避難所-Escape zone

 大牙との一悶着ひともんちゃくがあった俺だったが、落ち着いた所で大牙に今までどこに行っていたのか?と聞いた。


 すると大牙は満面の笑みを浮かべ、近くに避難所を見つけたから行こう!と言い始めたのだ。

 どうやら大牙は俺が気絶してる間、近くに避難所は無いかと探しに出ていてくれたらしい。


 コイツあんな事があったのに意外と冷静だなと少し驚いたが、安全な場所の確保を今は優先するべきだと結論に至り、俺と椿は大牙の案内の下、まるで戦場と化してしまった渋谷の街を歩きながら避難所へと急ぐ。


 最初は動くことを躊躇ためらっていた椿だったが、ここに居てまた暴君に見つかったら無事でいられる保証は無いと説得し、渋々付いてきてくれている状況だ。

 しかし――


 「椿…。そんなにつかまれると動きにくいんだが…。」


 「ごめん…。暫くこうさせて…。」


 うつむきながら椿は、俺の服の端をギュッと掴み、少しづつ力を入れてくる始末。

 俺は少し歩きづらかったので、離すまではいかないがちょっと緩めてほしく嘆願たんがんしたが、呆気なく拒否されてしまった。 


 だが無理もない。


 突然俺達は、平穏な日常から殺伐さつばつとした地獄へと、叩き落されてしまったのだから――


 「着いたぞ。ここだ。」


 大牙の先導で、俺達はある高層ビルへと辿り着いた。

 一番上を見ようと首を上に傾けるが、あまりの高さに首がりそうになる。

 ビルの入口には、“ESNS株式会社”と掘られた立派な大理石の看板が堂々と立っており、外から見ても立派と思えるエントランスを見るに、かなりの大企業のようだ。


 確か世界的に有名なソーシャル・ネットワーキング・サービスの会社と、雑誌で紹介されていたような――


 そんなことを考えていると、気づけば会社のエントランスから離れ、その裏手にある別の入口に辿り着いた。


 「ここは…。」


 「地下駐車場の入口だ。この中に、簡易的だが避難所がある。」


 そう大牙に説明され、確かに地下ならあの暴君の侵入を防げるかもと、俺は1人納得しそのまま駐車場の中へと足を進めようとした。

 だがその時、突然大牙が俺の肩を掴んできた。


 「違うぞ龍。入口はこっちだ。」


 「え?でもこっちの方が入りやすくね?」


 車両用の入口を指差しながら俺は大牙にそう伝えるが、大牙は首を横に振り、こっちを使うんだと車両用の入口の隣にポツンと設けられた非常階段を指差す。

 

 「車用の入口は封鎖されているんだ。よく見てみろ。車が敷き詰められてるだろ?あの怪物が入ってこないようにするためのバリケードのような物だ。」


 何故?と言った表情をする俺に、大牙は丁寧に説明してくれた。

 確かに暗闇の中よく見れば、地下に続く通路の一番下に、何台もの車が敷き詰められている。


 これでヤツの侵入を防ぐつもりだろうが――


 「心許こころもとないわね…。」


 俺の後ろを付いてきている椿が、簡易的なバリケードを見ながらそう呟いた。

 言っちゃ悪いが、確かに椿の言う通り心許ない。

 駐車場の入口の狭さと、奥に敷き詰められた車たちのお陰で、ヤツの侵入はある程度防げるかもしれないが、しかしヤツには、あの強力な漆黒の破壊光線がある。


 そんなものを打ち込まれてはこんなバリケードは意味をなさないし、しまいには地下を貫通し、俺達まとめて焼き殺される可能性だってあるのだ。

 だけど――


 「まあそれはそうなんだろうが、多分安心が欲しいのだろう。どれだけ心許なくても、自分たちは僅かにでも助かる可能性があるという安心が…。」


 “安心”


 その言葉に、俺は素直に共感した。

 突然、殺伐とした世界に叩き落された俺が最初に求めたのも安心だった。


 生きているという安心――


 大切な人が側に居てくれるという安心――


 その安心があるからこそ、俺は立ち上がれたし、動くことが出来た。

 もし安心が無ければ、俺はまだあのハチ公像の前にしがみついていたのかもしれない。

 だから…ここの避難所にいる人たちも同じなのだろう。


 「先を進もう。避難所の人には話をつけてある。」

 

 大牙の先導の下、非常階段をゆっくり降りている俺達。

 しかしその中は不思議なほど静かに感じ、本当に人が居るのかと不安になるくらいだった。

 しばらく降りると、ある扉の前で大牙が立ち止まる。


 分厚い鉄製の扉には、B2Fと書かれていて地下2階だと分かった。

 そして大牙が迷わずその扉を開けると、扉の向こうから微かに人の声が響いてきたのだ。

 俺は人が居ることにホッとし、微かな希望とともに扉の奥へと進んでいったが直ぐに後悔する。


 「………ッ!!」


 俺達の目に飛び込んできたのは、恐怖に怯え、希望を失ってしまった多くの人たちのいぶかしむ目。

 その目が一斉に俺達の方を向き、警戒心剥き出しで睨みつけてくる。

 俺はそれ以上踏み込むことを躊躇ちゅうちょし、足を一歩前へ出すことが出来なかった。

 後ろにいる椿もそれを感じ取ったのだろう。俺の影へと隠れ、俯いたまま出てこない。

 この空間の空気の重さに、俺達は耐えれそうに無かった。

 

 「大丈夫だ。言ったろ。話はつけていると。行くぞ。」


 しかし俺達の心情に気がついたのか、大牙が俺達の顔を見るなり、ニカッといつもの満面の笑顔を見せ、先へと進んでいく。

 こういう時の大牙は本当に頼りになる。

 昔から俺達の心の支えと言えば、間違いなくコイツだ。


 ただ真っ直ぐに突き進む――


 その姿勢に、今までどれほど救われてきたか分からない。

 今も大牙自身、この殺伐とした世界に戸惑いや恐怖があるはずなのに…。


 「ありがとな大牙。」


 「む?急にどうした龍。気持ち悪いぞ。」


 後でシバく。


 「こっちだ。」


 大牙に言われるがまま、俺達は大牙の後に付いて行った。

 どんどんと避難所の奥へと進んでいく大牙。

 その道中、沢山の避難してきた人を見たが、老若男女多くの人々が避難してきており、中には怪我をした人や、恐怖で泣き出してしまう幼子もいた。


 かなりの大所帯となっているが、不思議なことに避難者たちの場所取りの争いなど何処にもなく、更には皆テントやブルーシートなどを敷いてた。

 元々持ち合わせていたのか?と、不思議に思っていると…

 

 「着いたぞ。ここが俺達のテントだ。」


 立ち止まりながら大牙がそう言うので、大牙の巨体の影から覗いてみれば、そこには10人くらいは入りそうな大型のテントが設置されていた。

 

 「スゲー立派なテントだな。これお前が用意したのか?」


 「違うぞ。貸してくれたんだ。この会社の従業員の人からな。」


 理由がわからず首を傾げた俺に、大牙は説明してくれたのだが、何でもこの駐車場の上にあるあの立派なエントランスの会社が、この駐車場を避難所として無償で貸してくれているらしい。


 しかも会社に常備されている緊急用のテントやブルーシートも、快く提供してくれたそうだ。

 俺は思わず、この会社の社長気前よッ!と言葉が飛び出してしまった。

 

 「ガハハッ!そうだな!そうだろうな!」


 「何でお前が偉そうなんだよ…。ま、何でも良いや。好意は有り難く受け取らせてもらって、少し休憩しよう。ちょいと疲れた…。椿もその方が良いだろ?」


 「うん。そうする。ありがと。」


 何故かエッヘンと鼻を高くする大牙を放おっておき、俺は未だ服の裾を握りしめている椿にそう伝えると、椿は俯きながらもコクッと頷く。

 それを見た俺はちょっと安心し、足早にテントの中へと足を踏み入れた。


 「さて!中はどうなってるのか気になってたし、見てみようぜ!」


 「あ、言い忘れていたが龍。ここは…」


 大牙が何か俺に伝えようとしてくることは聞こえていた。聞こえていたが…それをもっと早く言ってほしかった。

 そうすれば俺が――


 「「……へ?」」


 「え…?」


 勢い良くテントの中へと足を踏み入れた俺の目の前に現れたのは、一糸纏いっしまとわぬ姿で立ち尽くす2人の少女。

 1人は短髪で快活そうな見た目のボイン少女と、もう1人はまるで童話の中に出てきそうな背中まで伸びた光輝く金髪を、ツインテールにした小柄で何処とは言わないがつつましい身体のロリ系少女。


 予想外の光景に固まる俺――


 だが俺は、目の前にいる彼女たちに何処となく見覚えがあった。

 俺は混乱しながらも確認の為、彼女たちの名前を呼ぼうとしたが、それよりも早く彼女たちが先に動く。


 まずは後ろに居たはずの椿が素早い動きで俺の前へと来ると、何の躊躇ためらいもなく力強い右ストレートが俺の顔面へとお見舞いされる。


 俺は何が起きた?と言わんばかりの顔で呆けていると、顔面の痛みが脳へと到達する前に、椿の後ろから今度は慎ましい身体の金髪ツインテ少女が目にも止まらぬ速さで俺の懐へと飛び込んでくると、左手をジャンケンのチョキの形にし、こちらも何の躊躇いもなく俺の2つある眼球へとぶっ刺してくる。


 顔面への痛みと眼球への痛みが同時に襲ってくる瞬間、トドメと言わんばかりに、短髪少女もこちらに走り込んで来たと思ったら、右足で地面を蹴り左足を曲げ、左膝を俺の下顎に打ち込んできた。


 この一連の動きにかかった時間は僅か数秒。プロサッカー選手もびっくりの連携プレイ。


 俺はそんなくだらないことを考えながら、テントの外へと放り出され叫ぶことすら出来ず地面へと転がった。 


 「ここは相部屋で女子もいるらしい。いきなり入っちゃいかんぞ龍。」


 「それ…もっと…早く言え…。」


 そうすれば俺が、こんな風に女子たちから袋叩きにされずに済んだのに――


 まあ、時既に遅しだが――

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