はぐれ者たちのバラッド~転生ゴブリンと愉快な仲間達~

藤臣倫悟

第一話 俺のやりたいことってなんだっけ

 時計はすでに二十四時を回り、外の喧騒もだいぶ静かになっている。

 俺の部屋も立ち上げたままのパソコンのファンの音以外は完全な無音と言っていいほどに静かで、考え事をするにはうってつけの環境といってもいいだろう。

 だが、頭の中では今日の面接で聞かれた言葉が反響し、上手く思考がまとまらない。


「貴方が入社後にしたいことは何ですか?」


 聞かれる直前まではどのように答えるかを考えてはいたけれど、その言葉が聞こえた瞬間にある雑念が生じてしまったのがまずかった。


 俺が本当にしたいことってなんだったっけ。


 この雑念が口に出すつもりだった回答を瞬く間にかき消してしまい、結局どんな受け答えをして面接を終えたのか、自分でもよく覚えていない。

 多分、今回の面接は不採用だ。

 入退室のマナーとか服装とかは問題ないと自信をもって言えるが、肝心の受け答えの記憶の後半部分が吹き飛んでいるからだ。


 記憶がなくなるくらいしくじった部分で実は上手くやってましたなんてあるはずがない。

 記念すべき初面接は苦い結果で終わってしまうかもしれないけど、まだまだチャンスはあるはずだ、だから切り替えないと。

 パソコンをシャットダウンし、部屋の照明を完全に落としてからベッドに入る。


「……スマホ充電しなきゃ」


 30%を切っていたことに今さら気づき、のそのそとベッドを出て充電する。

 最近寝る前にスマホをいじって睡眠時間が削れる事態が多発していたので離して置き始めたのをすっかり忘れていた。

 机の上に置かれたスマホに充電ケーブルを挿した後、少しだけSNSを流し見する。

 ゲームの攻略情報やファンアート、かわいい動物の写真などのいつもと変わらない投稿の中で一つだけ目を引くものがあった。


「そういえば昨日ってこの番組やってたんだ。懐かしいな……もっと早くこの投稿に気付ければ見れたのに」


 その投稿はとある紀行番組の宣伝をしている投稿だった。

 内容は過去に放送されたものからインパクトがあるものや面白い場面を集めた傑作選的なもの。


 幼いころは自分が知らない人や景色、生き物を紹介してくれるそういった番組が大好きで、毎回テレビを食い入るように見ていたことを思い出す。

 急に懐かしくなって昔見ていた番組について調べようとして我に返った。

 もう深夜だし、そもそもこうなるのを防止するためにスマホ離して置いたのに何やってるんだろう。


 誘惑の魔の手を振り切るためにスマホの電源を落とし、ベッドに横になる。

 時間的には普段よりも少し早いくらいだが、睡魔はすぐにやってきた。

 面接のことが思いのほか響いているのかもしれない。

 そうして瞼を閉じたのと同時に。

 体が急に落下するような感覚に包まれた。


 ***


 背中には明らかに自室のベッドではない固い感覚がある。

 寝ている時にビクッとなったり落下したりする感覚を経験することがあることは知っているが、感覚が変わるなんて聞いたことがない。


 それに空気も自室よりも明らかにじめじめとしているような気がする。

 掛け布団も明らかに軽く薄い。

 恐る恐る目を開けてみる


「おぉ、目ぇ開けよったか。」


「ワシ、名前考えとったんじゃ。ここはワシが名付けるぞ。昨日から考えていたからのう」


「……えぇと、なんじゃったかのう。ウィなんとかじゃったような。喉まで出かかっているんだがのう」


 目の前にいるのは肌に皺が刻まれた人型の生き物が二体。

 互いに何かの名前について話し合っているようだ。


 言葉は聞き取れるが俺が普段目にしてきた人とは決定的に異なる点がいくつかある。

 決定的なのは肌だ、見間違いでなければ緑色をしている。

 他にも大きな鷲鼻や尖った耳、頭部に髪は確認できない。

 これはいわゆるゴブリンというやつなのだろう。

 

 だが何故そんな存在が俺の目の前に?

 これは夢なのだろうか。

 場所も洞窟の中のようで、ついさっきまで自室に居たということを考えると現実味がない。

 古典的な方法だろうが頬をつねってみよう。

 やけに動かし辛い両腕を顔の目の前に持ってくる。


「あぅ、ろ……?」


 視界に入った俺の手は目の前にいる推定ゴブリンと同じ色で、赤子の手のように小さかった。

 呂律も全然回っていないしそれどころか条件反射的に出た言葉もちゃんとしたものになっていない。

 もしかして俺はゴブリンの赤子になってるのか?


「ろ……? あぁ、そうじゃったそうじゃった。ウィロじゃ」


「ウィロ……。お主また同じ名前を付けおったな? その名前は10日前に付けたじゃろう?」


「あいつはついこの前死んでおったろう。」


「そういえばそうじゃったな。なら大丈夫じゃ」


 いや大丈夫じゃないだろ。

 ただでさえ自分がいきなりゴブリンになってしまった事に驚いているのに、さらに最近死んだ者の名前を適当な雰囲気で付けられるなんて。


 抗議しようにも言葉にならない音が口から出るばかりだし、老ゴブリン二人はそれを聞いても少し微笑むだけ。

 おまけに他の赤子ゴブリンも騒ぎ出してしまい老ゴブリン二人は対応するためにそちらに向かってしまった。

 泣き出したい気分だったし、気付いていないだけで泣いていたのかもしれない。

 俺はこれからどうなってしまうんだろう……。

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