令嬢ヒルデガルダの変身

もりくぼの小隊

序章 令嬢ヒルデガルダ

プロローグ ~戦士墜つ~


「彼」は真空の世界を漂っていた。終息とした戦闘の残骸が流れゆく中で、ただ、その巨躯を力無く漂わせるのみ。


 ──終わったのか?……「敵」との戦いは?


 その水晶の如き蒼い巨眼に映す、残骸が敵のものであったのか、味方のものであったのかを判別する事も叶わない。ただ、虚ろに発した言葉では無い念の走りに、応えるものはいるのだろうか。それは「彼」にも分からない。今は届かなくともよいとさえ、思えた。


 ──ワイバンなのか?


ワイバン」の名を呼ぶ念をとらえた。この声が誰のものであるのか、虚ろな揺蕩いの中では理解するのに幾分か遅れたが、味方である事を理解すると同時に、その念の響きに何故か懐かしさを覚えるような感覚のままにワイバンは念を飛ばしていた。


 ──あぁ、「ウィンゼル」終わったのか?……戦いは?


 間を置かずとして、念が戻ってくる。


 ──あぁ……「ガイゾーン」との戦いは終わったよ。この太陽系を、私達はヤツらの尖兵から守り抜く事ができたのだ。


 敵の名が〈ガイゾーン〉である事、己が仲間と守り抜いた世界が太陽系と呼ばれる宇宙空間である事をワイバンは思い出してゆく。


 ──そうか……いま、目の前に見える、美しき、蒼の惑星を守る事ができたのだな?


 無意識に損傷深い己の鋼鉄の巨腕を蒼く美しい惑星へと手を伸ばしていた。


 ──だが、ワイバン、君以外からの返答は無い。生き残っている「グレートソルジャー」は我々だけなのかも知れない。


 ウィンゼルの届ける念に深い哀しみの色を感じる。漂う残骸を見れば、全ての仲間が無事であるとは思えない。返答の念が無いという事は否が応でも理解しなければならない。共に戦った友との別れを。


 ──だが、生きていると、信じたい。ウィンゼル、私は、信じたいのだ。

 ──あぁ、そうだな私も、信じよう。


 それでも、希望を捨てきれない己の感情にワイバンは伸ばした腕を強く握りしめていた。ウィンゼルもその思いに理解を示していた。


 ワイバンの握りしめた掌の中に収まるはずの蒼き惑星の大きさは徐々に、徐々に、大きくなってゆく。


 ──引き込まれてゆくのかあの惑星の引力パワーに?

 ──そのようだ、我々に惑星ホシに逆らう力はもう残っていない。残る「コズモエナジー」は生命を維持するのみだ。

 ──そうか……だが、あの美しさに引き込まれるなら、悪くは無いな。

 ──あぁ、あの惑星の文化が、まだ宇宙を観測する前で助かったよ。きっと我々は、流れ星のように思われるだろう。


 ワイバンのセンチメンタルな念にウィンゼルも同調し、幾分かの冗談を交えていた。


 ──ワイバン、あの惑星ホシ動力源コズモエナジーを蓄え無ければならない。フ、暫くは鋼鉄体ボディ精神異次元スピリットスペースにしまい休息をとらなければな。

 ──あぁ、我々の前に次のガイゾーンの新たな侵略部隊が現れるまで銀河十五万周期は要するだろう。次の戦いの時まで、暫くの別れだ、友よ。


 ウィンゼルの念に応えるが既に問い掛けは返って来なかった。


 やがて、ワイバンの鋼鉄体は蒼き惑星の引力に完全に引き込まれ、成層圏へと誘われた。


 ──これが、この惑星の……?!


 このまま惑星の引力に身を任せ、精神体へとなろうとしたその時、ワイバンの念に、おぞましき、存在が割り込んでくるのを感じた。


 それは、不気味に笑うように、ワイバンの鋼鉄体に干渉し、精神体を蝕もうとしてくる。


 ──まさか、まだッ?! ぬおおおおアアアアァァッッ??!!


 ワイバンがその存在を理解すると同時に、空が歪み、目にする惑星の景色が変わっていくのを絶望の中で感じていた。


 ──セカイが、異ナリノ、時空二、ノまレ


 ワイバンは制御効かぬ鋼鉄体のままに、光の矢となり、その蒼き惑星の文明とは異なる世界の大地を貫いた。



 彼の精神体は──……闇に消え途絶えた。




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