13 危険を避けた男




「格好良いよなあ。」


シューがテレビでドラマの再放送を見ていた。


「すごい昔のドラマでしょ?私が生まれる前。」

「40年ぐらい前かな。でも話も面白いし、格好良いし。

主人公の足が長くて良いんだよなあ。」


と録画したものを何度も見ているシューの後ろ姿を菜月は見た。


「そんなにはまるとは思わなかったわ。」


それは本当にたまたまだった。

最近は古いドラマも再放送をしている。

なので食事時に見ていたテレビで偶然見たのだ。

するとシューは食い入るようにそれを見始めた。


「僕と主人公の名前がちょっと似てるんだよ。」


と彼は一瞬でファンになったらしい。


「でも若いのに亡くなっちゃったんだよなあ。」

「その俳優さんの魂を調べれば良かったじゃない。」


シューは首を振る。


「いやそれはダメだ。もう亡くなっているし、

興味本位で調べるなんて失礼に当たる。」

「失礼って妙なところで律儀なのね。

でも興味本位って私には失礼じゃないの?」


するとシューが顔を赤くする。


「……だって、菜月は特別だし。」


それはどう言う意味なのか菜月は分からない。

だが少しばかり赤くなるシューを見て菜月もなぜかドキリとした。


「特別って、その、」


と言った時だ。

玄関でベルが鳴る。

モニターを見ると直斗が立っていた。


「どうしたの、直斗。」


シューがドアを開けて直斗を部屋にいれた。


「その、ちょっとお願いがあってさ。」


直斗がなぜかにやにやしながらこちらを見ている。


「お願いって?」

「いや、その、茜がちょっと調子が悪くてさ。」


皆はテーブルにつく。

だが直斗はうっすらと笑っているのだ。


「調子悪いんでしょ?なんかにやにやしてるけど。」


菜月は少しばかり棘のある言い方をする。


「いや、ごめん、そのつわりでさ。」


菜月とシューは目を合わせた。


「つわりって、赤ちゃん?」

「うん、そうなんだ、

だから調子が悪いのは分かっているんだけど、

なんか顔が戻らなくて。」


直斗が恥ずかしそうに笑った。


「直斗さんごめん、そんな話だと知らなくて。」

「良いよ、確かに調子が悪いのににやにやしているとだめだよな。

この前から胃の調子が悪いと言っていたから調べたんだよ。

そうしたらさ……、」


シューが立ち上がり、直斗の手を持って大きく振った。


「直斗、僕は嬉しい!そして素晴らしい!

こんな事が起きるなんて奇跡のようだ!」

「シュー、大袈裟だよ。」


と言いつつ直斗もかなり嬉しそうにしている。


「それでお願いって何?」

「あ、そうそう。」


直斗が二人に頭を下げた。


「実は俺、明日から今週出張で金曜に帰る予定だ。

だから多分何もないと思うけど茜が一人だから心配で。」


菜月とシューが笑う。


「うん、任せて。

何かあったら遠慮なくって茜に言ってね。

それに一人分のご飯が面倒なら食べに来てって。

でもつわりだと食べられないものがあるかな?」

「それも伝えておくよ。多分一人で大丈夫だと思うけど。」


しばらく皆で話をして直斗が帰って行った。


「でも隣りに頼りになる人がいるってのは本当に良いなあ。

ありがとうな、シューと菜月さん。」


それを聞いて二人はにこにこと笑う。

そして直斗が帰った後にシューが満面の笑みで菜月を見た。


「菜月!菜月!凄いよね、物凄い事が起きたよね!」


シューは目をキラキラさせていた。

菜月が少し苦笑いをして彼を見た。


「まるでシューがお父さんみたいよ。」

「いや、違うけどさ、ものすごく嬉しいし、

こんな事が起きるなんてびっくりだよ。」


彼は精神生命体だ。

いわゆる生物の繁殖活動を間近で見るのは初めてなのだろう。


「神秘だよなあ。命が増えるんだ。そして赤ちゃんは可愛い。」

「シューは子ども好きだもんね。」

「うん、子どもは大好きだよ。

大人と同じ形なのに小さいだけで物凄く可愛い。

ねえ、菜月も子どもを作れるんだよね。」


シューがにこにこと笑いながら菜月を見た。

菜月の表情が一瞬固まる。


「ちょ、ちょっとシュー、その質問はかなり微妙……、」

「だって菜月とか茜の年齢は繁殖として良い時期だろ?

直斗もそうだし。」

「繁殖期って動物だと時期とかあるからそう言う言い方だけど……、」

「ヒトは年中繁殖可能だよね。」


菜月の顔が赤くなる。


「シュー、今自分が言っている意味、分かってる?」

「分かってるよ、

地球の生き物は交尾をして増えるものがある。

中には無性生殖もあるけど進化の過程として

お互いの遺伝子を交換した方が多様性が出る。

ヒトも一緒だろ?」

「そうだけど人はそんな本能だけじゃないよ。

直斗と茜もそうだけど愛し合って結婚している夫婦だし。」

「夫婦でなきゃ赤ちゃんが出来るのはダメなの?」

「そうじゃないけど……。」


菜月の頭の中でぐるぐると思考が回る。

シューはよく分かっていないのだ。

きちんと教えないとダメなのかもしれないと菜月は思った。

菜月は大きくため息をついた。


「分かった。」


菜月は真剣な顔でシューを見た。


「どうしたら子どもが出来るか、

そのシステムと心構えもきっちり教えてあげる。」


その目はマジだった。

思わずシューが息を飲んだ。




そして何時間後か、

パソコンやスマホなどありとあらゆるものから情報を得て、

人の生殖に関して菜月はシューに説明をした。


「そうか、そう言う役目もあったんだな。」


とシューが自分の下半身を見て感心したように言った。


「今話した事はとっても大事だし、

人前であまり言わない方が良い話よ。

だからこれでこの話はおしまい。」


彼女がシューに教えた話は実にセンシティブだ。


「だから夜になると直斗は別の所に行けってと言ったんだな。」

「それはそうよ。夫婦ならとても大事なのよ。

ある意味儀式みたいなもの。」

「鳥とかが踊ったりするのもそんな感じ?」

「うーん、そうなのかな、よく分からないけど

子孫を作るための方法よ。それをしないと人類は滅ぶわ。

でもシューの世界でも人は増えるんじゃないの?

前にいつの間にか人が増えていると言っていたけど。」


菜月がシューを見た。


「うん、そうだよ、いつの間にかいると言う感じ。」

「地球人とは違う方法で増えるのね。

それで人が減る事もあるんでしょ?人間は寿命があるけど。」

「寿命と言うのかな、

いつの間にかいなくなったりしてる。」

「死ぬってこと?」

「多分そうなんだろうね。

地球時間で言ったら寿命は長くて150年ぐらいかな。

普通は60年から80年ぐらいかな。」

「地球人もそれぐらいかしら。記録だと120年ぐらいね。

精神生命体は体が無いから長いのかと思ったけど

そうでもないのね。」


シューがふふと笑う。


「そうだね、あまり変わらないね。不思議だけど。」

「こちらだと人が死ぬとなかなか大変なのよ。

お葬式とかしなきゃいけないし。」

「体はどうするの?」

「普通は焼いて灰にするのよ。

でも棺桶に遺体を入れて埋葬する事もあるし。

地域によっては色々な埋葬方法があるのよ。」

「肉体があると結構面倒だね。

こちらはいなくなったなあと言う感じだよ。

淋しい気持ちはするけど、それが自然かな。」


菜月が切ない顔になる。


「こちらは魂は消えても遺体が残るから遺族は余計悲しいかも。

もう二度と話せないし。」


シューはふと思い出す。

かつての菜月との別れを。


「……、今まで見て来た菜月とも何度もさよならしたよ。

その時はそんなものかなと思ったけど、

今の菜月の話を聞いたら淋しい気がして来た。

そうだよね、体があると全部はふっとは消えないよね。」


シューが呟く。


「残される孤独は肉体が残る方が辛いのかな?」

「どうかしら?

でもこちらやシューの世界でも消えた魂は

どこに行くんだろうね。無くなっちゃうのかな。」

「僕にもそれは分からないな。

でもどこかで生まれ変わっているんじゃないか?

魂は無くならない気がする。」

「それでもやっぱり寂しいよね。

だから人は一緒に暮らせる人を探すのかも……。」

「探す……。」

「そう言えば結婚とかそう言うのは無いの?」


シューが少し考える。


「あちらでは二人きりになると言うのは無いから

結婚とかはないけど、

お互いを大事に思う感情はあるよ。

それはとても気持ち良いよ。」


菜月がにっこりと笑う。


「そう言うのをこちらだと愛って言うのよ。」

「愛……、」

「まあ日本人はそう言うの照れくさくて口に出さない事が多いけど、

直斗さんと茜を見ていると愛だよね、と思う時があるわ。」


菜月が少しばかり羨まし気に言った。


「じゃあ僕と愛し合えば良いじゃん。」

「え、えっ、ちょっとそれはちょっと違う。」

「なんで、どう違うの。」

「それはその……、」

「僕は本当に菜月を大事に思っているよ。何かあったら嫌だ。」


シューが少しばかり顔を赤くして言った。

菜月は彼を見た。


彼と一緒に住みだして一年近くなる。

特にトラブルもなく仲の良い同居人だ。


最初のうちは彼は何も分からずこちらが色々と教える立場だった。

何しろ彼はこの星の事はほとんど知らなかった。

肉体の事もだ。

まるで何も知らない子どもと暮らしているようだった。


菜月を大事だ、必ず守るとよく言った。

それもどことなく子どもっぽい印象があった。


だがいつ頃からだろうか、

彼は菜月の悩みを聞き、助けてくれるようになった

辛い時でも彼は菜月から離れる事も無くいつも近くにいた。


いつの間にか彼がそこにいるのは当たり前になり、

彼に頼る気持ちもあった。

もしかするとシューは自分を

本当に特別だと思っているかものかもしれない。


だがそれは研究のために菜月のそばにいるのだと

思う所もある。

菜月に優しい理由はそれかもしれない。


自分をどう思っているのか

彼にそれをはっきりと聞けばいいのだが、

菜月はどうしてもそれが出来なかった。

それを言った途端に彼の調査が終わって

いなくなってしまう気がしていたのだ。


何にしても彼の本当の心はよく分からなかった。


「私は観測対象だもんね。」


少しばかり自虐的に菜月は言ったが

シューは首を振った。


「最初はそれもあったけど

今は本当に大事な人だと思っているよ。

何度も昔に戻って菜月を見たけど、

その度にこの人は良い人だと僕は思う。」


菜月の顔が赤くなる。


「その、時間を戻るって言うけど、どうやって……。」


シューがにやりと笑って近くの紙と鉛筆を持ち、

そこに一本の線を引き、所々に点を打った。


「この線がこの地球の時間としたら、

この時間の所々に菜月は生まれ変わったんだよ。

人や肉体は時間を遡れないけど、

でも精神だけの僕はそれを飛び越えられるんだ。」


とシューはそう言うと紙を折りたたみ、その点の部分を重ねた。


「自分の世界に戻ってからだとこれで時間を飛び越えられる。」


菜月がぽかんと彼を見た。


「全然分からない。」

「だよね。

でも今の僕はもう時間は越えられないんだ。肉体があるからね。」

「その体は借りの体なの?」

「と言う事になるかな。

今は菜月の最終段階の観測なんだよ。人の心を深く知るための。」

「心を深く知る……。」

「それで菜月が今僕に教えてくれた事で少し分かった気がする。」


シューが菜月を見た。


「地球人の愛は二種類あるんだよ。

心の愛と体の愛と。

その二つが一緒の時に直斗と茜みたいな

お互いを大事に出来る関係になるんだ。

僕達の世界は心だけだからね。

だから地球人より愛が薄い訳じゃないけど。

でも僕等と違って地球人の愛は複雑なんだ。なんかそれが分かった。」


菜月は彼の言葉にはっとする。


彼女はシューと出会う前は働かない男と住んでいた。

彼とは確かに肉体的な繋がりはあった。

だが心はどうだったか。


最初は彼が好きだった。

だがあの男は多分最初から菜月の事は好きではなく

ただ利用するために近づいたのだろう。

ただ、彼には肉体的な愛はあったかもしれない。

だがそれはただの欲望の発散だ。


菜月はその一方的な心の無い愛にごまかされていたのだ。

そしてシューは少しばかり遠い目をした。


「二つが一緒になった時に

新しい命が生まれるのかもしれないよ。」


それは真実かどうかは菜月には分からなかった。

そしてそう言った彼の横顔を彼女は見た。


「……シューってすごいね。」


菜月は呟くように言った。


「えっ、僕すごいの?」


シューはぱっと菜月を見てニヤリと笑った。


「私は全然気が付かなかった。ありがとう。」

「えっ、僕は何もしてないけど、

お礼を言われたら気持ち良いね。」

「そうよ、これが言葉のコミュニケーションよ。」


シューが腕組みをして考え込む。


「言葉って本当も嘘もあるよね。」

「そ、そうね。」

「さっきの菜月のありがとうは本当だと思うけど、

嘘のありがとうもある。

でも心の中は見えない。ほんと人って複雑だなあ。」


シューは菜月を見て笑った。

優しい顔だ。


菜月は彼を見てその肩のラインも見た。

男性らしい逞しい体つきだ。腕の筋肉も見える。


ふと菜月は想像した。

その彼に抱きしめられる情景を。

胸に顔を寄せて自分も彼の背に手を回す。

彼の体を確かめ、そして自分にも触れてもらう。

大きな手が自分の体を撫でる。

それを感じながら自分も彼の体の線をなぞり、

お互いに行きつく場所へと……。


一瞬彼女は自分の世界に入り込み首を振った。


「どうしたの、菜月。」

「う、ううん、なんでもない。」


先程シューに教えた内容の余韻だろうか。

自分の妄想を馬鹿げた事だと思いつつ、

その甘さに少しばかり酔った。




木曜日の夜、翌日には直斗が帰ってくる予定だ。


「ホント助かったよ。」


茜が菜月の家で夕食をとりながら言った。


「全然。作っているのはシューだし。」

「それでも手間と食費を使わせちゃって。楽しちゃった。」

「気にするなよ、茜、それで明日直斗は帰って来るんだろ?」


茜がにっこりと笑う。


「うん、明日の午後の電車で座席指定したって。」

「そう、じゃあ夜は家に食べにおいでよ。鍋にしようか。」

「菜月、ありがと~。」


調子が悪いと言っていた茜だがそれほどつわりもひどくない様で、

胃が少しむかむかする程度らしい。


「茜の会社って色々な人が働いているよね。」


食後のお茶を飲んでいる茜に菜月が聞いた。


「外から来た人ってこと?」

「そう。そんな人ってずっとそこで働くの?」


茜が首を振る。


「そう言う人もいるけど別の所で働く人もいるよ。

地球の生活に慣れたらたいてい別の会社に就職したり、

自分で仕事を始めたりするよ。ほとんどの人は別の所で働くな。」

「ばれたりしないの?」

「それが案外とばれないんだよね。

わりと見かけが似ているからかな。

ちょっと変わった人みたいな感じ。

まあ直斗は私の旦那さんだからそのまま工場にいるの。」

「直斗さんやシューは見た目は全然違和感ないね。

直斗さんは行動も普通だしすごく常識があるよね。」

「直斗は前からあんな感じよ。

宇宙人だからってあまり関係ない気がする。

わたしも直斗はすごいなと思うよ。」

「頼り甲斐あるでしょ?」


茜はふふと笑う。


「いいでしょ~。」

「のろけー。」


二人は笑う。


「でもシューはずっとあれ観てるの?」


茜がテレビを見た。

画面は最近シューがはまっているドラマが映っていた。


「そうなのよ、格好良いって。」

「昔のドラマだよね、確かに俳優さんは格好良いよね。」

「あの役柄のあの人が好きみたいよ。」


その時茜に電話がかかって来た。


「あっ、直斗だ。」


茜が嬉しそうに電話に出た。


「うん、今茜の家。毎日ご飯を食べさせてもらった。

うん、うん……、」


茜は皆を見た。


「直斗が話をしたいって言うからスピーカーにするね。」

『おーい、シューと菜月さん。』

「もしもし、明日帰るんだろ?」

『そうだよ、悪かったな、茜が世話になって。』

「食事はほとんどシューが作ったの。私は大した事してないわ。」

『そんな事ないよ、俺が助かった。それでお土産何が良い?』


菜月とシューが目を合わす。


「そんなもの……、」


と菜月が言いかけた時だ。


「あのさ、直斗、あるお店に行って料理食べて来てくれないかな?」


シューが言い出した。


『料理?』

「最近僕、あるドラマにはまっていてさ、

その主役の人が好きだった料理があるんだよ。

その料理を出している店が直斗が出張した街にあるんだ。

写真を撮って来てよ。」

『それは構わないけど……、』


シューがその店と料理名を直斗に教えている。

それを菜月と茜が見た。


「本当にシューはあの俳優さんが好きなんだね。」

「そうみたいよ。

もしその俳優さんが生きていたらその人の魂を調べたかも。」

「早くに亡くなったみたいだね。」

「そうそう、残念な話だよね。」


そしてその翌日だ。

夕方に菜月とシューがテレビを見ているとニュース速報が流れた。


「列車事故、運休……、電車に鉄の棒が刺さったって?」

「これって直斗さんが乗る路線じゃない?」


すると玄関のベルが鳴る。

そこには青い顔をした茜がいた。


「あの、速報……、」

「私も見たよ、ちょっと上がって。」


菜月が慌てて茜を部屋に連れて来て椅子に座らせた。


「さっき鉄道会社に問い合わせたんだけど繋がらなくて。」

「直斗には電話した?」

「繋がるけど留守電になるの。一応メッセージは入れた。」


テレビではそのニュースが入り画面には

駅で緊急停車している列車が映った。

窓を鉄の棒が突き抜けて座席に刺さっている様子が見える。

皆の顔が青くなった。

その時茜のスマホに電話がかかって来た。


「直斗!」


彼女は慌ててスマホをスピーカーにした。


『ごめん、今日帰れないかも。』


皆がほっとした顔になった。


「良かった、ホント心配したよ、事故でしょ?」

『そうだよ、駅に戻ったら電車が全部止まっていてさ。

しばらく動かないみたいで今日戻れないかもしれん。

このまま少し駅で様子は見るよ。』

「事故に遭うより全然良いよ。」

『乗ろうと思っていた電車だったからな、びっくりしたよ。』

「直斗、何もなくて良かった。」

『シューか、乗らなかったのはお前のおかげだ。』

「えっ、」

『お前があの店に行けって言わなかったら列車の中で立ち往生だ。』

「そ、そうなの?」

『詳しくは帰ったら話すよ。』


と電話が切れた。


「菜月ぃ……。」


茜が涙目でほっとした様子で菜月を見た。


「良かったよぅ。」

「本当に良かったね。ほっとしたわ。」




直斗はその日の夜遅く帰って来た。

そして翌朝、二人は菜月の家に来た。


「いや、ほんと命拾いしたよ。シューのおかげだ。」


直斗が二人に土産を渡しながら言った。


「どういう事?」


シューが不思議そうに言う。

菜月は直斗のお土産を開いて皆に出した。

ふわふわのチーズケーキだ。


「お前が食べて来いと言っただろ、

なかなか店が見つからなくて、

結局座席指定した電車に乗り損ねたんだ。」

「そうなんだ。」

「それで昨日しばらく駅にいて駅員さんに状況を

教えてもらったんだ。

それで本当はあの電車に乗るはずだったと言って

キップを見せたら駅員さんが真っ青になったんだよ。」


皆は昨日のニュースを思い出す。

電車の窓を突き破って金属の棒が座席に刺さったのだ。

原因は劣化した架線の部品が落ちたらしい。

その映像を皆は見ていた。


「刺さった所は俺が座る席だった。」


皆は息を飲んで大きくため息をついた。


「誰も座っていなかったから怪我をした人はいなかった。

だからシューが食べに行けって言わなかったら

俺は死んでいたかもしれん。」

「わたしも昨日の夜にそれを聞いて本当に驚いたんだよ。」

「それでキップはどうしたの?」


菜月が聞く。


「払い戻ししますかと言われたけどそのまま持って来た。」


と直斗がキップを出した。


「使わなかったから危険を避けられたキップだよ。俺のお守りだ。

ありがとうな、シュー。」


直斗はにっこりと笑った。

シューはそれを聞いて少しばかり恥ずかしそうに直斗を見た。


「いや、僕は何もしてないし、それより料理はどうだった。」

「美味かったよ、それに材料も手軽に入るものだから

家でもよく似た物なら作れそうな感じだ。

あの料理が好きだったんなら、

その俳優さんは素朴な良い人だったんだろうな。」

「じゃあ、今度作ってよ。」

「ああ、写真も撮って来たから見るか?」

「見る!」


菜月は茜を見る。


「良かったね、茜。」

「うん、本当に良かった。」


茜は二人を見てにこにこと笑った。






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