挙げられているキース本人である。
「まあいいか…」
知られたところでどうという訳でもなく、どうせ自分は滅多矢鱈なことで激怒する事などこれからもありえないのだから。
そう、自分が本気で怒る時。そんな事は分かりきっている。
親友、ノーマンが関わっている時なのだ。
「あの一件…か」
あれはまだ自分達が団長に就任したばかりの頃。
キースとノーマンが団長に就任する直前、ロストリア上層部は二つの派閥が熾烈な権力抗争を繰り広げていた。
いわゆる騎士階級民を中心としたゴルベル派、そして貴族階級の華族を中心としたルーファルス派だ。
かつてのロストリアは王室を頂点としたロストリア王国として一国を成していた。
だが東西の列強が勢力を増し台頭し始めた頃より、国民を擁護すべくロストリアは騎士団制度を増革し、軍国として国家制度を改めた。
騎士団には政治を司る王室直属の元老院と同等の権利と位が与えられるようになったのである。
その後ロストリアの政人は王室の血をひく貴族階級と上級騎士階級が混在する形となっていたのだが、元老院の執政官の一人であり、騎士の身分出のゴルベルは次々と政治的要人に騎士階級の人間を抜擢。貴族を政から引きずり落としにかかったのだ。
虎、獅子両騎士団長に騎士階級出の若いキースとノーマンを抜擢した事で華族ルーファルス派と騎士階級ゴルベル派の確執は最早和解の余地の無い決定的なものとなった。
キースとノーマンはいわば、ゴルベル派による新ロストリア王国の象徴であった。
「今年の叙任式は盛大な式次第だ!ロストリア中に良い男ぶりを示してやるのだぞ二人とも」
騎士団長叙任式を数日後に控えた騎士団内定例議の中でゴルベルは居並ぶ二人に向けて豪快に笑った。
手元に渡された叙任に伴い儀式、手続き云々に関する資料は例年の二倍は分厚いという。
前夜祭から始まり叙任式は通例の二倍の時間をかけて各国からも要人を招く。
後夜祭は三日にもわたりロストリアの街中を昼のごとく明かりで照らすのだという。
これはもちろん、前述したゴルベルの思惑あってこその取り計らいだ。
ロストリア中の老若男女の意識を騎士へと引っ張り込むには絶好の逸材であるのだから。
「俺は叙任前後の一週間で胃潰瘍になりそうだ……」
議会を終えて自室へ戻る途中、ノーマンはげんなりと肩を落とした。
珍しく彼は顔色が悪い。
確かに資料として配られた式次第は華美を嫌う彼には過酷ともいえる演出がふんだんに盛り込まれていた。
まずは貴族のお姫様が集う前夜祭のダンスパーティに出席しなければならない。
翌日の叙任式では、宣誓はともかく、その後は国民達が集まる中バルコニーに出てスピーチを行わねばならない。
そしてパレードだ。更に後夜祭にもダンスパーティがあり、剣舞や馬上試合なども披露する演出だ。
その中で最もノーマンが憂鬱に感じるのがパレードだという。
装飾を施した軍馬にまたがりロストリアの軍旗を携え城下町を一周するのだとか。
彼にしてみれば「冗談ではない」であろう。
キースならばにこやかに笑顔をふりまき手でもふりながらこなせるのだろうが、ノーマンの場合は馬上で始終しかめっつらをしているのがオチだろう。
ロストリア中心街を馬に歩かせて一周させればゆうに一刻以上はかかる。
なるほど。カワイそうな事だ。
「確かにね。ノーマンには苦行以外の何物でもないメニューだこれは」
分厚い資料を団扇にして仰ぎながらキースはあまり同情的でないむしろ茶化した笑いを浮かべる。
ノーマンは恨めしそうな瞳を向けてくる。
キースはこういう反応が楽しくて言っているのだが。
「だいたいこれではまるで俺達は見世物ではないか」
「まるで、じゃなくて、見世物なんだよ実際」
ゴルベル殿の権力顕示のために、という言葉は省いたが、聡いノーマンは気がついているようだ。
「いいじゃないか。見世物にするために選ばれたとしても」
「な…キース…!」
ノーマンの窘める声が廊下に響き、通りすがった騎士達数人が振りかえった。
キースはノーマンの袖を引くと人気の無い路を選ぶ。
中庭を迂回する道に入ったところで小声で釈然としない様子のノーマンに言葉を向けた。
「張りぼての見世物はすぐにボロが出る。見てくれだけで団長を選出するほどゴルベル殿は愚かではないよ。ルーファルス派への見せつけだからこそ実力の伴う逸材を選ぶはずだ。私ならばそうする」
「………みせつけ…」
「おまえは不服かもしれないが、俺もこのチャンスは実力の内だと思うよ。ゴルベル殿は政治家としては優秀でいらっしゃる。俺達も逆にこの機会を利用するんだ」
「打算」「妥協」「利用」という言葉をノーマンは嫌う。
キースが彼と意見が食い違い喧嘩に発展するとすればいつもここだ。
案の定、彼はキースの言葉を受けて双眸に暗い影を落とした。
だがその口から出たのは
「……そうだな。俺にもう少しでもお前のような柔軟性があれば良いのだが…」
と彼には似合わない弱気な言葉だった。
彼のこのような面持ちを見てはキースが後悔する事になる。
彼に器用な人間になれとは少しも思ってはいないのに、不器用だと責めてしまう自分がいるのだ。それほどに、この親友の純粋さは危うい。
「要領が良いノーマンはノーマンじゃないさ」
キースは自分の気持ちを再認識する意味で、そう言った。
自分のように「穢れ」を知る必要など無いのだ。
だからこそ彼にはカリスマ性がある。
「それは誉めているつもりか?」
ようやくノーマンが苦笑ながら笑みを見せた。
「もちろんだとも」
応えてキースも悪戯な笑みを見せる。
一瞬、目を合わせた二人から言葉消えて、次の瞬間には二人同時に笑い出す。
再び廊下を歩き出した。両者の団長叙任まであと数日の事だった。
前夜祭、叙任式は滞りなく行われた。
団長服に袖を通した二人は戦闘用の剣の他に儀式用の宝刀を腰に差し、胸に勲章を下げた出で立ちだ。
叙任を喜ぶ副長や部下達が「見事な団長ぶりで」と誉めてくれるが、やはり隣に立つノーマンの面持ちが完全に晴れる事はなく常に緊張を帯びていた。
それもそのはず。
今まさに、苦行パレードが始まろうとしているのだ。
装飾甲冑を装備させられた軍馬に騎乗し左手にはロストリアの軍旗を掲げる。
両新団長を先頭に以下、副長、各部隊長の馬が続く。
ファンファーレと共に城門が開けられると、扉の向こうから眩いばかりの光が溢れてきた。
空から色とりどりの紙吹雪やテープが舞っている。
楽団の演奏が四方八方から鳴り響き騎士達の登場を知らせた。
待ってましたとばかりに城門から真直ぐに中心街までつづく石畳の通路の両脇に立つ群集達が一斉に声を上げた。
さすがのキースも鼓膜が震えるのを感じて目を細める。
さぞや親友も生きた心地がしていないだろうと隣を振りかえると、
「………」
そこに厳しい面持を前方に向けるノーマンの横顔があった。
「…?」
キースは違和感を覚える。
まるで出陣するかのように緊張した空気を帯びたノーマンの横顔に、恐る恐る声をかけた。
「ノーマン…?」
「…え?」
一瞬の遅れの後、反応があった。
声の主がキースと知り、安堵したように微笑む。
「怖い顔をしていたよ、お前」
「え、そ、そうか…いけないな…」
「そんなに緊張しなくてもいいんだよ?」
「…そう、なんだよな…分かっているんだ。しかし…」
「しかし?」
照れ笑いを見せていたノーマンの瞳が伏せられ、そこに影が落ちた。
少しずつ開かれてゆく門からは光と音と色の洪水が注いでくる。
その中にあってもノーマンの顔色に冴えはなかった。
「嫌な予感が…」
言いかけたノーマンの言葉は、
「騎士団長殿!ご出馬願います!」
門番の声と外からの歓声にかき消された。
列が動き出す。
両騎士団長を乗せた軍馬が城門を出、城前の大広場に姿を現した。
赤と青の鮮やかな装束、そして誇り高き紋章を彩る軍旗。
白馬と黒毛馬の見事な色の相対が観衆の視を引きつけた。
空をつんざくような歓声が上がる。
ファンファーレが鳴り止んだ代わりに一発の空砲が打ちあがった。
秋初旬の天から降り注ぐ陽光は熱いほどに煌びやかで、薄闇から外に出た両騎士団長の視力を一瞬だけ奪う。
馬は予め教えられていた通りに前へと進んだ。
大広場の中央を厳かな足取りで前進し、そのまま外門をくぐり城下へと出るのだ。
後は沿道を埋める観衆が道標となりただ馬をそれに沿って進めれば良いだけの事。
キースは再び傍らのノーマンを見やった。
キースの視線に気が付きノーマンも振りかえる。
両目が穏やかに笑った。
幾らかは緊張が解けたのだろうか。
何だかんだ弱気を口にしても結局は本番に強いのだろう。
入団試験の時から彼はそうだった。
気を取りなおしたキースは前方を向き直り、手を振る観衆に応えるように微笑を湛えた。
大広間の中央を進んだ軍馬列の先頭が外門を潜る。
いよいよ観衆が大行列をなす沿道へと出る。
遠かった歓声がすぐ足元から響く。
旗を振る子供、ハンカチーフを振る若いご婦人、歓声を上げる男達。
色とりどりの人の波が長蛇となって街中を埋め尽くしているようだ。
こちらが圧倒されてしまいそうなほどにそれは、熱いうねりを帯びている。
そこに存在する瞳の全てが、自分達に向けられているのだ。
一瞬、キースは胸のうちに息苦しい酔いを憶えた。
目の前に広がる群衆の渦から視線をふと逸らしたところに、キースは「違和」を感じた。
それは沿道に張られたロープが描く蛇線から飛び出した、一つの人影。
ちょうど頭上に上った正午の光が人影を逆光で覆い隠す。
何かが強烈に反射し、ちりっと焼けた痛みが眼球を差す。
次の瞬間には、キースの目の前に青い影が翻った。
「ノ……」
それは馬ごと自分の前に立ちふさがった親友の背中だと、
瞬時後に知る。
ドドドッ…
くぐもった鈍い音が三発連続した。
「きゃあああーーーーーっ!」
どこかのご婦人の悲鳴につづき、
「うわぁあ!」
「わあああ」
という群集の叫びが重なった。
太陽光からキースを覆い隠すように前方に立ちはだかったノーマンの青い背中が、馬から落ちた。
落ちて行く青影の軌跡を目で追ってゆけば、石畳に倒れた親友がいた。
何が起こっているのだ。
何だこれは。
彼は一体…
「ノーマン!」
脳が理解する前に、キースは叫んでいた。
ただちに馬から飛び降り親友に駆け寄る。
彼は胸元から肩にかけて、三本の鉄矢を突き立てられていた。
沿道警備員が押し寄せ一人の男を石畳に押さえつけている。
男の手にはクロスボウガン。
キースの視界を横切った「違和感」の正体だった。
同じく次々と馬を下りて駆け寄ってくる副長や隊長達。
押さえつけた男を城へと連行するようだ。
「ノーマン…」
「触わってはなりません!」
矢を三本生やしたノーマンの体に手を伸ばしかけたところで背後から叱咤の声が飛んだ。 獅子の副長、デルクだ。我に返り傷口を見れば、貫通していないのであろう傷口から血液が流出し、白い石畳を濡らしていた。
死んだように閉じたノーマンの両目が開く様子はなく、口元から流れた血が頬と顎から首にかけてを汚し、肩の傷の血液と合流して彼の胸元から上は血染めの有様だ。
それと相反して肌の色は失われて白くなっていくのが目に見える。
「治癒の魔法を使える者は!」
「医者を!」
そんな声が四方八方から頭上を飛ぶ。
うねる熱気が轟く闇を招き、キースの理性はそこで断ち切られた。
「やはりルーファルス派の一党のようです」
「名はジール・クラリオン。ルーファルス家の傘下であるフェラルド伯爵に関係する一派の…」
面会謝絶と札を貼られた治療室の扉の前に佇むキースの背中に、次々と報告が流れる。
どれも耳には届いていなかった。
扉の向こうから聞こえてくる医師達の焦声ばかりが耳に入る。
「先生、血が…」
「止まりません!」
「呼吸の乱れが…」
先ほどから無二の親友を死へと追いやろうとする無慈悲な言葉ばかりが漏れてくるのだ。
「凶器は折畳式の改造クロスボウガンで……」
「ボウガン…?」
凶器、の言葉でキースは初めて振り向いた。
虎の副長ユベルは、思わず言葉を止めた。
これまでに見たことの無い、キースの荒んだ瞳の色に絶句する。
「凶器はどこにある…?その持ち主は……?」
低く掠れた声がユベルに問う。
「今、中央議会室で取り調べが…」
応えを全て聞かぬ内にキースはその場から走り出していた。
男の正体などどうでも良い。
目的などどうでも良い。
男の狙いに自分も含まれていた事などどうでも良い。
「失礼する」
観音開きの扉を乱暴に蹴破ってキースは議会室に踏み込んだ。
部屋の上座には二段上に王座のように議長席がもうけられ、その前方両側には槍を手にした騎士達が居並んでいる。
その中央に、両手を騎士達に拘束されて立っている男がいた。
傍らの机にはユベルが言っていた「凶器」の残骸が置かれている。
「キース様!」
上座側の扉から唐突に現れた新任虎騎士団長に一同はどよめいた。
「貴様か」
騎士達には目もくれず、キースはただ真直ぐにその男の前に歩み出た。
男はふてぶてしく無言を通す。
「ノーマンを撃ったのは貴様かと聞いている」
男は応えない。
キースはその頷きさえ見せない態度を肯定と判断した。
「貴様っ!!」
キースの拳が男の顔面に直撃した。
男の両腕を取り押さえていた騎士達までもが勢い余りよろめく。
倒れ込み腕が外れかけたところをキースが男の襟首を掴んで引き上げた。
そして再び強くその場に叩きつける。
この腕のどこにこれほどの力があるのかと思うほどに男の体は鞠のようにもんどりうって転がった。
「キ、キース様…っ!」
唖然とする騎士達。
周囲の騎士達と同様、男も茫然とキースを見上げる。
喧騒を無視してキースは男の鼻っ面に抜いた剣の切っ先を突きつけた。
「取調べや裁判などしてもらえると思うな!俺が殺してやる!そこに直るがいい!」
一気にまくし立てたキースの荒い息が広い室内を何巡も木霊した。
「キース様!」
「おやめください!」
男の頭上に刃を振りかぶったキースに我に返った騎士達は数人がかりでその腕に飛びついた。
「何故止める!俺はこの男を許さない!」
キースは止める部下達の腕を振り解こうと激しく抵抗を見せる。
「これでは虐殺ですぞ!」
元上官の男が説得の叱責を向けるも、
「それがどうした」
背筋を凍らせるほどの低い声が退ける。
「ならばこの男のした事は何だ!」
「………っ」
元上官騎士は次に重ねる言葉に躓く。
言い返す言葉が無かった訳では無い。
言い返すことが「許されない」ような気がしたのだ。
「………キース…」
長い友人であるユベルを始め、騎士達の誰もが経験した事のない光景を目の当たりにしている。我を忘れ声を荒げて人を罵倒するこの虎騎士の姿を。
カラン…
ふいにキースの手から力が抜けて、剣が床に落ちた。
部下の一人が恭しくそれを拾い上げ、武器を手放したキースの腕も、解放された。
脱力した様子で目を伏せるキースは二歩、三歩、男から遠ざかる。
汗に乱れた前髪を乱暴に片手でかき上げると、紅く燃える琥珀の瞳に憎憎しい怒りを露にして男を睨みつけた。
「ノーマンが死んだら…、楽して死ねると思うな」
獣か、それとも鬼か。
男は喉を潰された哀れな奴隷のように体を硬直させる。
まるで魔術により魅入られたような幻惑感が漂う。
「奴は貴様のような下郎の手にかかり死んで良い男ではない!」
ノーマンの怒声に勝るとも劣らぬ、むしろ狂気にも似た鬼気さえ感じられる、人を威圧し平伏させる修羅の怒号。不の感情を露にする事のない男が親友の為だけに鬼と化す。
正にこの男自信が烈火そのものだった。
「………」
深く息をつき、キースは高い天井を仰ぐ。
桟から零れてくる陽光が眩しくて生理的な涙を誘う。
それを振り払うように首を振り、キースは踵を返した。
そしてまた乱暴に扉をこじ開けて廊下の外へと出て行く。
部下たる騎士達はこの日、キースという人物を知ったのである。
虎騎士団長キース。
その身にまとう紅は、内に秘めたる熱情のあらまし。
終
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