佐伯経範、自らの呪いを語るの事
夜が明けた。
昨日まで
その廃墟の中に、
その二人を前にして
「経範どの。それで、もう
「ケッ、見りゃわかるだろそんなの」
あれほど鋭く眼光を輝かせていた経範が見ていてかわいそうなくらいに顔を赤らめてそっぽを向いている。まるでお粗相が露見して叱られた子供のようなその姿を見て金平もあの激闘で覚えた高揚感もすっかり何処かへ吹き飛んでしまった。
昨晩、不意に現れた「山の佐伯」の代理人を名乗る佐伯経範との不可思議な死闘は、思いがけない形で幕を引いた。金平の暴言から始まった些細な行き違いは言い合いの末、ついには本気の斬り結びにまで及んでしまい、事態はお互いの血を見ずにはいられないほどにまで悪化してしまった。
その結果、佐伯経範少年はなんと「虎」に姿を変え、狂える野獣となって金平と頼義を襲ったのだった。その「虎」はさらにその前日筑波山の麓に現れた謎の森の中で出会った巨大な「虎」そのものだった。
金平はその「虎」と真っ向から斬り合ったが、信じられない事に、金平がいくらその「虎」の身を斬りつけても、「虎」は死ぬどころかかすり傷ひとつ負うことが無かった。なす術も無く絶体絶命に窮地に追いやられたかに思えた二人は、たまたまその場に自生していた
そのまま眠り続けていた「虎」は、朝日の光を浴びると再びその姿を変え、元の少年の身体に戻っていった。
やがて正気を取り戻した経範は、昨夜の己の行為を知り、それ以来ずっとこの調子である。こうして改めて彼を観察すると、まつ毛の長い切れ長の目元も涼やかな美少年である。それなりの衣装を着せて今日の京都でも歩かせればそれこそ道行く牛車からみそめた貴人に歌の一つでも寄越されそうなほどである。背も頼義とさほど変わらない、この一見華奢にも見える少年が、あれほどの禍々しい巨躯に姿を変えることが頼吉にも金平にもいまだに信じがたかった。
先の「変身」によって跡形もなく破り捨てられてしまった衣服の代わりにそこらへんに散らばっていた官服を羽織ってはいるものの、さすがに身丈が合わずぶかぶかに袖や裾を引きずらせ、なんとも間抜けな姿になってしまっている。
金平はこのような状況にもかかわらずその経範の姿を見て笑がこぼれそうになるのを必死に耐えていた。そんな金平に経範はきっと睨みを効かせる。もとより目の見えぬ頼義には経範の姿なぞ
「経範どの、あなたの
頼義の問いかけに経範は短く、
「ふん……」
とだけ短く答えた。
「クソがよお。そうだよアレがそうだ。この際だから教えてやるよ、我が一族に課せられた
観念したかのように経範はようやく頼義たちに向き直り、己が一族にまつわる事実を語り出した。
佐伯経範の家祖
「その武勇の誉れあれば、必ずや『
「その秘法が、あの……」
「そうだ、
経範はそこまで説明すると、一旦言葉を閉じた。経範は一貫して己の身に起こる「虎化」の現象を
「これを呪いと言わずして何と言う!!不死身の身体と言うだけならばありがたくもあろう、だがその事実はこれだ!あの月の光を浴びれば理性も自我も持たぬ野生の『虎』になるなど、呪わしいにも程がある!」
「いや、でもアナタ自分で嬉々としてその力使ってましたよね」
「そ、そんなことない、もん……」
口では呪いだ何だと忌まわしげに言うが、ちゃっかりその力を活用しているところを見るに、さほど重荷にも苦痛にも感じていないのではなかろうかこの少年は。
(もしかしてただの悪ガキなのではなかろうかこの子は)
話を聞く分にはひどく重い宿業を背負っているように思えるのだが、語る本人は意外にもあっけらかんとその突出した能力を享受している節がある。なんとなく頼義は経範の隣にふてくされて正座している金平と見比べてしまった。
鬼狩りの将である
(うーん、似てるかも)
そう思うと不覚にも頼義の口元にふっと笑みがこぼれてしまった。
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