第7話 王子と従者 最初の戦い Ⅱ

 「イハルムさん、そのまま真っ直ぐ走ってください。この戦場、私がなんとかします」

 「了解だゼファー。気を付けるんだぞ」

 「はい。アイネさん、ここは危ないので馬車の中へ」

 「え? え!? えええええ????」


 揺れ動く馬車の上で、微動だにせずに立つゼファーは、御者イハルムの隣の席にいるアイネをその場から引き上げて馬車の中に押し込んだ。

 戦闘中であっても彼女の身の安全を第一とした良い判断だった。

 

 今の状況に対応できずにいるアイネは、急に浮いた自分の身体に驚いて馬車の中に入った。

 律儀にゼファーとの約束を守って盾で警戒していた王子とちょうど目が合う。


 「あ! アイネさん!」

 「…お、王子。お怪我はありませんか?」

 「はい、僕は大丈夫ですよ」

 「よかったです。それだけが心配でした」

 「いえいえ。僕よりもね。アイネさんの方が心配です。矢とかに当たっていませんよね? 体に傷とかないですよね」


 アイネの肩に手を置いてフュンは彼女の体に傷がないかを確認した。


 「はい。無傷ですよ。王子、そんなに心配しなくてもいいのです。むしろ私たちにとっては、自分のことよりも、まず王子のお体が大切なんですよ。私たちは王子が無事ならそれでいいのです。王子の為なら盾になりますからね」

 「駄目です! 僕の盾になる考えなんて許しませんよ。僕はアイネさんにもイハルムさんにも、ゼファー殿にも無事でいてほしいのです。二度とそんなこと思わないでください」

 「…え・・・いや」


 いつになく真剣な顔をしたフュンは、アイネを叱った。

 自分の命を大切にしてほしい。

 フュンの願いはそれだけである。


 「まあ。それにですね。僕は運が良いみたいですから。なんとかなりますよ。さっきの矢だって、足元に落ちましたしね。当たらないみたいです。あははは」 


 冗談半分で言うフュンは、実際豪運の持ち主である。

 王宮のとある部屋で、不注意で転んだら間一髪でネズミ捕りの罠に引っかからなかったとか、地震が起きた時に自室にいなかったために、タンスに挟まれずにすんだとか。

 危ない事や珍しい事が起きても、必ず回避できてしまう。

 だから、彼が能天気な性格になったのも、これらのせいで身についてしまったのだ。


 「そ、そうなのですか。ですが王子。あの矢は私たちの方じゃなくて、この馬車を狙っているみたいでしたよ。三本の矢は続けてこちらに向かってました。ですからここの方が危険かと」

 「…ん? 馬車の方にですか。じゃあこっちの方が危ないんですね。それならば、アイネさんはとりあえず僕の後ろにいてくださいね。守ります!」

 「そ、そんなわけにはいかないです。私はフュン様のメイドです。私が身代わりになってでも、全てを投げ出してでも………王子をお守りします」

 「駄目ですよ。僕の為に命を懸けちゃいけません。僕はあなたにも生きてほしいのです。ですから背後にいてくださいね」

 「わ・・・わかりました。王子、失礼します」

 「そんなにかしこまらなくても。それに僕だって誰かを守りたいですからね。あははは」


 意外と頑固なフュンは、アイネを守るために矢が来た方向に盾を構えた。

 大人しくアイネは彼の背に隠れる。


 「そういえばイールさん、サヌさん、アンジーさんは? 外で戦ってますか? 戦闘の音が聞こえないのですが・・・」

 「いえ、それが私たちは集団に囲まれているだけで、戦いにはなっていません」

 「え? どういうことでしょう???」 


 フュンが悩み始めた頃。

 ゼファーも同様に悩んでいた。

 高速で首を回して、戦場を確認したゼファーは、馬車の上でバランスを保っていた。

 敵は、こちらの馬車と兵士三人を囲うだけでつかず離れずで並走している。

 敵が無理に攻め込んでこない訳を考えていた。


 周りを囲んできている敵10名の馬を走らせる際の手綱さばきが上手くない。

 この敵の身のこなしが兵士ではない。

 それに、賊だとしても動きが悪かった。

 加えて、彼らの装備が軽装で身を固めるにしては、軽装過ぎる。

 町人や村人のような格好に見えなくもなかった。

 

 そして、馬車を中心に捉えてその周りを囲む敵よりも外れにいる敵。

 あの敵だけは別格だった。

 頑強な甲冑を装備して、馬は足のみで御して、弓を引いていた。

 

 「窓を割った矢を放ったのはあいつ。あの距離で。あの威力・・・間違いなく強い」


 敵の姿をくっきりと視認したと同時に矢がこちらに向かって飛んでくる。

 風を裂く音が、後から聞こえてくるほどに、飛んでくる矢の勢いがあった。


 「は、速い!?」


 矢が猛烈な勢いで迫る中、ゼファーは矢の軌道から到達位置を計算した。 

 矢は、敵である自分ではなく、馬車の窓狙い。

 先程と全く同じ軌道である。


 馬で移動しながらだというのに、同じ位置に同じ威力を射抜ける実力者。

 これは相当腕の立つ人間だと、四天王との戦闘経験値のあるゼファーでも驚いた。


 「あの敵。明らかに弓の名手だ! まさか、フィアーナ様と同じくらいの実力があるのか。そうだとしたら、私では勝てんぞ」


 ゼファーは矢を弾くため槍を構えなおす。

 揺れる馬車の上で、足を踏みしめて上体を固定し、勢いよく馬車の窓に飛んできた矢の横を払った。

 槍の穂先で矢全体を粉砕する。


 「よし。さすがに矢の威力までは、同じではないか。やはりフィアーナ様の方が強い」


 敵の矢はフィアーナ級ではなかった。

 彼女の矢であればこうは上手くいかない。

 自分はまだ四天王の実力に至らないからこそ、ゼファーは敵の実力が分かった。

 自分の実力に慢心しない。油断もしない。

 武人であるゼファーがフィアーナよりも劣るのは百も承知の事実である。


 「それにしても奴を止めないと不安が残るだけだな」


 敵を睨んだゼファーは、馬車の上で叫んだ。


 「イールさん、サヌさん、アンジーさん。私が奴の所まで行きます、三人は馬車を護衛してください」

 「どうやってあんな遠くまで行くのだ。我々は馬で。お前は馬に乗ってないのだぞ!」


 馬車に近い位置を走るアンジーが最初に話しかけてきた。

 

 「大丈夫、馬ならそこにあります! サヌさん。肩を借ります」

 「え? なんだって!?」


 そう言ったゼファーは馬車の上から驚異の跳躍力を披露した。驚くサヌの肩に一度足をつけ、そこからさらに跳躍、サヌの右隣りを走る敵に足蹴りを食らわせて馬を奪取した。

 ゼファーの破天荒ぶりに護衛の三人だけでなく囲んでいる敵も驚く。

 

 「ジャイキさん、貴様ぁ」


 蹴落とした敵のそばにいた者が、叫びながら慣れない手綱さばきで突撃してくる。

 馬の操作に上手さを感じないのは、仲間の為に一瞬振り向いただけで、馬が左右によれたからだ。

 それでもその敵は、懸命に手綱を動かして、ゼファーに近づこうと努力するが、追いつくことはない。

 ゼファーの馬でもないのに、彼の方が手綱さばきが見事であったからだ。


 誰よりも早く戦場を駆けていくゼファーは、弓騎兵の元へ行く。

 

 「ハイス! 落とされたジャイキを救え。こいつは俺に任せろ」

 「わかりました。戻ります」


 仲間に指示を出した弓騎兵は、弓を脇に置き、背にある槍を取り出した。

 奇しくも同じ武器を持つ者同士の戦いが始まる。


 「その異様なまでの猪突猛進具合。体格が良くとも貴様はまだ小僧だな! 俺はお前みたいなのは嫌いではないが、ここで斬るぞ」

 「ふん。あんたに気に入られてもなぁ。私はおじ上に認められるだけで良いのだ。まあいい。恨みはないが、こっちも斬るぞ」

 「おう、やってみろ」


 馬上にて槍での激しい戦闘が繰り広げられた。

 互いの槍は攻防一体であり、攻撃から防御、防御から攻撃の流れに乱れがなく槍の太刀筋が美しかった。


 「小僧でも強さは大人か」

 「私の実力は、大人以上、四天王未満である。並の大人では、私に勝てんぞ」


 ゼファーは自信満々に言い切った。



 

 ◇ 


 二人の戦いを遠くから見守るフュンは、ゼファーの実力に見惚れると同時に違和感を感じる。


 「この人たちの目的はなんだろう。僕か。馬車か。金か。それとも全部か・・・・それにだ。僕を殺す気なら馬車を囲まないで火矢とか使用すればいいですし、捕まえるにしても馬車の馬を潰せばいいんだし。なのにこの人たちは、ただ囲うだけ。それは何故でしょう・・・・それにこの囲っている人たちが兵士じゃないです。一応武器の様な物を持っているが、そのいで立ちからして一般人に感じますね。この人たちの構えからして僕みたいな戦闘の素人さを感じるんですね……う~ん」


 ブツブツ独り言を言って、頭の中を整理するタイプのフュンは、ここで疑問を解消しようと、馬車の扉を開けた。

 敵に姿をさらす。


 「ゼファー殿! その人を捕まえてください! お願いします! 殺さないで!」


 大声で指示を出した。


 「な!? 殿下! 早く中に、なぜ外に姿を見せて!? ・・・あ、しまった」

 

 ゼファーはフュンの声に驚き彼の方をつい振り向いてしまう。

 戦場から目を離してしまったこと。

 これはゼファーがまだ若い証拠だった。

 完全に虚を突かれてしまった。


 ゼファーが敵に向けて首を振り向き直しても、時すでに遅し。

 この一瞬で敵は、自分から離れて弓を射る直前の動きをしていた。

 僅か数秒の間で槍から弓に持ち替える荒業は、熟練の兵士にしか出せない味である。

 ゼファーは、これでは弓を止めるのは間に合わないと判断して敵の馬に寄せていく。

 

 「クソ、よくも殿下を! 貴様ぁ」


 今から急いでも王子へ向かう矢には間に合わない。

 ならばせめてこいつだけでもと、ゼファーは切り替えて攻撃に転じようとした。

 

 

 ◇


 ゼファーが槍を突き出す数秒前。

 フュンは、二人の様子から敵だけを見つめていた。

 一連の動きから来る矢は、スムーズで乱れがない。

 この動きに淀みがない分。

 攻撃を外す訳がない。

 そう思ったフュンの顔の横を矢が通り抜けて、馬車に突き刺さる。

 跳ね返ることなくそのまま刺さったままになるくらいの矢。

 これは人を殺すのに申し分ない威力だ。

 そして、走りながら窓の位置を二度も射抜く精密性を持っているのに、今の自分の顔を射抜かないなんてことはない。

 これでフュンは確信した。


 「やはり・・・この人たちの目的は僕の命じゃないぞ。殺すチャンスはいくらでもあるのに殺さない。ならこの囲い込みも、ただの囲い込みだ。そうだ。この人たちが僕を殺すことが目的じゃないなら。よし…そうときまれば・・・・」

 「お、王子。危ないです。お下がりに」


 フュンがもっと前に出ようとすると、アイネがフュンの袖を引っ張った。

 肩あたりが突っ張って右腕が伸びきる。


 「い、いだ……いだだだ。首と肩が・・・・いたたたた」


 首と肩を撫でて痛みを確認したフュンは、アイネに振り向いて話す。


 「だ、大丈夫ですよ。僕は大丈夫。アイネさん、いいですか。あの人は僕らを殺す気がないのです」

 「え!? そ、そんなわけありません。矢が来てますよ!」

 「いいえ。信じて。彼らは僕を殺す気が無いのです。アイネさん! 僕は人の行動を見分けるのが得意なんです。あとはあの人の顔を見れば何を考えているのかが大体わかります」


 心配そうな顔をしているアイネの手を握ったフュンは、大声で再度指示を出した。 


 「ゼファー殿! 捕まえてください。その人を殺さないで!」


 ◇


 敵へ、トドメの槍を突き出した直後。

 フュンの声が聞こえたゼファーは咄嗟に槍を上に上げた。

 敵の心臓を一突きする一撃を強引に軌道変更させて、敵の弓だけを破壊したのだ。

 

 「・・・な、なに!?」


 ゼファーの神業に近しい技で敵を驚かせる。


 「殿下! ご無事で!」

 

 今度のゼファーは敵への視線を切らず、フュンの方を振り向かないで返答した。


 「はい。無事です。それより、その人を捕まえてください」

 「分かりました」

 「生意気なガキが……俺を殺さず倒せるとでも」

 「当然」

 「このガキ。やってみな」


 自分がべったりと横につければ、敵の弓矢はもう殿下に入ることはない。

 憂いの無くなったゼファーは本気を出して敵を圧倒する。

 無数の攻撃を敵に浴びせるが、彼の命令は捕らえることである。

 殺してはならない。

 だから、ゼファーは槍と防具のみに攻撃を当て続けた。

 攻撃の激しさで、敵の槍と鎧が悲鳴を上げる。

 

 「これにて、斬!」


 ゼファーの最後の一閃は、敵の槍の中心に当たった。

 すると、そこから柄の部分が粉々になっていく。

 敵の槍は槍として機能しなくなってしまった。

 だが、ゼファーの一閃はまだ止まっていない。

 敵の槍を貫いたゼファーの槍は、そのまま敵の鎧にも向かっていた。

 鎧の肩の繋目の部分に槍の先が食い込み、ピンポイントでそこだけを破壊して、ゼファーは持ち手を変えて槍を切り返した。

 敵の肉を切らずに鎧だけを切り裂いたのだ。


 完璧な連動攻撃に驚く敵。

 壊れていく自分の鎧を見ていると、ゼファーが目の前に現れた。


 「なに!?」

 「これで終わりだ」

 「ぐはああああああ」


 敵の馬へと飛び跳ねて移動したゼファーは右の拳を敵の顔面に当てて地面へ叩き落とす。 

 そのまま体術で抑え込み、敵の首を絞めて気絶させた。


 「殿下! 捕えました」

 「ありがとうございます!」

 

 大声でのやり取りの後、フュンは馬車の進行方向を変更させる。

 

 「イハルムさん。少し戻ってゼファー殿の元に行ってください」

 「こ、このまま真っすぐ走って逃げたほうが良いのでは?」

 「いいえ。僕は逃げません! あそこまで行ってください」

 「わ、わかりました。今向かいます」


 ゼファーが倒した敵は、やはりこの中でのリーダーだったようだ。

 敵たちが一斉に動揺して、彼を捨て置けずに助けようと動き出した。


 彼がやられてから、すぐに慌てる様子を見せるあたりに、感情も動きも素人であるなと、フュンはつぶさに戦場を観察していた。

 囲んできた敵たちはゼファーの元に向おうとする。


 「ゼファー殿! その方たちも殺さないでください! 捕えてください!」


 フュンの声を聞いたゼファーは向かってくる敵たちを見て呟く。


 「やれやれ、なかなかに注文の多い主君であるようだ。殿下は人が死ぬのがお嫌いなようだな。お優しい人であるのだな。まったく甘ちゃんだ。聞いていた通りの人物ではないか。ふっ」

 

 向かってくる敵たちをゼファーは槍を使って馬から叩き落としていく。

 馬上対地上の戦いから、一気に平地戦へと引きずり込んだ。

 この鬼神のような強さを前にして敵は足を止めてしまう。

 動きのない敵に対してゼファーは大胆に宣言する。

 

 「どうかあなたたちは、今すぐに投降して欲しい。さすがの私でも万が一があるかもしれない。下手をすると殺してしまうかもしれないのだ。すまぬ」


 ゼファーの声に一度は身を引いた敵たちだが、目の前で倒れるリーダーを前にしておめおめと引き下がるわけにはいかないと9人が同時にかかってきた。


 「死んだらすまん!」


 穂先を逆にした槍で鮮やかに連打する。

 敵の腹を。敵の肩を。敵の足を強く叩いていった。

 体が動かせなくなるギリギリの範囲で痛めつけていく。

 圧倒的な力の差を見せつけて、ゼファーは槍を置いた。


 「殿下! これでよいので?」

 「あ、ありがとうございます。ゼファー殿、素晴らしい腕前で。感服いたしました」


 敵が倒れている現場に着いたフュンは感謝した。


 「いえ、お褒めに預かり光栄であります」


 ゼファーは跪いた。


 「ではこの方を起こします。話が聞きたいのです」

 「王子! それはお待ちを」


 護衛のイールがフュンの行動を止めた。


 「とりあえず、この者たちの武器を全部取り上げてから、私どもが監視します。それから起こしてください」

 「あ・・・はい。それはそうですね。お話が聞きたくていてしまいましたね。あははは」


 フュンは頭に手をやってごまかしながら笑った。


 

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