ある教授の実験 その三

ろくろわ

眼鏡に対する考えについての仮説と証明の文字起こし

『それでは今回の実験に関する仮説を文字に起こし、皆様と共有したいと思います。今回の実験はわたくし、人間行動学教授のあきら 真冬まふゆと助手の宗谷むねたにで行います』


 デジタル機器の画面に上記の文字を入力すると、教授は助手に今回の実験の説明を始めた。


「まず始めに宗谷君。前回の実験で私の名字の晃だけでは、兄の龍彦たつひこか私、真冬なのかが分からないとあったので、今回は冒頭に記載させて頂いた。さて今回の実験では『眼鏡のレンズは眼が悪くなると厚くなっていくのか』について仮説をたてて実証していきたいと思う」

「分かりました教授。それで今回は何をすれば良いのでしょうか?」

「それはだね。これだよこれ」


 そう言うと教授は助手の前に厚いレンズの眼鏡を一つ出して見せた。


「これは?」

「これはですね、とある老人が使用していたレンズの厚い眼鏡だよ。これを見て宗谷君には『眼鏡のレンズは眼が悪くなると厚くなっていくのか』の解答が真なのか偽なのかの仮説をたて、検証してもらいたい」

「分かりました教授。では私の解答を聞いてもらっても良いですか?」

「はい、それでは宗谷君。宗谷君のたてた仮説は何でしょうか?」

「はい。私は『眼鏡のレンズは眼が悪くなると厚くなっていく』の答えは真だと思います。それは近視や遠視に限らず光の屈折を矯正させる為には、レンズの厚みが必要になる事。そしてこの眼鏡は、とある老人が使っていたとあり、そのレンズは厚い。老人と言うことは年齢を重ねていると言えます。一般的に加齢に伴い身体機能は低下しますので、視力も低下。つまり眼が悪くなっていくと言えます。これ等を合わせると眼鏡のレンズは眼が悪くなると厚くなっていくと言えると言うのが私の仮説です」

「そうですか宗谷君。でもその解答は半分正解で半分不正解と言えるでしょう」

「それは何故ですか?」

「宗谷君、それではこれを見てください」


 そう言うと教授は眼鏡をかけた老人の写真を宗谷君に見せた。


「あっ!」


 助手は声をあげた。

 そこには最初の眼鏡より薄いレンズの眼鏡が写し出されていた。


「これは」

「そうです。今は技術が進歩していますからね。レンズも薄くする事が可能になっているのです。なので眼が悪くなるとレンズは厚くなるは、半分正解ですが薄くすることもできるので半分不正解です」

「何だかスッキリしないですね。では最初の老人が使っていたと言っていた眼鏡は何だったんですか?」

「実はこの実験の本質はここにあるのです。私はこの眼鏡の説明をする時『とある老人が使用していたレンズの厚い眼鏡』と言いました。ところが宗谷君はこの情報をとだけ認識したのです。今が老人でも若い頃はありますよね?」

「あっ、成る程」


 宗谷君は気が付いたように頷いた。


「そうです。今は老人でも宗谷君に見せたレンズの厚い眼鏡を使っていた時は、もっと若かりし日の物だったのです。それこそ技術がまだ未熟だった時のね。そして老人の今、技術は進歩し眼は若かりし頃よりも悪くなったが、眼鏡のレンズは薄くなったと言うことです。今回の本当の実験は、老人と言うキーワードと厚いレンズの眼鏡と言うキーワードの二つを勝手に結びつけて、加齢と視力の低下。そしてそれらによって、眼鏡のレンズが厚くなると思い込むと言う実験だったのです」

「つまり、私はまんまと教授の仮説通りに考えてしまったと言うことですね」

「そう言うことです。それに実験は後二つあるのだよ、宗谷君」

「えっ?まさか後二つも?」

「えぇ。その内の一つはすぐに説明しよう。『ある教授の実験。ある教授の実験 その二』を読んだことのある読者は今回の『ある教授の実験 その三』を読んでいる時からオチにどんな引っ掛けがあるかと、最初から存在しないオチがあるはずだと思い込んで、ここまで話を読み進めていると言うことです」

「パターン化された流れに沿った話なので、ここらで読者を巻き込んだオチがあると思ってしまっているのですね」

「その通りです。ここまでに読者を引っ掻けるオチなんて無いのにね」


無いオチがあると思ってここまで話を読んでいた人がいると思うと晃教授はニコッとして話を続けた。


「でもこれだけだったら面白くないですよね?だから」


 そう言うと晃教授は、かけていた眼鏡を外し目を細めながら、宗谷君の顔を見ようと宗谷君の鼻に自分の鼻がつく程顔を近付けた。

 頬を紅くし照れてる宗谷君の顔を見ながら晃教授はもう一つの実験について話し始めた。


「宗谷君、私の今の行動を読んだ読者の多くは、勝手に眼鏡を外した私が、宗谷君の顔を見ようとした行動だと思い込んだと思われる」

「どういう事ですか?晃教授の眼鏡はブルーライトカットの為のだて眼鏡で、度は入っていないじゃないですか?」

「そう、これも思い込みの問題です。『眼鏡を外す』『目を細める』『顔を近付ける』この行動を眼が悪いからする行動と捉えたと考えられるのだよ。だけどこの実験結果はまだまだ検証がたりない。だから読み手の方が『私も教授は目が悪いと思ってました』とコメントがあるまでは、この実験結果は内緒にしててね」


 そう言うと晃教授は宗谷君からゆっくりと離れ、眼鏡をかけ直すと自分の唇に人差し指をそっと添えてフフッと笑みを浮かべた。




 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ある教授の実験 その三 ろくろわ @sakiyomiroku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ