迷い猫探し(3)
道を進んでいくと、竹やぶに覆われた空き地を見つけた。奥の方には、何かの小屋だったのか、ボロボロになった小屋らしきものがある。長年放置されているようで、今にも崩れそうである。
「えっ。まさかここって言わないですよね?」
「そのまさかだ。調べるぞ」
「待って! ここって、その。出るって噂の場所なんだけど⁉」
そこは、いかにも何か出そうな雰囲気のため、肝試しにちょうどいいスポットとして、有名な場所だった。
曰く、「夜の十二時に建物の中に入ると、異空間につながる」だとか、「打ち捨てられた死体が埋まっている」だとか。
面白がった誰かが言いだして、今ではいろんな噂が広まっている。警察が出動したという話も聞いたことがあった。
「この間だって、夜中に不気味な物音がしたって、友達も言っていたし」
「あ? どんな?」
「なんか、こう……。何かを掘る音みたいな、ザシュザシュって感じの音って聞いたけど……」
「アホか。そんなの作り話に決まってるだろ」
「わたしだって、全部を信じている訳じゃないけどさぁ」
けれど出ると言われている場所に、わざわざ近寄ろうとは思わない。
「バカバカしい。ここには害のあるやつなんざ、いねぇよ。人間ってのは怖がりの癖に、怖いものを作りたがるよな。駅の方が、ここよりよっぽどやべぇ奴がいそうだってのによ」
「え?」
ミケは心底馬鹿にしたように鼻で笑った。
「待ってミケさん! 今、駅の方がやばいやついるって言った⁉ 駅って、
紡生の家は、駅から徒歩十分程度の距離にある。あわせ屋に向かうにも、駅を通りぬけなければならない。つまり、毎日通る場所なのだ。そんな場所に……。
血の気が引いていくのが分かった。
「嘘だよね? 嘘だって言って!」
「さあ、どうだろうな? ま、建設中のビルに行かなきゃ平気だなんじゃねぇ?」
「建設中のビルって?」
「あるだろ。もう何年もそのまま放置されてるやつ」
「ああ、そう言えば」
思い当たる節があった。駅近、徒歩五分という好立地にも関わらず、二年ほど建設中のまま放置されているビルのことだ。
詳しいことは知らないが、建設会社と近隣住民との間で問題が生じたと言われている。
少し前にも、崩落事故があったとかで、注意喚起が来ていたはずだ。
普通に危ない場所だし、勝手に入ったら不法侵入になってしまう。だから、関係者以外は入ることなどないはずだ。
「分かった。できるだけ近づかない」
紡生は決意した。絶対に、駅近の建設中ビルには近寄らない。避けられるものは避けるのが良いだろう。
「はいはい。勝手にどうぞ」
ミケはそう言いながら、竹やぶを進んでいく。紡生は少しだけ迷って、慌てて後に続いた。
「ねえ、そのやばいやつって、なんなの?」
ミケの背を追いながら、ふと気になった。ミケは
だからこそ余計に、それが何なのか気になってしまう。
「怖がりの癖に、知りたがりなんだな」
「うっ。だ、だって、知らないままの方が怖いじゃない!」
紡生がおばけ嫌いなのは、どれもよくわからないモノだからだ。怖いものは嫌いだ。怖い目になど、遭いたくない。
けれど、妖や神とも仲間になったのだ。おばけだ、妖だ、と種族で恐れたり、怖がったりするだけではだめだろう。
それに、知れば怖くなくなるかもしれない。だから知りたかった。
「それで、そのビルにいるのは妖なの?」
「違う」
「じゃあ、おばけ? ていうか、妖とおばけの違いって?」
幽霊やお化けは、魂だけの存在。妖はそういう生き物。と、アメはそう言っていた。けれど、結局よくわかっていない。
分からないことだらけだ。質問攻めをしていると、盛大なため息をつかれてしまった。
「……。基本的に生き物は死ぬと、魂だけが体から抜け出て幽霊になる。ようは、体を持たない、魂だけの状態をそう呼んでいる。妖は……。まあ、あんたらの言うところの
しばらくすると、ミケは頭を掻きながら口を開いた。どうやら教えてくれるらしい。
「じゃあ、生き物は死んだら、皆幽霊になるの?」
「そうだ。ま、たいていの奴は大人しく昇っていくみたいだが、まれに残って悪さをするやつもいるみてーだな。
「ふーん。じゃあ、駅近のビルにいるのも、その怨霊? ってやつなのかな」
「さあな。そこまでは知らね。つーかしゃべってる時間はねぇんだよ。さっさと進むぞ」
「あ、はい」
そうだった。今はハチの捜索中なのだ。気になることは、また後にでも聞くことにしよう。
紡生は心を入れ替えて、やぶの中をかき分けるように進む。少しすると、小屋へとたどり着いた。
そこはぽっかりと空が見えていた。小屋に降り注ぐように、日光が差し込んでいる。
その分草が生い茂っているので、隠れるには最適だろう。
「猫はかくれんぼの天才だからな。廃屋の崩れた屋根の下とか、草むらの中とか。とにかく身を隠せて、雨風をしのげるところを中心に探せ」
「はーい」
「あと分かっているとは思うが、大声を出したり、急に動いたりはするなよ。猫が驚く」
それからしばらく。二人は互いに無言のまま捜索していた。
木の上、割れた鉢植えの後ろ。積み上げられたガラクタの山。
「あれ?」
その横に、何かが落ちていることに気がついた。
近づいてみると、小さなリボンに鈴がついている青色の首輪だった。サイズ的に、猫のものだろう。
「ん? ル・ル・―……?」
拾ってみると、内側に名前らしきものが刺繍してあった。
一瞬ハチの首輪かと思ったが、写真に乗っていたハチは、赤い首輪だったから違う猫のものだろう。
恐らく外飼い、もしくは、外に出す習慣のある飼い猫のもので、木などにひっかけて取れてしまったのではないだろうか。
後で交番に届けてようとカバンにしまい、再び捜索を始めた。
「おい、とまれ。近くにいる」
後ろから突然かけられた言葉に、紡生はぴたりと止まる。振り返ればミケは、二つある物置きのうち、右側にある方の下をじっと見つめていた。
「若い猫の匂いだ。野生の奴じゃねーな。ハチかもしれない」
紡生も匂いを嗅いでみるが、なんの匂いもしない。流石に猫の妖と言うだけの嗅覚はあるようだ。
「いそう? 近づくと逃げちゃうよね。どうやって捕まえるの?」
「捕まえる必要なんてねーよ」
ミケはそう言って、袖からパウチに入ったささみのおやつを取り出した。
いったい、袖にどれだけ入れているのだろうか。
「あんた、コレ裂いて。こっちの皿にのせて」
「ええ……?」
ささみと、小さな取っ手が上についた皿を渡される。
なぜ自分でやらないのか。と不満に思ったが、言われたことはやる。黙々とささみをほぐし、お皿に乗るだけ盛り付けた。
「できましたけど……って、アレ? ミケさん?」
顔を上げると、ミケの姿はどこにもなかった。
さっきまですぐ傍にいたはずなのに……。と首を傾げると、下から声がかかった。
「ココだ。ココ」
「え?」
下を見ると、三毛猫が一匹。
黒の部分が多くて、茶色と白が同じくらいのマーブル模様に、ピンクの鼻。
そこまでは普通の猫だと思うだろう。けれど、この猫は違った。
左耳には見覚えのあるピアス。首にはチョーカーのような首輪。そして極めつけに、2本の尻尾。どう見ても、普通の猫ではない。
というか、この特徴は……。
「…………。もしかして、ミケさん?」
「そうだ」
デジャヴだった。アメがしゃべった時と同じくらいの衝撃を覚えたが、何とか悲鳴を封じ込める。
「……ミケさんって、本当に猫だったんだ」
「そうだって言っただろうが。早くソレを渡せ」
「あ、はい。……って、どうやって持つんです?」
「んなもん、咥えるに決まってるだろ」
「あ、ああ~。だからこの取っ手ね……」
皿の上に付いている取っ手は、猫になった時に持ち運びやすくするためにあるらしい。
ミケの口元へと皿を差し出すと、慣れたように取っ手を咥えて運んでいく。
その姿のあまりの可愛さに、紡生は心の中でのたうち回った。
(あああああ! 猫ちゃんがはこんでる~~~! ちっちゃなお口でがんばってる~~!)
思いっきり膝をつきたい。
けれどだめだ。ジャマなんてできない。だから紡生はそっとスマートフォンを構えた。
ミケが物置きの下に入り込むと、しばらくして「ニャーニャー」という可愛い声が聞こえてきた。そしてはぐはぐという音も聞こえてくる。恐らく、ハチがささみを食べているのだろう。
紡生は、尊さのあまり緩みそうな頬を噛んで、なんとか意識を保った。
「なに変な顔してんだ?」
下から声がしたと思ったら、いつの間にミケが戻ってきていた。
その後ろには、他の猫の姿はない。
「あれ? ハチちゃんは?」
「いたぜ。ハチに間違いなかった。ただ……」
「ただ?」
「予定変更だ。オレがこのまま家まで連れていければよかったが、あいつ、足怪我してる」
「!」
さあっと血の気が失せた。一大事である。
つまりハチは、帰らなかったのではない。足を怪我したから動けなくなってしまい、帰れなくなっていたのだ。
「怪我の具合は? 体調は?」
「オレには分からん。あんた、さっきのチラシ撮っていたよな。飼い主を呼んでおけ」
「それはもちろんですけど、ハチちゃん怪我してるのなら、先に病院に連れて行った方がいいんじゃ?」
「病院? ムリだな」
「どうして?」
「どうしてって。あんた、オレが妖だって忘れたか? 病院なんて、行ったことねぇよ」
「あっ!」
そう言えばミケもアメも人外だ。人間社会の施設など、行ったことがないと言われても納得できる。
「オレらには
「そ、そっか。そうだよね」
戸籍がなければ携帯電話など持ちようがないし、いろいろと問題があるようだ。
けれど、怪我をしていると分かっている猫を、そのままにすることなどできなかった。
「でも、放っておけないよ。
紡生は電話をかける。従姉の病院は、むぎのときも通っていた病院だ。長年通っていた分、顔見知りも多い。事情を話せば、対応してくれるだろう。
「……ふうん? そこまで言うなら、任せてみようか」
ミケはそんな紡生をしり目に、宙に舞う。くるりと一回転をすると、次の瞬間には人型へと戻っていた。そして袖からタオルを出し、再び物置へと向かっていった。
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