無情な現実
(バカ…ッ。バカッ…!バカッ!!どうして私は…またアイツに背を向けてるのよ…ッ。どうして…ッ!)
黒髪少女は目に涙を浮かべながら、薄暗い地下駐車場内をひた走っていた。
目的はもちろん、突如出現した漆黒の略奪者からの襲撃を、エレベーターホールで仕切っている梅宮耕太たちに伝える為だ。
しかし少女が今涙している理由は、恐ろしい怪物に襲われたという恐怖ももちろんあるだろうが、本当は…情けない自分に腹が立っていることが大きのだろう。
何故なら…。
「どうして私は…ッ。また…何も出来ないの…?」
悲壮感に溢れた表情を浮かべ、椿はその場で立ち止まり、下を向いてしまう。
立ち止まっている場合ではないことは分かってはいる。
だが、椿はそれ以上先へ進むことが出来なかったのだ。
何故なら今、後方では幼馴染である赤髪の少年_炎城龍騎が、突如出現した漆黒の略奪者を足止めしているから…。
彼女は…それがどうしても嫌だった。
龍騎を見捨て、自分だけが背を向けることが、腹立たしかったのだ。
「今戻れば…龍を…救うことが出来るかもしれない…。もう…あんな思いを…。あんな顔を、アイツにさせずに…ッ。」
自分に何か出来るわけもない。ただ無惨に殺されるだけかもしれない。
ただこのまま彼を見捨てれば、自分はとてつもなく後悔する。そんな予感がしていたのだ。
(あの時とは…違う!私はもう…ッ!!)
嫌な過去を思い出しながら、奥歯をギリッと噛み締め、来た道を戻る選択をしようとする椿。
だがその時、頭の中にある言葉が呼び起こされた。
『頼む…。』
「……ッ!!」
それは別れ際、龍騎が言った最後の言葉。
漆黒の略奪者と対峙しながら、自分に託した言葉。
龍騎は、自分が戻って来ることなど望んではいない。
むしろ多くの人を救って欲しいと願いを込めていたはずだ。
炎城龍騎と言う男は昔から何も変わらない。
ただただ真っ直ぐに、困っている人がいれば手を差し伸べ、助けを求める人がいれば真っ先に飛び込んでいく、自己犠牲の塊のような人間だ。
何事も大雑把で……
デリカシーが無くて……
変態で……
それでいて……
「本当に…自分勝手なんだから…。」
微かに笑みを浮かべた椿は、遠い昔、彼に言われたことを思い出した。
『椿はさ〜、めっちゃ頭いいじゃん。しかも椿が考えたことは大体上手くいくし、マジでヒーローに出てくる参謀みたいだよな!』
何気ない言葉。
恐らく彼には何も意図は無かったと思う。
その場の思いつきで言ったのだと、今ではそう思っているが、当時の彼女にとってはとても…。
「いいわ…。見せてあげる。」
ボソリとそう呟いた少女は、決意を込めた目でエレベーターホールの方へと再び走り始めた。
(待ってて…龍。必ず戻ってくるから…。だからアナタも死なないで…ッ!)
○◆○◆○◆○◆○
椿が俺の元を離れてから、何分経過しただろうか?
いや、体感が数分なだけで、実際は数秒も立っていないのかも知れない。
俺はそんなどうでもいいことを考えながら、仰向けになり冷たい天井を眺めていた。
突如襲って来た漆黒の略奪者_ヴェロキラプトル。
俺は椿を逃がし、この圧倒的なまでの恐怖の権化と対峙する羽目となってしまっていたが、彼女が逃げ、他の避難者たちが逃げる時間を稼げればそれで良かった。
だから数分は持たせ、ヒーローのようにカッコよく凱旋したいと思っていたのだが…。
現実は無情で、甘くはないことを肌を持って痛感した。
「ゴフォッ!?カハッ!!」
無慈悲に喉の奥からこみ上げてくる吐き気に、俺は抗うことが出来ずその場で嘔吐した。
しかし出てきたのは、赤黒い大量の血。
それらは顎を伝い、来ている赤色のパーカーをドスの効いた赤色へと染め上げていった。
そしてよく見れば、パーカーは所々が破れ、その奥の自分の身体にまで生々しいくらいの傷跡を残し、そこから大量の血が出ている始末だ。
こんなに大量の血を流しているというのに、まだ意識があることが不思議でならない。
(全く…情けねーな…。あんな大見えきっといて…これじゃ、アイツに顔向け出来ねーよ。)
俺は何が可怪しいのか分からないが、ただただ笑っていた。
自分の死期が近いことを悟ったのか?
もしかしたら血を流しすぎて、頭が可笑しくなっちまったのかも知れない。
もともと馬鹿なのに更に馬鹿になっちまうとか、勘弁してほしいぜ。
グラカカカッ!
そんな俺の無様な姿を元凶であるヤツは、不気味に笑っていた。
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