金平頼義、再び獣に遭遇するの事

「不死?悪路王あくろおうは不死であると?」



頼義は呻くように佐伯経範さえきのつねのりに聞き返した。経範も黙ってそれにうなずき返した。



「そもそも悪路王がどのような姿なのか誰も知らない。生き物であるかすら怪しいところだ。学者によっては悪路王を嵐や地震のような災厄の象徴と捉えている者もいる。だがオレが、オレの一族が追っている『悪路王』とは間違いなく実在する何かなんだ。そしてそれは、斬っても死なず、焼いても死なず、いくら破壊してもその身は決して死ぬことはないという……」


頼義も金平も揃って口をつぐんでしまう。いくら殺そうとしても決して死なぬ者、そんな者が悪意を持ってこの地を蹂躙してくる。それも何百年もの間に何度も。土地の人間が「悪路王」を恐れるのももっともな事だ。


「それで『山の佐伯』の者たちは『備えよ』と。彼らは悪路王と戦うために準備としてあのような仕業を……?」


「いや……」



経範が苦々しく顔をしかめる。



「その、アイツらは……


「はあ!?」



金平が大口を開けて驚く。



「もともと争い事など好まぬ連中だ。それに加えてアイツらは悪路王をたいそう恐れている。理由を聞いてもわからないけど、どうも悪路王と非常にという事らしい」


「じゃあ、アイツらはわざわざあんな森までこしらえて、その中で隠れて悪路王をやり過ごそうって魂胆であんな事しやがったのか!?ふざけんなよそれで家を潰された連中はたまったもんじゃねえや!!」


「それについては確かに申し開きようもない。いずれ事がおさまればその償いは必ずしてくれる、と思う。まあオレが口で言っても何の保証にもならないだろうけど」


「見ず知らずのガキの首預けられたってコッチはいい迷惑だバーカ!おい、下手人がわかったんなら話は早えや。コイツ引っ捕まえて『山の佐伯』の野郎どもをぶっ叩きに行こうぜ」


「はあ?人の話聞いてるのかお前?アイツらに争う意思はないって言ってんだろでかい図体してそんなことも分からないのか?」


「うるせえ!!問答無用だ、いいから大人しく縛につきやがれこの野郎!!」


「金平落ち着いて、そんなに喧嘩腰に……」


「あーそうか、いやに馴れ馴れしく話しかけて来やがると思ったらそういう魂胆かよ!!大方俺らに近づいてウチの殿さんを暗殺しようって企みやがったんだろう、そうはさせねえぞこの蝦夷エミシ野郎が!!」


「話を聞けバカー!!」



頼義が必死に声を張り上げるが、一旦火がついた金平は主君の言葉も耳に届かず問答無用で経範に斬りかかった。最後まで話を続ける前に金平の一撃を受けた経範は、その一刀をかろうじて交わすものの、僅かにかすった切っ先が彼の頬に一筋の血を流させた。



「あーあ、穏便に話を進めようとこうして来てやったのに隙をついての不意打ちとはさすが源氏だな、やることなすこと野蛮極まりない。これじゃどっちが蝦夷なんだか」


「いや決してそのような……」


「まあいいさ。オレもこっちの方が話が早い、アンタらに話を聞く気がないんなら力づくででも聞いてもらうぜ。にこの佐伯経範と会った事を地獄で後悔するんだな」


「ちょっと!?」


「おう来やがれこの野郎、この俺様とサシでやり合って生きて帰れると思うな!!」


「言ったな木偶でくの坊、ならば我が牙に倒れ伏す事を地獄の獄卒どもに自慢しろ」


「人の話を聞けお前らー!!」



いかん、金平が短絡ですぐ頭に血が上って熱くなるのはいつもの事だが、経範こっち経範こっちで負けないくらい短絡的で喧嘩っ早い気質らしく、まるで人の言うことを聞いていない。熱くなった者同士が、日はとうに暮れた町外れとはいえ往来で取っ組み合いを始められては大事おおごとである。


いや、事はそのような呑気な展開にはならなかった。


経範が獣のように大きく天に向かって吠える。するとその身体がみるみるうちに服を引き裂きながら膨れ上がって行く。艶やかだった長髪がくすんだ黄色と黒の縞模様を描いた。どすん、と大きな音を立てて両手を地面につけ、さらに体をかがめ、そして……



「GRRRRRRRRRRRRRR!!!!!!!!!」



金平は目を見開いて驚く。頼義は昨晩嗅いだあの危険な獣臭を感じ身を凍らせる。まさか、まさか……


満月の光の射す中、巨大な「虎」に姿を変えた佐伯経範が、あの時と同じような殺気のこもった目で頼義たちを見つめていた。

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