則井先生(19)
恋という感情を、決して軽んじている訳では無い。
ただ、オレにとってそれは…他者と感じる事が違うのだと生きている上で知ってしまった。
「貴方って、ずっと受け身よね。」
結婚も視野に入れていた相手から言われ、俺は首を傾げる。
俺にとって、相手からの言葉を出来る限り叶えたいと思っていて、嫌な事を押し付けない事が愛を伝える術だと思っていて、そして俺はそれを実践していると考えていたから。
しかし、それを彼女は違うと言った。
「いつも私ばかり意見言って、貴方はそれに従うばかり…こんな関係、間違っている。」
俺からの行動を期待して待っていたが、もう疲れたと去って行く彼女を俺はただ黙って見る事しか出来ない。
今更嫌になったという相手に何かされてももう遅いというものだろう…などとその時でさえ、他人事の様に思っていた。
その他にも異性と同性も等しく出会いの機会はあったがいずれも同じ理由で離れて行ってしまい、何度も出会いと別れを繰り返す内、俺の心は密やかに緩やかに歪んでいく。
どれだけ相手に合わせようと、どれだけ答えようとしても、正しく伝わらず返ってこない…そして決まってくる別れに既に人生の折り返し地点が見えてきた俺はその年齢が反映された手を伸ばすのを止め、思う。
俺は生涯独り身で生きていかねばならない、と。
もう既に若くないこの体に、人の心がまるで分からない男と付き合って何になる?
自分が寂しいというだけで、俺が持っていない理解が難しい向こうの欲求も満たせるかと聞かれれば「はい。」などと無責任な発言は出来ない。
―出来る、はずがない。
最初、アイツから相談があった時、解決は出来ないが寄り添いたいと思えた…仕事というだけではなく、俺の様な思いをする前に早くと。
未来明るい男子高校生に、嫌な思いはさせたくなかった…俺が過ごしていた過去より、今の方がそういった事に支援も理解もあるから。
こんな田舎の閉塞的な場所である学校の中で、一つの居場所になれるならそれが一番だと思っていた。
恋愛では無くても…今の関係であるだけで良かったのに。
恋という感情を、決して軽んじている訳では無い。
しかしそれは…オレとアイツの中で、生まれてはいけないものだった。
「―眠れん。」
ぴぴぴぴ、ぴぴぴぴと鳴る目覚まし時計は、最早目覚ましの為に鳴るのではなく、俺がどれだけ起きていたかと叱責する為の機械になる。
嫌われるのが当たり前な言葉を吐いて、アイツを追っ払ったその翌日…折角の休日なのに、俺はなかなか寝付けなくて頭がぼおっとしたままの状態だった。
最悪の状態で、起き上がろうとするとズキリと頭が悲鳴を上げる。
「…水、と頭痛薬。」
本当は薬を飲む前に何か飯を腹に入れなくてはいけないのだが、食欲は湧かない。
用法用量守れとは言うが、薬剤師に申し訳ないと思いながらそれを破る。
こくり、こくりと嚥下すると共に水道水の冷たい温度が体に染み渡ってゆく感覚が伝わって、気分転換になった。
ふと、シンクに映る自分の歪んだ顔が目に入る。
「…全く、俺が失恋したみたいじゃねーか。」
自分で自分を嗤う、それ以上見たくも無くその場を離れ、何もする気が起きない俺はただ…元居た布団に包まれ、今の俺に対して唯一向けてくれるその温かさに逃げ込んだ。
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