主将の力
「そう言えばアリサ、どうして渋谷に来ていたの?」
炎城たちが耕太たちと避難所で鉢合わせていた時、椿はふと、一緒に居た短髪スポーツ少女_篭旗アリサにそんな質問をした。
耕太に聞いた話だが、耕太と植木は夏休みの初日を利用して新宿御苑のデートに来ていたらしい。
そして私達が暴君の攻撃を受けた同時刻に、2人もラプトルからの襲撃を受けたそうだ。
安全地帯を求め逃げ惑う群衆を掻き分け、事前にハザードマップを頭に叩き込んでいたかいがあり、何とか奴等の襲撃を掻い潜ってこの避難所に辿り着いたらしいが、そこで篭旗と出会ったと言っていたのだ。
「貴方ってほら…普段は休みの日も学校に来て自主練してること多いじゃない?それに貴方って、あまり渋谷に来るイメージが無いから、ちょっと意外だなって…。」
最初の椿の質問に、何も答えなかった篭旗。
それに対して椿は、変な事言ったかしら?とオロオロしながら何故そう思ったかを篭旗に伝えた。
確かに篭旗は、よく学校に来て自主練をしていたそうだ。椿が朝練をするため早朝に学校に行くと、既にコートでは彼女が練習していることが日常茶飯事だった。
真面目な後輩だと、先輩たちやコーチから可愛がられる姿をよく目にしていた。
何故だがあまり嬉しそうではなかったように見えたのは気になったが…。
だから椿は不思議だったのだ。
そんな彼女が何故、渋谷に来ていたのか?
まあ人は見た目で判断出来ないと言うが、彼女もそんな口だろうか?
そう思っていたが、謎の沈黙の後、篭旗はようやく口を開く。
「別に大した事じゃ無いッスよお姉様。実はこれを買いに来てただけなんスよ。」
にゃはっと笑みを浮かべる篭旗がテントの奥から取り出したのは、片方が細くもう片方が丸く大きく膨らんだまるで小型のギターでも入れてあるような黒色の袋だった。
一体何だこれ?と普通の人間ならそう思うが、椿は違い、その袋に見覚えがあったのだ。
「ラケットカバー?もしかして貴方、テニスラケットを買いに来ていたの?しかもそれ…。」
「あ、やっぱり分かっちゃいます?そうッス!お姉様が使っているのと同じ、大手スポーツメーカー
ババーン!!と高らかにラケットを掲げる篭旗は、鼻息をフンスッやりながら、今日一のドヤ顔を披露した。
あまりの勢い振りにポカーンとしてしまう椿。だが直ぐ切り替える。
「W to Fモデルって貴方、あれ結構な値段するのよ?しかもデザインまで私のと一緒だし…。どうしてそこまで…。」
陽月はテニス以外にも幅広いスポーツ用品を取り扱っている大手メーカーで、既にブランド化するほど根強い人気を誇っている。
その中でもW to Fモデルは、プロ御用達の一級品であり、高いものだと数十万は下らない代物なのだ。
それを一学生が購入するとは、彼女の行動力には本当に驚かされる。
一体何処からそんな行動力が芽生えてくるのか…?と、椿は思ったが、その答えは本人の口から真っ直ぐ飛んできた。
「それはもちろん!お姉様に少しでも近づきたいからに決まってるっス!」
「あぁ…そう…。」
あまりの真っ直ぐさに、若干引き気味の椿は、もう何も言うまいと言った表情で溜息を付くのだった…。
そして現在…。
「現主将の私を…舐めないでッ!」
篭旗の持っていたラケットを借り、完璧なフォーム、完璧なタイミング、完璧な狙いでラプトルの顔面へとボールを直撃させた椿。
だがそれで警戒を解くことはせず、真っ直ぐ敵の姿を瞳に捉えながら深く息を吐き、次の打ち出しの為に態勢を整える。
(龍の拳はラプトルに効いていた。それはつまり、こちらの攻撃は奴等に有効だということ…。例へ倒すことが出来なくても、動きを抑えることが出来れば、大牙たちが逃げる隙を作ることが出来るはず…ッ!)
先の戦いで、炎城の全力の打撃を受けた略奪者は、一時は倒れたものの、一瞬で立ち上がってきた。
だから炎城と略奪者の戦闘を見ていた椿は理解していた。この程度では奴等を倒す決定打にはならないことを…。
(それにしても、アリサがラケットを新調してくれていて助かったわ…。モデルとデザインが同じだから、自分のと
複雑な気持ちになりながらも、篭旗がラケットを持っていていたことで、ラプトルに対して牽制が出来たことは確かだ。
(でもちょっと乱暴に扱い過ぎたわね…。アリサに後で謝って…。)
「はぁ…はぁ…、お姉様が…ボクのラケットを握ってる…。あの女神の手で…。ウヘヘ…。もう…グリップ洗わない…。家宝にするッス!!」
鼻息を粗くし、イッちゃった目をしながら涎を垂らす篭旗の姿を見た椿は、何も見なかったことにしようと、真顔で敵に視線を戻した。
その時だ…ッ!
クラカカカッ!
「……ッ!?」
視線を戻した時、椿はその光景に目を見開いた。
何と顔面にボールを受けたはずのラプトルが、再び攻撃態勢に入っていたのだ。
いや、再びと言うよりは、さっきと態勢があまり変わっていないように見える。
(嘘でしょッ!?もう立て直したの!?と言うより、殆どダメージが無い?まさか避けられた?)
多くの疑問が残るが、椿はもう一度ラプトルにボールをぶつけようと、打ち出す態勢に入る。
「理由は分からないけど、やることは変わらないわ!何度だって撃ち抜いてみせるッ!」
そう言葉を発した時には、椿は2個目のボールをさっきと変わらぬ威力で打ち出していた。
狙いを済ませたボールは真っ直ぐ、再びラプトルの顔面へと吸い込まれていく。
だがそれと同時に、ラプトルが大牙たちを切り裂こうと飛び上がったのだ。
そのせいでボールの軌道上にラプトルの姿が無くなってしまった。
このままでは、大牙たちに攻撃しようとするラプトルを牽制することが出来ない。
「その動きは…計算済みよ!」
だがその瞬間、グルンッと突然ボールが上へと軌道を変えたのだ。
グルラッ!?
(さっきは恐らく地面に脚が付いていたから、避ける余裕があったかもだけど、飛び上がった今なら、回避行動を取ることは難しくなるッ!もう…逃さないわッ!!)
ボールに微弱な回転を掛け、ラプトルが飛び上がるタイミング、高さを完璧に計算しなければ成立しない回避不能の攻撃。
その全てを計算し実行に移すには、並みのプレイヤーでは不可能。
流石はテニス部主将と言ったところか…。
軌道を変えたボールは、再びラプトルの顔面を捉える。椿はそう確信した。
しかし…
ニチャ〜
「……ッ!!」
ラプトルが不敵な笑みを浮かべた途端、椿の全身に悪寒が走った。
ボールはしっかりとラプトルを捉えているし、ラプトルも既に回避不可能。この状況で一体何をする気なのか?
そしてボールがラプトルの顔面へと直撃する瞬間、
ラプトルは…何もしなかった。
「……は?」
だから椿は、その状況が理解できなかったのだ。
何せラプトルを捉えたはずのボールが、ラプトルに当たった途端、頭をすり抜けてしまったのだから…。
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