人質から始まる凡庸王子の物語

第5話 又と無い友

　出立の日まであと三日。

　サナリアの王都の南にある四天王ゼクスのお屋敷にて。

　戦士二人が朝早くから互いの槍を突き合わせて鍛錬を重ねていた。

　命のやり取りにも近しい攻防は、普通の兵が入り込む隙間もなかった。

　ここで突然であるが、サナリアの四天王は王都の東西南北に居を構えている。

　王都を守るために、各々がその方角を守る守護神となっているのだ。

　それでゼクスは南を担当している。

　そして、本日のゼクスは、屋敷に親族を招き入れていた。

　大人顔負けの肉体をしている甥っ子のゼファーである。

　ゼクスの面影がちょっとだけある彼は、浅黒い肌に短髪の青い髪で両の耳に青いピアスをしている。

　ゼクスに憧れているからこそ、ゼファーは似たような姿になろうとしているのだ。

　訓練を途中で切り上げる為に、一瞬だけ全力を出したゼクスは、ゼファーの槍を弾き飛ばした。

　「ゼファーよ。前よりもだいぶ動きが良くなったぞ。強くなった！　このまま鍛錬を忘れずにいれば、すぐにでも我も超えていきそうだな。はははは、叔父としては自慢の甥っ子になるな。はははは」

　「本当ですか！　おじ上！　この私が・・・おじ上を超える・・・・」

　尊敬する叔父に絶賛されたゼファーは嬉しそうに両の手を見た。

　自分に成長している実感があまりなかったからこそ、余計に嬉しく感じたのだ。

　「よし、ゼファー！　こちらに座って欲しいのだ」

　「わかりました」

　ベンチに座ったゼクスの隣にゼファーはちょこんと座る。

　その動きの可愛らしさに対して、彼の体格が不釣り合いだった。

　まだ十四のゼファー。

　身長が180cmを越えており、明らかに体格が同年代よりも優れている。

　もはや大人と比較しても引けを取らない上で、武芸の実力も、四天王の全員のお墨付きがあり、ゼクスとしては、どこに出しても恥ずかしくないと豪語できるほどの自慢の甥っ子だ。

　しかも、彼は兵士数名と同時に戦っても渡り合える実力者なのだ。

　「単刀直入だが、よいか？」

　「はい！　おじ上」

　「うむ。お前にな……我に出来ないことをやってもらいたいのだ！」

　「おじ上に出来ないこと・・・そんなことがこの世にあるのですか！？」

　ゼファーは、叔父を崇拝し過ぎていた。

　「もちろんあるぞ。我にできないことがたくさんあるのだ・・・で、それでだな・・・」

　「ん？・・・・なんでしょうか？」

　言い淀むゼクス。

　今から言う事が、よほど難し事であるのだろうとゼファーは息をのんだ。

　「…お前にフュン様の従者をして欲しいのだ。どうだ？」

　「は？　私がですか！？　あのボンクラ王子の！？　嫌です、私はおじ上の部下になりたいのです」

　ゼクスが言い切る前に、ゼファーは自分の言葉を被せた。

　返答の速度がやけに速く、ここに悩むという動作が見られなかった。

　だから、ゼクスはよほど嫌なのかと、がっかりした。

　「う、うむ。ま。まあ。そんなこといわずにだな。フュン様についていけば、お前にとって素晴らしい経験を積めるかもしれん。武芸を学ぶのに、帝国の知識は貴重だぞ」

　「それはそうでしょうが。私は嫌です。あの王子は王に捨てられたのですよ。第一王子なのに人質ですよ。そんな奴では、帝国でも良い待遇を得られないでしょう。私はそんな奴の従者になるなどまっぴらごめんなのです。絶対に嫌です」

　ゼクスの体から殺気が出ると、ゼファーの手の震えが止まらない。

　恐怖からこの場が殺し合いをする戦場になったように感じた。

　「…捨てられただと・・・・そんな奴だと・・・・・あ、あの方はな・・・・この国の為に……我らの為に、民の為に……我が身を犠牲にした偉大な方だぞ。お前に王子の苦しみの何が分かる。あの方の心情を・・・・あの方の苦しみを・・・もうよい。今日はこれで終わる」

　怒り心頭になったゼクスは家に戻った。

　でもこの反応は当然のことだった。

　彼が幼い頃から、師として我が子のように鍛えたのだ。

　自分が大切にして育ててきた人を、よりにもよって、自分の甥っ子であるゼファーが馬鹿にしたら、この反応をするしかなかった。

　この後、彼の心がいつも通りになるわけがなかった。

　いつもなら昼を越えてもする修行が無くなり、お喋りではないゼクスであっても、一日中一言も話さなかった。

　この態度が、彼の怒りの深さを指し示していた。　

　ここまでの怒りは、ゼファーが経験した事のないものであった。

　多少の無礼を働いても笑って許してくれる叔父だったから、ゼファーとしてはもうどうすればいいか分からずに一日を過ごしていた。

　その日の晩。

　ゼファーは、屋敷の中にある自分の部屋で反省をしていた。

　「おじ上を怒らせてしまったわ。どうしよう・・・・・それにしても王子の心情？　国の為？　我が身を犠牲？　親に捨てられた情けない王子ではないのか？　二つも下の王子に負けるような弱い王子じゃないのか？　ん～私には、さっぱりわからん。噂通りの男じゃないのか……」

　いかに体格がよくとも。

　ゼファーはまだ若い。

　会ったこともない王子の実情を理解するにはまだ経験が足りなかったのだ。

　◇

　フュンが出立する朝の事。

　準備をいろいろしていたフュンの元に、難しい顔のゼファーと笑顔のゼクスがやってきた。

　三人の話に入る前、前日の話に遡る。

　ゼファーは王子に対して、発言した全ての言葉を撤回して、誠心誠意ゼクスに謝った。

　その事で何とか機嫌を取り戻したゼクスは、まだ従者の件を諦めていなかった。

　生真面目なゼクスが再び、自分に対して頭を下げたのだ。

　自分も頭を下げて許しこうたのに、叔父もまた頭を下げる。

　さすがにこうなってしまっては、この後の展開は察するがまま。

　ゼファーはしぶしぶ従者の件を承諾するしかなかったのだ。

　だからこそ今のゼファーの顔が、ムスッとした顔をしていて、完全に納得していない様子をフュンの前で隠さずにいたのだ。

　話は三人に戻る。

　「…よろしくお願いします・・・殿下」

　「はいぃ？」

　急に話し出したゼファーの言葉にフュンは戸惑った。

　ゼファーの存在を先程知ったばかりなのに、何がよろしくなのかと余計に戸惑う。

　「フュン様。どうか、我が甥ゼファーをフュン様のお供として帝国に連れて行ってもらえないでしょうか」

　頭を下げる具合をもっと低くしろ。

　ゼクスはゼファーの頭を掴んで勢いよく下げさせた。

　そんなことしないでくださいよと、フュンは両手をバタバタさせながら話を返す。

　「いやいや、やめてくださいよ。ゼクス様。彼が可哀そうです。それに今回はそのお願いは無理ですよ！　僕に同行することはお勧めしません。僕は人質なのですよ！　きっと向こうでの待遇はあまり良くないはずでですね。そんな過酷な場所にゼクス様の大切な甥っ子殿をお連れするのは気が引けますのでお断りします！　駄目です！」

　王子に同行することを嫌がっていたゼファーの顔が急に明るくなった。

　やりたくないことをしなくてもいいのかも。

　若干の希望が見えた気がした。

　「いえ。そんなことを言わずに、この馬鹿な甥に世界を体験させるという名目でいいのです。王子の為もありますが、こやつの成長を願ってのことです」

　叔父の押し売りで、ゼファーの顔の気圧変化が激しくなる。

　気持ちの整理がつかないのが、顔に現れた。

　目の前の王子だって断っているのに、なぜ無理やり頼むのだ。

　やめてほしいという心の声が、顔にまで出そうである。

　「……ゼクス様」

　フュンは真っ直ぐゼクスを見つめる。

　「僕はアイネさんとイハルムさん以外にですね。誰かを帝国に連れて行こうなんて、微塵も考えてないんですよ・・・絶対にお断りします！」

　ゼファーの顔がまた明るくなった。

　フュンが断るたびに気持ちが晴れやかになるが。

　しかし。

　「駄目です！　こいつを」「いえいえ、無理ですって」

　「そこをなんとか」「いやいや無理ですって」

　「ですが・・・」「・・いやだから・・・・」

　二人の問答の度にゼファーの表情はコロコロ変化する。

　もう彼の顔は元の顔には戻らないだろう。

　それくらいの感情の変化とそれほどの押し問答の数であった。

　数分後・・・。

　「王子！　本当ならば我があなた様のおそばにいたいのです。ですがそれは我の立場では許されないのです。ですから、こやつの事を我だと思ってくれると嬉しいのです・・・・それに我は、この手塩にかけて育てたゼファーが、必ずや王子を守ってくれると信じているのです。こやつならばやり遂げますので、どうか。どうか。ゼファーをお願いします」

　「はぁ……まあ、ゼクス様がそこまで言うのなら仕方ありませんね。まあ。ゼクス様がそれでよいとして、ゼファー殿の本心はどうなんでしょうか。僕は人に無理強いすることが大嫌いですよ。なのでゼファー殿が、僕と一緒に行っても良いというなら、連れて行きましょう。どうです。ゼファー殿。帝国に行きますか？」

　ゼファーは尊敬する叔父が自分を信じていると言ってくれたことで惚けていた。

　嬉しさのあまり、意気揚々とフュンに返事をする。

　「殿下！　私は殿下についていきます！　おじ上の代わりとして、私が護衛を務めます。帯同することをお許しいただきたい！」

　「はぁ～。そうなるなら仕方ありません。それではゼファー殿。よろしくお願いしますね」

　「はっ、殿下」

　ゼファーはフュンに対して顔を隠すように下を向いて跪いた。

　半分はこの事に納得して、半分は承諾していない。

　ゼファーは、そんな顔をしていた。

　こうしてゼファーは、これからフュンに訪れる幾多の困難を共に乗り越える従者となったのです。

　最初、ゼファーは不満だらけでありましたが。

　この時に彼がフュンのお供になっていなければ、フュン・メイダルフィアという一人の英雄は誕生しなかったのです。

　そう断言してもいいくらいに、フュンにとって命よりも大事な、かけがえのない人物がゼファー・ヒューゼンという男なのでした。　

―――あとがき―――

読みやすいように編集してますが、もう少し技量があればと思う今日この頃。

ですが楽しいものをお届けしようと頑張っていきます(｀･ω･´)ゞ

昨今の流行のファンタジーじゃないですけど、自分の中ではファンタジーの大河ドラマみたいになったらいいなと思ってます。

歴史の一ページを少しずつ書いていく。

そんな感じにまとめていきたいと思ってます。

２０話辺りまでは緩やかに話が続きますが。

出てくる人物たちが終盤まで生かさる形であるので、このペースにお付き合いしてくださると嬉しいです。

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読者さんが増えているのかもしれないという結果が見えると不思議とやる気って出てきますよね。

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