幻想世界

NyanX

幻想世界

高層ビルが立ち並ぶ世界の中心。

「中心区から地平線が見えるなんて言ったら、鼻で笑われるな。」

隣の彼女は、苦笑した。

「ええ、酔っ払いの戯言だ。なんて言われるでしょうね。」

僕達は下層部のスラム出身だ。

上層部に訪れた事は一度だってない。

見た事もない街を妄想して、この光景と照合している。

決して、下層部で流行りの低質な薬に身を委ねた訳ではない。

僕達はそれ程におかしくなってしまった。

無理もない。

半年前のあの日、長い眠りから覚めた僕達の前には知らない世界があった。

何もかもが壊れ、消えていた。

無様な建物の残骸だけが残っていた。

人間の死体すら見当たらない。

ただ、隣には僕の大切な人がいた。

二人でこの世界を生き抜く事を決心した。

そして半年を得て、上層部の中心区に辿り着いた。

希望を抱き、決死の思いで辿り着いた僕達には、この現実は耐え難いものだった。

「さて、これからどうするのよ。もう向かうべき場所も無ければ目的も無い。貴方とここで心中するなんて御免だわ。」

「僕は君となら心中でも構わない。寧ろ、本望だ。」

隣の彼女に冷酷な目で睨まれた僕は、提案する。

「僕達は、スラム出身だ。世界を知らない。違う。汚さは嫌な程に知っている。美しさを知らない。僕と君で旅に出るんだ。世界の美しさを知る旅に。」

「まずは、この荒廃した世界で美しさを見出す方法を教えて欲しいものだわ。」

「僕と君の夢を忘れたのか。上層部を旅することだったじゃないか。確かに荒廃している。でも上層部には変わりないじゃないか。」

彼女と僕は幼馴染だ。

僕達は上層部に憧れ、希望を抱いていた。

いつの日か全てがどうだって良くなった。

下層部の荒れた土地の何処に墓を建てようか。

そんな事だけを考える毎日になっていた。

「私が想像していた上層部はこの有様ではなかった。立派な高層ビルが立ち並び、権力者が行き交う。夜が訪れても眠る事はない。見てみなさい。この景色を。スラムの方が幾分か良いわ。」

「僕は上層部の全域が、失われてしまった訳ではないと思っている。東区や南区にはまだ訪れていないじゃないか。僕達で確かめに行くんだ。全てが終わった後、またここに戻ろう。」

地平線だけが続く荒廃した世界を歩き続けた。

僕達の無謀な旅は二十年の時を得て終わりを告げた。

上層部の中心区に戻って来た。

「私達が誕生した時には既に上層部は荒廃していたのよ。確かに、下層部に住む人々は見た事もない上層部の存在を信じていた。貴方も。私も。全ては人々の幻想だった。幻想に踊らされていた。私達は愚かだった。」

「ああ、そうだ。きっと疲労した人々の愚かな幻想だ。」

僕は続ける。

「そうすると、下層部が荒廃した要因が分からないんだ。僕達が長い眠りから覚めた時には荒廃していた。」

「答えは簡単よ。上層部も下層部も最初から無かったのよ。正式には、私達が誕生して間も無い頃は、上層部も下層部も存在していたわ。ただ、私達が幼い頃に何かの要因で世界が荒廃してしまった。同時に私達も息絶えてしまった。私達が住んでいた下層部は平行世界よ。世界が滅びなかった世界線。何かの要因でこの世界線に来てしまった。

長い時を過ごし、元の荒廃した世界線に戻った。そして私達は、荒廃した世界を旅した。」

「僕達は世界線を移動した要因を突き止める事が出来なければ、滅びなかった世界線に帰れない。」

「もう良いじゃない。私達はこの荒廃した世界線で誕生したのよ。散る時もこの世界線で良いじゃない。貴方との二十年の無謀な旅。楽しかったわ。」

「僕も楽しかったよ。始まりのこの場所で終わりにしよう。僕達の全てを。」

世界の真理までに触れた僕達は、後戻りは出来なかった。

荒廃した世界の中で僕達は深く愛し合った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幻想世界 NyanX @nyanx

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る