悪路王、来襲の事
利根川の広々とした河口から続く大海原の向こうに見慣れぬ船団が群れをなしてこちらに舳先を向けている。どこの所属か知らぬが明らかにこの鹿島灘沿岸に上陸するつもりの体勢だ。
「なんだありゃあ?見た事ねえ旗印だな。どこの連中だ?」
金平が遠くに映る船団の旗印を確かめようと身を乗り出す。藤の枝葉を巴にしたような奇妙な文様だ。
「あちゃー、まずいなこりゃあ」
ふてぶてしい態度で
「ほら、みなさん急いで準備して下さい、時間がありません」
「準備って、何のだよ?」
「そんなの、
「へ?」
金平が改めて彼女の言葉を聞きなおそうとした時、背後の海から何かが海水をかき分ける重い音が響いた。金平が振り返ると、こちらに向かって来る船団の正面に天を衝くほどの巨大な水柱が立ち上がっていた。
「なんだあ?」
驚きのあまり目を見開いた金平は反射的に頼義をかばって彼女の小さな身体を自分の懐内に隠した。あれだけ距離が離れているというのに、巻き上がった海水が雨となって金平たちの頭上にまでバラバラと音を立てて降り注いだ。
「はいはいみなさんボーッと見物してないで。間も無く来ますよ」
「だからなにが来るってえんだよ!?」
陰陽師ははあ、とため息をついて金平に言った。
「決まってるでしょう、『
「!?」
彼女の言葉に頼義たちは揃って色めき立った。遠くから
「こ、これが……」
「
金平もまた
もうもうと蒸気を立てながら海面から現れたのは、紛れもなく「島」そのものだった。熱く煮えたぎった溶岩が赤黒い光を放ちながら絶えず噴き出してはゴボゴボとこぼれ落ち、その度に海水が激しい音を立てて蒸気を沸き立てる。「島」はみるみる背丈を伸ばし山となり、先端を伸ばし岬となり、その岬が再びせり上がって……
「いやはやなんとも、まさか……」
影道仙が目を丸くさせながらか小さく呟く。「岬」の先端はさらに細かく別れて行き、くびれ、曲がり、
再び巨大な水柱が立ち上る。数秒遅れて頼義たちの元にもその衝撃が地震となって襲いかかった。
「のわっ!!おおおお!?」
振動に足を取られてよろめく頼義を支えながら、金平は海岸線に目をやる。
「BHHHHHHHHHHH……JHHHHHHHHHHH」
無数の洞穴から一斉に風が吹き抜けていったような不気味な音を響かせて「悪路王」はその全身を現した。
「何が……何が起こっているの、金平!?」
「わかるかンなもん!!とにかく、ヤベえって事だ!!」
「まさか……これほど巨大なモノだったとは……お師匠様め、そういう事はあらかじめちゃんと説明しておいていただきたかったというのが正直な感想です」
影道仙がブツブツと師匠である安倍晴明に対して文句を言っている間にも、「悪路王」はその姿を少しずつ海岸に近づけて行った。全身から絶えず溶岩を噴きこぼし続ける巨人は、長い手足をぶらつかせながら、やや猫背の姿勢で海水を泡だてながら引きずるように足を運ぶ。その後ろをあの正体不明の船団が大音声と弓矢の連射で巨人を追い立てるようについて来る。
「あいつら、まさか……あのデカブツを
そういうことか。あの船団の正体は未だ判明しないが、どうやら彼らはあの「島」のような巨人をこの
「さて困ったぞ。何も準備をしていないコチラとしてはいかがしたものか……」
「おい!!」
余裕ぶって独り考え事を始める影道仙の首根っこを金平が掴まえる。
「アレが『悪路王』なのか!?あのでっけえ溶岩の化け物が……!!あんなのどうやって相手すりゃあいいいんだよオイ!!」
「はにゃにゃにゃ……」
金平にものすごい勢いで首を揺すぶられて影道仙がヘンな声を上げる。
「陰陽師どの、説明してください。
頼義も影道仙に詰め寄る。
「ちょちょ、チョークチョーク、離じでええええ」
「いいから早よ言え!!」
金平が首根っこから手を離さずにそのまま強要する。
「いやーん、この野蛮人め覚えてろー!!『安倍』ですよ『安倍』、奥州最強の豪族、陸奥国を支配する東北の支配者、『奥六覇王』こと
「
金平は海岸線を埋め尽くす船の群れを睨みながら叫んだ。
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