頼義、陰陽師に出会うの事
竹製の水筒で喉を潤していた金平が口に含んでいた水を盛大に吹いた。
「あのジジイ、
「ん、なんだ?あのじーさんと知り合いだったのかよ」
「知り合いもくそもねーよ!!アイツの助言だあ?ヤベエぞこいつは
金平は陰陽師の顔でも思い出したのか、苦汁でも飲み下したかのような渋い顔をした。あまりに大げさな反応に
「そんなにヤベぇ
少年は少年で初対面の人物に対して辛辣な印象を述べる。
「ヤベぇなんてもんじゃねえ、蠍と蛇の毒を併せ持って蝙蝠みてえに音も無く人のそばに近寄って災厄を振りまくような野郎だぞ。疫病神だ疫病神!!」
誰かの
安倍晴明は言うまでもなく今現在この国に存在する数多の方術士の頂点に君臨する大陰陽師である。そもそも「陰陽師」という呼称自体、朝廷の陰陽寮に仕える彼のために作られたようなものだ。
頼義自身はその晴明本人と顔を合わせた事はない。ただ彼女が率いる「鬼狩り紅蓮隊」が京で活動をしていた頃大内裏の陰陽寮の一室を屯所として借り受けていたという縁がある。金平は頼義が「紅蓮隊」の隊長として赴任するより前からの付き合いであるから晴明本人とはよく見知った間柄であるらしい。その事を言うと金平本人は死ぬほど嫌がるが。
そのような朝廷の重鎮ともいうべき人物がこのような坂東の辺境に一人でふらりと姿を見せているという事は確かに奇妙な事ではあった。金平の言は大げさだとしても、何かしら不穏な空気がこの常陸国に風吹いているのかも知れなかった。
「経範どの、その後安倍晴明様はいずこに参られると申しておられましたか」
頼義は経範に晴明のその後の行方を聞いた。もしまだ彼がこの地にいるというならば、ぜひ一度会ってこの地で起こっている異変について彼の見解を聞いてみたかった。彼ほどの方術師であるならば「
「そのじーさんならその足で
経範は晴明の所在を語った後、さらにもう一言告げた。
「もしオレが首尾よくアンタと巡り会うことが叶ったならば
「鹿島……鹿島神宮でしょうか……?」
「さあ、どうだろ」
経範が陰陽師より受けた助言はそれだけだったようである。鹿島……晴明は鹿島にて待つ、とそう言い残した。のであるならばここでウダウダと迷うよりもすることがあろう。まずは足を動かす事。いついかなる時でも彼女の行動原理はそこから始まる。立ち止まって考え迷うくらいなら拙速と言われようともまず何か行動を起こす事、そこから問題の打破へ向かう糸口は見つかる。それは終始変わらぬ彼女自身の「生き方」そのものだった。
まず行動の第一。これだけ完膚なきまでに破壊された郡庁舎だというのに夜が明けると定刻通りに出仕して来たものの何もすることがなく呆然としている律儀者の役人たちを掴まえてとりあえずの指示を出す。まずは石岡の国府に向かい筑波郡の現状を報告し、国司代理長官である
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
馬を飛ばして急ぎ鹿島郡に入った頼義一行は、ひとまず常陸国の
その予測は半ば当たり、半ば外れた。
確かに鹿島神宮に目当ての人物は待っていた。だがそれは晴明本人ではなく、豊かな巻き髪を無造作に束ねた男物の狩衣姿の少女だったのだ。少女は馬を駆る金平に向かって声をかけると、
「おお、まさか
えらく仰々しい割にどこか人を食ったような物言いで少女は手綱を取る金平を呼び止めた。思わぬ所で紅蓮隊の名を耳にして驚いた金平は馬を止める。金平は胡散臭そうな目で少女をジロリと眺めるが、少女は一向に気にするでもなく飄々と馬上の頼義に向かって挨拶をした。
「お初にお目にかかるご惣領どの。我が名は『
影道仙と名乗った少女は恭しく頭を下げ、フフンと鼻を鳴らしながら口の端を少し上げて笑顔をを作って見せた。
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