人質から始まる凡庸王子の物語

咲良喜玖

第1話 サナリア王国

 昔々。

 アーリア大陸の東に、三方を山に囲まれたサナリア平原という場所がありました。

 平原の暖かさに、山から来る冷たい風が合わさり、人が暮らすに快適な気候となっている地でありました。

 なので、この地に住まう人々は、サナリア平原を『風の大地』と呼んで親しんでいました。


 豊富な食料と、昼も夜も一定の温度を保つ地域性を持っているサナリア平原。

 暮らす上では、何不自由ない素晴らしい土地柄であったのです。

 ですが、この快適さとは裏腹に、この地は嵐吹き荒れる激しい戦いをしていたのでした。


 実りある平原部に対して、冷たい風が吹く山間部はあまり作物が育つ環境ではなかった。

 両者が、この大地でぶつかるのは火を見るよりも明らかでした。

 山間部の食糧事情からして、平原部の豊かさを許すことは出来なかったのです。

 ですから、サナリアの地では度々戦争が起きたのでした。


 アーリア大陸の規模に比べれば、小さな平原であるサナリア平原とその周りのサナリア山脈とユーラル山脈。

 この双方の地には、無数の少数部族が存在した。

 山間部族群。

 平原部族群。

 双方の部族らは、互いの地で争いながらも、双方の地でも争い続けた。

 戦う場所が入り乱れる戦争は、長らく続く戦乱でありました。

 その結果。

 疲弊し続けるのは大地だけではなく、そこに住まう人々もまた疲弊したのでした。


 希望の見えない戦いが延々と続くこの世界。

 絶望しかないこのサナリアに、真の平和をもたらそうと、ある男が立ち上がったのです。

 無数にあった両方の部族を淘汰し、無情な戦争に終止符を打った人物。

 名を【アハト・メイダルフィア】

 サナリア平原を中心に、北のサナリア山脈と、南のユーラル山脈を制覇した英雄であります。

 彼のおかげで、サナリア平原には真の平和が訪れたのでした。


 そして、この地を統一した彼は、王国の名をつける際に、いらぬ軋轢を生みださないために部族名から名前を付けずに、【サナリア王国】としたのです。

 この地を平和にするため。

 この地に住まう人々に安心してもらうために。

 サナリアの名を残したのでした。

 アハトはこの国を盛り上げ、平和を築いていこうとした矢先に。

 とある大事件が起きたのです。


 それは、このサナリアを囲う二つの山脈がない西側から来た使者から始まりました。

 実は、サナリアの地の西側には、巨大な国家が存在していたのです。


 アーリア大陸の東半分を占めている強大な国家。

 【ガルナズン帝国】であります。

 大陸の半分を支配しているガルナズン帝国が、今までサナリア平原の部族を野放しにしていたのは、かの国よりも西にあるアーリア大陸の西半分を支配する【イーナミア王国】

 この国との戦争を長きに渡り繰り広げていたからで、帝国はサナリア平原とその傍の山脈地域に、自分たちから見て無法者共がいる事を認識してはいたものの、そこが取るに足らないような場所で、さらにその争いがあまりにも醜く、こちらの足元にも及ばない戦力であったがために、その地を放置していたのでした。

 こちらが、わざわざ兵を割いてまで、対応する必要もない領土だと、高を括っていたのでした。

 ですが、この度。

 サナリアの英雄アハトが平原を無事に平定し、更に山間部までをも統一したので、その兵力と基盤を無視することが出来なくなったのです。

 国の前面にイーナミア王国。

 国の背後にサナリア王国。

 二つに挟まれたような形にも見える帝国の立ち位置では、この先のイーナミア王国との争いに勝てない。

 そう睨んだ帝国は、サナリア王国に対して宣誓布告の様な警告をしました。


 「自分たちに従え。従わないのであれば、このまま戦争であると」


 ガルナズン帝国の強気な物言いは、サナリア王国とアハトを窮地に追い込みました。

 彼とその仲間たちがやっとの思いでサナリアの地を統一しても、苦難は再び襲い掛かって来たのです。

 統一したばかりで、従属の道を歩まねばならなくなったアハト。

 かの国の戦力が強大であることを知うアハト達は、勝てないを重々熟知していた。

 だから従属しますと。

 二つ返事すらもしないで、すぐさま回答するべきであったのだが、アハトにとって悩まざる負えない条件がこの裏にあったのでした。


 『サナリアから人質を出せ』


 条件はこのたったの一文。

 てっきりアハトとしては、兵を提供しろ。食料を提供しろなどの軍事支援をしなければならないのかと思いきや、言われたのはただの人質のみ。

 まあ、これならばすぐに返事をしてもよい所なのだが。

 ここに、悩ましい条件があったのです。


 『人質は、二人の息子のうち、一人を選べ』であったのです。


 従属の選択をするよりも遥かに難しい選択を、アハトはこの地を守るためにしなければならないのです。


 王はどちらを選ぶのか。

 

 ここからは、小国家の王アハトの息子の物語が始まります。

 のちに、アーリア大陸の歴史にその名が刻まれることになる。

 偉大な王子の英雄譚です。



 ♢


 サナリア王国のアサイン城玉座の間にて。

 サナリア平原を巡る戦争を戦い抜いた歴戦の戦士たちと王が話し合っていた。

 会議の内容からして紛糾するわけではなく、静かな始まりであった。

 勇ましい五人は、冷静に顔をつき合わせている。


 「王。どうするつもりで?」

 

 サナリア王国の四天王『剣のラルハン』が王に問う。


 「・・・うむ・・・・」


 端的な返事の続きが出ない。

 王の悩みは深かった。

 我が子を人質に出すなど、他人ではその心情を計れない。


 「その聞き方はないであろう。ラルハンよ。王とて人。そして親なのだ。難しい問題なのだぞ・・・悩むに決まっているのだぞ」


 サナリアの四天王『斧のシガー』がラルハンを諫める。

 穏やかな人相のシガーは、何よりも王の気持ちを慮っていた。


 「そうだ……あたしらじゃこんな大事な事。決めきれんわな。それに何より……まあ、なんだ。その……こういうことはよ。王の意見が一番だぜ。あたしらの意見は付属品だな。王が後悔しない選択を見守るしかねえぜ」


 サナリアの四天王『弓のフィアーナ』は、意見を放棄した。

 でも、王の苦しい立場がわかるからこその放棄だった。


 「我らの意見などで固定観念を作りたくない。我はまず王の話をお聞きしたい。そこから王と共に我々も一緒になって悩みます」

 

 サナリアの四天王『槍のゼクス』が、堂々と意見した。

 無骨な物言いであるが、その内容には優しさが垣間見えた。


 「…そうだな。俺としてはだな。お前たちの意見を取り入れたかったんだがな・・・・そうだな。俺の意見に勝手に口出すようなお前たちではないものな。よし、まずは俺の気持ちを伝えた方が良いな」


 王という身分でありながらアハトは彼らと同じ目線の話し方だった。

 彼らはアハトにとって、ただの部下ではない、数々の戦場を共にした仲間たちなのだ。

 四天王たちは、重い口を開いた王を真剣に見つめる。


 「俺は・・・・人質はフュンでいこうかと考えている・・・・あいつは至って普通過ぎる。何においても才が無い。戦えぬ王は駄目だろう」


  王が第一王子フュンを拒絶したため、四天王は一斉に目を見開いた。


 「そして、ズィーベは優秀だ。武芸に勉学に。同年代でも無敵だろ? 皆よりも一歩先を行く男だからな。俺は、あいつが後継者にふさわしいと思うのだ。どうだろうか?」

 「…な!? 王! フュン様を人質!? ズィーベ様を後継者にすると!?」


 ゼクスは声に出して驚いた。

 他の三人は声には出さないが多少なりとも驚く。

 なぜなら、フュンがこの国の第一王子であるからだ。


 「王! わ、我は……フュン様が次期王になられた方がよいかと思います」


 ゼクスにしては珍しく声が大きい。

 律儀な性格のゼクス。

 どんな意見も聞くと言った手前、恥ずかしい話であるが、長男であるフュン王子をないがしろにすることができず、ついつい自分の意見を率直に出してしまった。


 「そうか。王はそう考えたか……まあ、あたしはいいと思うぞ。強え奴が上に立った方がいいわ」

 「王の意見に俺も賛成だ。フュン王子は平凡すぎる。あの能力では庶民と変わらん」

 「・・・・・・」


 フィアーナとラルハンは王の意見を肯定した。

 だが、シガーは肯定も否定もせずにただ黙っていた。


 「シガーよ。難しい顔をしてどうした? お前は不満か?」

 「いいえ、不満はありません・・・・正直な話、私はどちらの王子が後継者でもよいのです。ただ・・・・」

 「ただ? なんだ。続きを話せ」


 王は疑問符を許さない。

 シガーを急かす。


 「ただ私は、次の世というのは戦争がないと思っております。ならば、王とは強さよりも統治者としての人格が必要なのではないかと考えています……そしてそれはフュンお・・う・」


 シガーは否定をしているわけではない。

 だが、この意見が王には否定に聞こえていた。


 「なんだ。ズィーベにはその資格がないとでも言うのか!」


 言葉に若干の怒りが混じっていたのに気付いたシガーは、王の力強い目つきも相まって話を止めてしまう。

 シガーは額の汗だけじゃなく、背中からも流れていたことに気付く、 

 王の無言の圧力は強まっていく一方。

 委縮した彼を救うために真面目なゼクスが助け船を出した。


 「王よ、我の意見・・・・・お許しを」

 「…ああ、うむ。ゼクスよいぞ!」


 ゼクスの狙い通りに王の無言の圧力は弱まった。

 シガーの冷や汗は止まる。 


 「…シガー殿は、ズィーベ様に資格がないとは微塵も考えておりません。ただ我と同じ意見で迷ったのです。我は……フュン様の持つあの優しさこそがこの国を更に繁栄させると思うのです。ここからは争いの世界ではありません。治世の時代がくるのですから。フュン様に力が無くとも、あの方の性格であれば、サナリアの民一人一人の顔と声を見て聞いて、必ずやこの国にとって良い政治をしてくれると我は思うのです」


 芯から真面目なゼクスは嘘をつけない。

 率直な意見だけを王に言うとラルハンが反論する。


 「ゼクスよ。優しさだけでこの国が維持されるとでも言うのか。お前はいったい・・・どこまで甘ちゃんなのだ。この戦乱の世を乗り越えた先も、力は絶対に必要なのだ。そんな情けない考えのお前が師だから、フュン王子も甘ったれた男に育ったのではないか。ゼクス!」

 「な!? なんだと! それはなんたる言いがかり。我は王子の為に誠心誠意。この身を捧げて指導したのだ。あの方の為に我は命を懸けてもよい! ラルハンよ、我を馬鹿にするのはよいが、フュン様を愚弄することだけは絶対に許さんぞ! 今ここで斬る」


 武器に手をかけて睨み合いに入った二人の間に、鷲のように鋭い目を持つフィアーナが立った。

 緊迫している二人の前で、フィアーナは両手をプラプラとさせてリラックスしている。


 「まあまあ、ご両人ともそんな怒んなよ。あたしらが喧嘩したってしょうがねぇじゃんよ」


 フィアーナは申し訳なさそうにゼクスを見た。


 「・・・まあ、なんだ。そのゼクスが王子に肩入れしてるとこ悪いけどよ。事実さ。王子は甘ちゃんだぜ。あの王子……誰にでも優しすぎるんだ。んな奴が王になったりしたら、逆に王としては苦労しちまうかもしれんぞ。優しさが邪魔をして難しい判断が出来ないかもしれん」


 フィアーナの意見は至極真っ当であった。

 難しい政治判断をしなければならない王に、あの心優しい王子がなれるのか。

 この一点があって、三人はフュンには国を任せられないと思ったのだ。

 そう彼をよく分かっているからこそ、ラルハンとフィアーナは後継者になることに反対して、そんな事は百も承知なシガーとゼクスは、彼の誠実な心に期待して賛成していたのである。

 この時の四天王には、王子に対する思いの違いがあったのだ。

 

 「それでよ。この間の話なんだがな。あたしの部下がよ。しょうもない怪我をしたんだよ。まあ、肘下辺りがズル剥けたくらいの傷だな。なに、戦闘の傷に比べりゃ、大したことなかったんだけどさ。んでも、あの王子は、『それじゃあ大変です。化膿したら大変ですよ』とか心配そうに言っててよ。王子があたしの部下の為にわざわざ傷薬まで持ってきて、そのまま薬を塗ってやってたんだぞ。あんなもん、たいしたことない怪我だったのによ。あれくらいのことは自分で処理させろってんだ。なんで、あんなことを王子がやってんだ? 頂点に立つべき人間がやる事じゃない。未来の王がやるべきことじゃないんだぜ。あれは不味いんじゃなねえの、ゼクス?」


 辛辣な意見を聞いたゼクスがフィアーナに怒り出す。


 「何を言うフィアーナ。そのお姿こそ、我が敬愛するフュン様だ。配下一人でも大切にする。その素晴らしい心を、貴様のような単細胞には分からんだろう!」

 「んだと。この堅物が! あたしが言ってんのは、良いとか悪いとかの心持ちの話じゃねえ。そんな些細なことは王のすることじゃねえって言ってんだ!」

 

 今度はゼクスとフィアーナの睨み合いが始まった。

 一歩も引かぬ二人を前に、王は思わずため息をついた。


 「…はぁ。ラルハン! ゼクス! フィアーナ! 少し黙れ……ふぅ、四人の意見は全て正しい。だが、俺としてはこの国の成り立ちからして、力強き者がこの国を治めねば、民からの信頼を失うと思うんだ。弱き者では、いつ反乱をされるか分からん。だから、後継者はズィーベでいこうと思うのだ! 残念だがな。フュンではその力がないのだ。力なき王ではいけない。内乱だけはさけねば・・・どうだ。お前たち!」

 「「「その通りでございます」」」


 シガーとラルハンとフィアーナは即答して跪く。


 「…そ、その通りでございます」


 ゼクスだけは少し遅れて跪いた。

 自分の信頼する四人が、自分の決定に納得したのを見て、王は立ち上がって指示を出した。


 「なれば、早速…俺の家族とお前たちとの食事会を開いてだな。そこでフュンの人質を宣言しようと思う。俺が皆にその準備をさせるから、お前たちもその食事会が開かれるまでの間に準備をしておけ」

 「「「はっ」」」


 こうして、フュン・メイダルフィアの苦難の道は始まった。

 サナリアの王となるべき人物だったフュンは、奇しくもサナリアを救った英雄たちの手によって、帝国の人質となりさがった。

 この決断は、サナリアの運命を決定するものだった。

 さらに彼らの運命が決定したのも、この瞬間であった。

 この時のサナリアの英雄たちとフュンは、その事を知る由もなかったのである。


 



―――あとがき―――


体の調子を整える間は、以前書いた物を再構成してます。

読みやすいように少々言い回しを変えてます。


私の小説で『面白そうかも』『続きが気になるかも』

と少しでも前向きな気持ちになって頂けたのなら。

評価や感想などの応援をもらえたら嬉しい限りであります!

皆様から応援を頂けたら作者としては一人勝手に狂喜乱舞して、サンバでも踊ろうかと……。

すみません。

それは無理なので、盆踊りにしておきます。

皆様の楽しんでもらえたという反応が私の何よりのモチベーションとなっていきますので、応援の程、是非よろしくお願いします。


ちなみに最初だけお堅いスタートになってます。

ですがフュンの優しさが出てくる辺りで緩くなっていきます。

ジャンルとしては、ライトノベルの戦記物で。

ざまあ系と言われればそうとも言えるし。

群像劇と言われればそうだとも。

でも、成り上がりではあると思いますね。

あと、たぶん皆さんが気になるのはハーレムですよね。

この物語ハーレムは……残念ながらありません。

昨今の作品にしたらよくないかもしれませんが、申し訳ないです。

残念ながら彼の性質上それだけはありえないのです。

誠実で優しい性格なのでね。

でも、その点が無くとも、魅力的な人たちを出していきたいと思ってますよ。

これから楽しんでもらえるように頑張っていきます。

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