第3話 サナリアの運命が決まった夜

 会議で人質がフュンに決まった日から四日後の夜。

 王アハトは食事会を開いた。

 招待客は王妃カミラ。

 サナリアの四天王。内務大臣のショウラと外務大臣のミカルゲ。

 第二王子ズィーベ。第一王子のフュン。

 こちらの順番で城の宴会場に集まった。


 先に集まっていた四天王や大臣たちに挨拶もしないズィーベは、自分の母だけに挨拶をして席に座る。

 その頃。

 フュンは会場の入り口で、ズィーベが一瞥もしなかった兵士と談笑していた。

 

 「ご苦労様です。ええっと、フランさんと、カイルさん。これから大変でしょうけど、お仕事頑張ってくださいね。よろしくお願いします」

 「い。いえ。フュン王子。顔をお上げください。俺たちはただの兵士ですよ」


 扉の左にいた兵士フランは緊張して手が震えた。


 「ありがとうございます。フュン王子! 頑張らせていただきます」


 扉の右にいた兵士カイルは王子の言葉を素直に喜んだ。


 「はい。では中に入りますね」

 「「どうぞ。フュン王子」」


 二人の兵士は、自分の名前を憶えていてくれたんだと思って喜びながらフュンを中に通した。



 ◇


 宴会場に入室したフュンは、すぐさま会場の中にいる人々に、挨拶をする。

 王妃、大臣から始まり、四天王へ。

 そして最後に師であるゼクスの元へと向かった。


 「ゼクス様。父上がこの大変な時に、このような催しをするとは、一体どうなされたのでしょうか。ゼクス様。何かご存じでしょうか?」

 「あ……は、はい。まあ、え~……あのフュン様・・・」


 奥歯に物が挟まったかのように、伝えたいことを伝えられずにいるゼクス。

 その姿がだいぶ挙動不審で、いつもの堂々たる雰囲気のひとかけらもない師の姿に、フュンは違和感を感じた。


 「ゼクス様、どうしました? 歯切れが悪いですね」

 「そ・・・それがですね・・・」

 「アハト王。入室されます」


 話の途中で入口の兵士の声が部屋に響いた。

 会話は強制的に中断となり、二人はその場で頭を下げる。

 

 王が招待したのに。

 皆、王を歓迎する態度を取らねばならない。

 席を立ち頭を下げ始めると、アハトが手を上げてこう言った。


 「この食事会は公式なものではない。気を楽にしてくれ。面をあげて堂々と席に座っていてくれ。その方が俺も楽だ」

 

 あえて俺と言った王は、この場が非公式であると宣言した。

 王の意向を無視するわけにはいかない皆は緊張しながら各々席に着く。

 皆は結局。

 楽にしてくれという命令を守らないといけない立場である。


 長方形のテーブルの短い方に、王と王妃が並んで座り、反対側の短い方にフュンとズィーベが並んで座る。

 長い方には臣下たちが座った。

 宴会は王の一言から始まる。

  

 「さあ。ひとまずは楽しい食事会にしよう。乾杯だ」

 「「乾杯」」


 王の言葉を受け一同は、ひとまずは食事を楽しんだ。

 いまだに戦争の爪痕が残るサナリア王国。

 豊富な食料が取れる平原を持っているからと言って、山間部との分け合いをしているサナリアは、王族であろうとも基本な食事は質素である。

 だが、この日ばかりは多少豪勢であったようで。

 王族でも滅多に見かけることのないラム肉のソテーが置かれていた。

 この事は大変に珍しい事。

 サナリア王国にとって、羊は貴重な乳製品を生み出す家畜として飼育しているからだ。


 サナリアは肉をあまり食べないのではなく、食べられないと言ってよい。

 それは成育していくはずだった動物らが死滅しているからである。

 

 サナリアでは、食肉として運用しているのは羊と野生の猪くらいで、馬も飼育はしているのだが、サナリアで馬は、最も大切にすべき動物で、食材としてカウントすることがない。

 騎馬民族としての矜持が食用とすることを許さないのである。

 だから、今回の羊料理は大変に珍しい。

 豪勢な料理を見たフュンは、王に何かいい事でもあったのだろうかと、ナイフとフォークを巧みに使って肉を切り分けながらそう思っていた。

 


 ◇


 何気ない会話が家臣たちの間でも起こり、王も談笑するほどにゆったりとした空間になってきた食事会。

 何事もなく穏やかな時間が流れていたのだが、フュンはここで異変に気付いていた。


 それは四天王のシガー。自分の師であるゼクス。

 双方がいつにも増してお堅い表情をしていたことだ。


 この食事会には必ず裏があると。

 人をよく見ているフュンの勘がそう囁いていた。

 


 時が経ち。

 食事会が佳境を迎えると、王が徐に立ち上がり皆の視線を集める。

 会場中の注目を浴びながら話す王は堂々と宣言する。


 「フュン!」

 「は、はい。父上」


 いきなり名を呼ばれたフュンは慌ててその場に立ち上がった。


 「突然であるが、お前にはガルナズン帝国に行ってもらうことにした」

 「は、はい。私が……何用ででしょうか? 使者ということでしょうか」

 「うむ。お前にはしばらく行ってもらうことになったのだ。よいな」

 「・・・しばらく・・・」

 

 『自分が人質になれ』


 王の具体的な指示でもない言葉だけで、フュンは王の言葉の真意に気付いた。

 眉を少しだけ上げて、困惑した顔を作りかけたが真顔に戻す。

 

 そして、この事に気付いたのは王妃も同じくだった。

 彼女は、僅かに頬をあげた。

 内心は発狂したいたいほどに喜んでいて、隠し切れない笑みを必死に抑え込んでいた。


 遠回しの言い方をした王の真意にこの王子は気づくのか。

 ゼクス以外の四天王たちは黙って二人のやり取りを観察する。

 がしかしその観察もすぐに無駄に終わってしまうのだ。

 ボンクラで、優しさだけが取り柄の王子を、馬鹿にし過ぎていたと、四天王たちは後悔する。


 「……わかりました。父上・・・・それでこの国は戦わなくて済むのですね」

 「そうだ」


 反対側の席同士にいる二人は、睨みあう様に見つめ合う。


 「それならば、私は喜んでいきましょう。ですが父上。一つ、私と約束して欲しいことがあります」

 「なんだ」

 「必ず・・・この国の人々を大切にしてください。それはこの地に住む人々全員です。王族も家臣も、メイドも執事も、兵士も。皆さんを大切にしてください。それが条件であります」

 「わかった」

 「絶対ですよ。この約束を破らないでください」

 「無論だ」


 全てを理解していたフュンは、頭が悪いわけではなかった。

 帝国の属国になったサナリア王国。

 それなのに、帝国から何も条件がなかったことが、むしろおかしかったのだ。

 条件として適しているのは人質に決まっている。

 最も価値のある者の提供が必須だ。

 人質を要求された国が絶対に裏切らないという証として、王と国にとって最も大切な人物を送りださなければならない。

 その人物に値するのは王子だけ。

 ここからフュンが推察したことは、王の「しばらく行ってこい」の一言である。

 これだけで、彼は分かってしまったのだ。

 己が人質に選ばれたのだと。

 それと同時にお前が次期王ではないことが。

 王のあの短い言葉の中には、この二つのことを遠回しに伝えてきたのだとフュンは即座に理解したのだ。


 ゼクス以外の四天王の三人は、王の言葉の裏にある真意を即座に読み取ったフュンを見て、この人物は我々が思う以上の切れ者ではないのかと感じ始めた。

 戦う力ではない力が、フュンにはある。

 そしてそれがズィーベにはない。

 現に、この二人の会話の流れに、ズィーベの頭は追いついてなかった

 いかに武芸や勉学が出来ようとも、この会話で相手の言いたいことが分からないとはどういう事だ。

 もう十三であるはずのズィーベには、この程度の事をすぐに分かって欲しかった。

 しかし、ズィーベという男は人に興味がない。

 自分にだけしか、興味がないから、結果や事象にだけ執着する節がある。

 自分が強い。自分が偉い。

 そうであれば、あとは何もかもどうでもよい。

 人の心を慮って生きてきたことがないのである。



 ここで、二人の王子の差が際立ったことで、四天王の心の片隅に後悔が残った。

 フュン王子の人質を強く反対すべきであったかもしれないと。

 だがそれはもう遅い。

 王アハトが決めた運命で、サナリア王国の命運は決まってしまったのだ。


 運命の歯車は、たったの一つだけ。

 色と形が変わってしまった。

 何個もある歯車の。

 一つの色が違うと、それは全体の色が変わることを示し。

 一つの形が違うと、それは全体が上手く動かないことを示していた。

 たった一つだけれども。

 されど一つであったのだ。

 


 そしてこの時。

 四天王ゼクスは、フュンの心情だけを気にしていた。

 彼の表向きの表情に目立った変化がない分、おかしかった。

 

 だから事細かく様子を窺うと、彼の拳が固く握りしめられていた。

 小刻みに震えて血が滴り落ちている。


 自分が実の父に捨てられたんだという悲しみ。

 王太子として認められなかった苦しみ。

 故郷から離れなければならないその心情。


 それを必死に隠そうとする姿にゼクスは今にも泣きだしたい気持ちで一杯だった。

 だが、辛いはずの王子がこの場で泣いていないのに、このまま自分が泣くわけにはいかない。

 必死になって涙を堪え続けるゼクスは、心の中で王子を守り切れなかったことをひたすらに詫びたのだった。



 しかし、この時のフュンの心情は誰にも理解できないであろう。

 王子としてのプライドよりも。

 彼は国のこと、民のことだけを考えていたのだ。

 自分の悲しみや苦しみよりも誰かを優先する。

 フュンという男はそういう人物であった。

 そんな人物を手放そうとするサナリア王国。

 フュンという人物を失う損失を、この時のサナリアはまだ知る由もない。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る