芙雪明けの夜春
ぷろけー
夜春(1)
「芙雪、芙雪!」
夜春は自分の母親だと名乗る女性に自分ではない誰かの名前を呼ばれる。
ふゆ、芙雪。夜春の頭の中に芙雪という名前が文字列として通過していく。夜春はそれが誰なのか分からないという様子で首をかしげた。警察や医師から話を聞くと、自分はどうやら芙雪という名前らしい。しかし夜春にとってはその名前が誰を指しているのかが分からなかった。
「……すみません、芙雪って誰ですか?」
夜春がそう言うと、眼の前の女性は声を押し殺して涙を流し始める。スーツを着た付き添いの人は女性の泣く姿を見て、女性に退出を促した。
夜春は自分の隣に置いてある花瓶を退屈そうに眺める。色々なことが制限されている病院の中ではやることがないのだ。この部屋の天井のシミの数は全部数えてしまった。身体を動かすことが好きだと言うのに部屋にこもりっぱなしでは気分も上がらない。
春が来て、綺麗に咲いた桜が窓からよく見える。窓がもう少し開けばその花びらに触れられるのにと思ったが、あいにく窓はあまり開かない。
夜春は芙雪という少女について考えてみた。しかし芙雪がどんな子なのかはいつまで経っても分からないままだった。
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